駐在員・事務局員日記

理事長ブログ第24回「安全基準と日本の安全保障~続々・私たちの南スーダン撤退が問いかけること」

2016年02月05日  理事長ブログ
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執筆者

長 有紀枝

2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。2010年4月より立教大学社会学部教授(茨城県出身)

記事掲載時のプロフィールです

AAR理事長、長有紀枝のブログです。

しつこいことを承知です。前回、前々回に続き、今回も安全管理の点からこのブログをつづっていきたいと思います。
引き続き、この問題についてさまざまな方からコメントやメッセージをいただきました。研究者で、紛争地での国連機関勤務のご経験のある方からは、「研究者として現地に入る際には、徹底して止められた。にも関わらず、国連職員として同じ地域への赴任が決まった際には、同じ政府関係者から笑顔で『おめでとうございます』と送り出された。自分は同じ一人の人間なのに、どうにも納得できなかった」というお話でした。

前回指摘した日本政府の、奇妙な方針(日本のNGO職員として危険地に入るのは不可。ただし、日本のNGOの所属であっても、外国籍の国際職員や、海外に拠点を置く外国のNGOに所属する日本人、国連や国際機関に勤務する日本人は対象外)が、以前から一貫していることがよくわかりますし、その方針が、研究者に対しても同様であることが見て取れます。
私たち国際協力NGOの渡航制限が、そうであるように、地域研究者に対するこうした制限が、いかに広い意味での日本の国益に反しているか。この問題を考えるとき、南スーダンに関連して思い出すことがあります。ジャパン・プラットフォーム(JPF)の事業のモニタリングチームの一員として、南スーダン(独立前の当時は「スーダン南部」)で国内避難民や帰還民を支援する加盟団体の事業地を回った時のことです。出張した2008年当時、私は、JPFの代表理事を務めておりましたが、JPFは緊急援助団体であるという理由で、単年度でしか同一事業への助成が認められていませんでした。そのモニタリング調査は、いかに緊急人道支援であっても、南スーダンのような地域では、複数年の事業が必要だということを現場を見て判断し、外務省や財務省に申し入れるための重要なものでした。
そうした組織として大変重要な出張ですからJPFでは初めて、現地のモニタリング調査に、国際協力の事業評価の専門家に加え、地域研究者に同行をお願いしました。大阪大学教授でスーダンを中心にアフリカ民族誌がご専門の栗本英世先生です。栗本先生は、(大変失礼ながら)、集合場所の羽田空港では「ただの日本のおじさん」でした。それが、トランジットのケニアで様子が変わられ、ジュバの空港に着いた瞬間には、文字どおり視界からお姿が消えました。「あれれ」と思っている間に、視界の端の、あさっての方で、現地の方と「やあやあ」と感激の再会を果たしておられます。この方と特に約束があったわけではありません。戦闘が激しく、現地に入れない時代には、周辺国の難民キャンプで調査を進めておられた先生です。あちらにもこちらにもお知り合いがおられ、大歓迎されているのです。自由自在に動き回る栗本先生のお姿を見て「水を得た魚」とはこういうことをいうのかと妙に感心しておりました。
そんな栗本先生と、水事業に関連して、ある地域の政治指導者にインタビューをした帰り道でのことです。栗本先生が「彼は何だね。○○派の、かなりのポジションにいた人で、XXの時代にはどこそこで・・・」と同じ場にいた私が全く知り得ない情報を口にされました。
私はといえば、彼が「水に関する援助がほしい」、とは決して口にせず、まるで吟遊詩人のように、朗々と「生きとし生けるもの、水なしには生きていけない。動物も植物も」と長時間演説し、最後の最後にやっと本題に入り「だから、我々には水が必要なのだ」と力説する姿に目を見張っていました。ですから、驚いて、「そんなお話、一体どこで聞かれたのですか?」と間抜けな質問をしておりました。
先生の言葉はシンプルでした「今、一緒に聞いたでしょう?」しばらくかみ合わない会話が続きましたが、真相はこうです。インタビューの際、先方は、ある時期に、誰と、どこにいて、誰に会い、何を話したかを語ったと言います。確かに私もそうした話は聞きました。しかし、初めてのスーダン出張。スーダンの歴史と難民問題についてはある程度理解しているつもりでおりましたが、また、英語での直接のインタビューでしたが、会話に出てきた、初めて聞く単語は、それが地名か人名かもわからず、したがってそれは単なる「音」でしかなく、彼が口にした年代も単なる「数字」でしかありませんでした。
しかし、南スーダンの詳細な政治や歴史、人物、階級、人間関係などを熟知している先生にとっては、その1時間ほどの会話は情報の宝庫だったのです。「一定の時期に、一定の場所にいて、一定の人物に会った」という。その「時期」が重要だともおっしゃいました。
確かに誰かが、「私は総理大臣に会ったことがある」と言ったとします。この発言一つにしても、その時期や文脈によりその意味合いは異なります。例えば、子ども時代に幼馴染として会っているのか、学生時代に大学の同級生として出会ったのか、若き政治家の時代に会ったのか、はたまた、総理大臣として就任直後の華やかな時期か、それとも退任間際の時期か、あるいは、退任されてからのお話か。こうした出会いの時期により、「総理に会ったことがある」という一文でも、その事実のもつ意味合いや重みは全く違ってきます。
また場所も重要でしょう。官邸の執務室か、プライベートな食事会か、遊説中か。そして言うまでもなく、会話の内容も。安全保障のお話をするにしても、ばりばりの現役の総理の時代に官邸でするのと、総理になられる直前にプライベートな食事会でするのと、あるいは引退後、床屋さんの隣の席で政治談議をするのとでは全く意味する所が異なります。

そう考えていくと、栗本先生のおっしゃることはもっともだと、理解できました。さらに、先生は「その情報をこちらに伝えるということ自体、先方に明確な意図があった」とおっしゃられました。
先生のお話に、私は、ただただ感動すると同時に、恐ろしさも感じました。ものごとの「文脈」を理解しないというのは、無知であるとはこういうことなのか、と思って血の気が引く思いがしたからです。私はそうした貴重な情報に触れる機会があったのに、そこで、何も見ず、何も聞こえなかったのと同じ状況だった・・・。
国際協力NGOの一員として、自分はある程度は人道支援の専門家かもしれないが、地域的には、バルカンの旧ユーゴスラビア地域に一定の知見があるだけで、あとはただの無知な人間だと改めて思い知った瞬間です。そうした限界を真摯にみとめた上で、国際協力においても、よりよい事業を行うため、地元の方々に受け入れていただくため、やって良いことと、いけないことを知るためにも、とにかくあらゆる理由で、地域研究者の方々との協力が必須だと感じました。
同時にこのような地域研究者、文化人類学者など研究者の方々、そして研究者に限らず特定の地域に深い知見とつながりを持つビジネスマンやジャーナリストの方々は日本の宝だと思いました。しかし、そうした方々にまで、我々国際協力NGOと同様に、一般の旅行者と同様の渡航制限の線引きをすることは、日本政府が、自ら日本の国力を落とすことにつながっているのではないでしょうか。
研究者の知見が、外交や政策に重要な役割を果たすことは、米国の日本の占領政策に大きな影響をもったルース・ベネディクトの重要文献『菊と刀』の例を引くまでもありません。
もちろん、研究者やその研究成果を、短期的な国益に、あるいは軍事や政治目的に利用すべきと申し上げているのではありません。こうした研究者の方々の実績や存在そのものが、私たち国際協力団体と同様に、広い意味での国益に寄与しているからであり、安全管理に対してもそういう戦略的配慮をもって対処してしかるべきではないかと考えます。

軍事力や同盟の重要性を強調することだけが、現実主義者であるかのように言われます。私自身、国際関係を学び、紛争地に身を置いた経験があるものとして、残念ながら今の世界情勢の元では、軍事力は抑止の意味でも必要だと考えます。しかし、同じく現実主義者の私としては、一つのものを絶対視し、それのみに頼るのは、それこそ、リスクを高めていると思うのです。
政治と軍事と同盟国の力のみで国家の安全が保障されるとは思えません。それらを補完し、広い意味での国益に資するのは、オールジャパンで作り上げるソフトパワー、私たち国際協力NGOや国際協力関係者、研究者、ビジネスマンの方々が、世界各地で培ってきた人脈、信頼関係ではないでしょうか。こうした宝物を、安全管理という一言で、捨て去っていただきたくはないのです。
前回のブログを読んでくださった世界食糧計画(WFP)の元アジア地域局・局長の忍足謙朗さんの言葉を引用して終わります。
「人道支援というのは、理由が紛争であれ、自然災害であれ、一番困っている国、地域、そしてそこにいる社会的弱者を対象に優先的に行うものです。安全面のリスクから、援助する国や地域を選ぶようでは、人道支援の本質から外れてしまいます。紛争地で国連や国際赤十字と肩を並べ、さまざまな国際NGOが活躍しているのは誰でも知っていることです。そんな中で日本のNGOだけが、国際基準では支援活動が可能とされている地域から撤退しています。また、自分達の意思ではなく、自国政府からの強い要請でそうするほかないという状況は、現地の人々や国際社会の目にはどう写っているでしょうか?」。
(2016年2月5日)

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