駐在員・事務局員日記

「僕がAARを選んだ理由」大室和也-これから国際協力の分野を目指す人たちへ(13)

2016年02月23日  職員紹介
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執筆者

東京事務局支援事業部
大室 和也(おおむろ かずや)

2013年7月よりAAR東京事務局で海外事業と東北事業を担当。大学卒業後、理学療法士として働きながら大学院で介護予防を研究。病院勤務を経て青年海外協力隊などに参加後、AARへ。趣味は読書。(京都府出身)

記事掲載時のプロフィールです

AAR Japan[難民を助ける会]のスタッフがどんな想いで国際協力の世界に飛び込んだのかを紹介するこのコーナー。第13回は支援事業部の大室和也です。理学療法士の資格を活かし、各国の障がい者支援の現場で、身体も心もほぐす癒し系男子。彼が国際協力の世界に入ったきっかけは?(聞き手:広報担当 伊藤)

理学療法士から国際協力の道へ

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「自分がまさか国際協力の道に入るとは、学生時代には思ってもいませんでした」(2015年12月)

Q.前職の理学療法士を職業に選んだきっかけは?

もともとぼくは理系で、化学や物理などの世界が好きでした。自立心が強く、早く独り立ちしたかったこともあり、高校3年生の時点でまず職業を考えてから、進むべき大学を決めました。物事の本質や成り立ちに興味があり、人の身体のつくりにも関心があったので医者を考えましたが、ぼくは人を切るということに抵抗があって、切らずに治せる職業はないかなと探したところ、職業紹介雑誌の医者の次のページに理学療法士があって(笑)、「これなら自分に合っているな」と思い選びました。

神奈川県の大学に入ってからは、理学療法学についてみっちり学びました。4年間とても充実していて、さらに研究しようと大学院にも行きました。しかし当時は、自分が国際協力の道に入るとは考えてもいませんでした。

カンボジアで衝撃「もっと世界を知りたい」

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茨城県で開催された牛久シティマラソンに、就職先の病院の患者さんの伴走で出場しました(右が本人2009年1月12日)

Q.理学療法士としてのキャリアを積んでいこうとした矢先に、この世界へ入ろうと思ったきっかけは?

ぼくが大学院2年生のとき、知り合いを訪ねてカンボジアへ旅行に行きました。あちこち観光しましたが、中でもポル・ポト政権下で大量虐殺が行われたという刑場跡「キリング・フィールド」は衝撃的でした。1970年にシアヌーク国王が追放されたことから始まったカンボジアの内戦は、ぼくが生まれた年(1983年)とたいして変わりません。そんな最近といえる時代にこんな惨劇が起きていたこと、そしてそれについて自分が無知であったことにショックを受け、「世界にはまだまだ自分の知らないことがたくさんある。もっと知りたい」と強く思いました。

その後、たまたまJICA(国際協力機構)が募集していた青年海外協力隊の案内を目にし、挑戦しようと決心しました。しかし、応募するには実務経験が必要だったので、大学院を卒業後すぐに就職しました。就職先は茨城県にある病院で、そこでは患者さんから多くを学びましたし、自分の好きな研究も続けられ、充実した日々を過ごしていました。けれど、一刻も早くこの目で世界を見たいという気持ちは変わらず、病院を2年で退職し、協力隊に応募しました。

ウズベキスタンで変わった世界観

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ウズベキスタンで唯一の国立障がい者リハビリセンターで患者のリハビリを補助する本人(左)(2012年3月)

Q.協力隊での赴任地はウズベキスタンでしたね?

そうです。現地で唯一の国立障がい者リハビリテーションセンターに、初めての理学療法士として赴任しました。でも、現場にいる看護師の学問的背景と、ぼくが日本で学んできた背景があまりにも違いすぎ、なかなか共通認識が持てず苦労しました。そんな中、現地の障がい当事者団体を知り、自ら社会を良くしていこうと努力している人々と交流するうちに、自分たちで社会を変えることの醍醐味を感じるようになりました。

また、ウズベキスタンでの2年間の滞在を通して、日本では見えなかったことも見えてきました。例えば「死」に対してウズベキスタンの人々は寛容というか、すべて受け入れているように感じました。一方で日本の医療は技術が高いせいもあるかもしれませんが、延命措置など医療行為が過度になっていないかなど、社会と医療のあるべき関係について次第に考え直すようになりました。

「もっと障がい者支援を極めたい」

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インドの勤務先のリハビリテーション施設に来ていた子どもたちと(中央が本人 2012年10月)

Q.帰国後は、インドへ?

はい。地域で活動する理学療法士について知りたいと思い、助成金を得てインドのタミルナドゥー州にあるマドゥライという町でホームステイをしながら、理学療法士やソーシャルワーカーに同行してCBR(Community Based Rehabilitation 地域に根ざしたリハビリテーション)活動について学びました。ケアが必要な障がい児のいる家庭を訪問して、家でできる体操を教えたり、村の障がい当事者団体の活動を見て回ったり、本当に充実した4ヵ月間でした。

その後は、苦手な英語を克服しようとイギリスへ半年間語学留学をし、卒業後、AARに入りました。AARでは東北支援事業や、カンボジア、タジキスタン事業を担当しています。東北の被災地へ行き仮設住宅を回ってマッサージをすることもあります。震災後5年近くが経過しても、「今が一番辛いかもしれない」とつぶやく仮設の方々を見ていると、AARもまだまだやらなければならないことがあるなと感じます。また、海外ではフィリピン台風やシリア難民支援などの緊急支援の現場でも障がい者支援に関われて、経験を活かせることに喜びを感じています。

Q.今後の目標は?

理学療法士という専門性だけでなく、障がい者支援という分野での専門性を高めたいです。また、AARがカンボジアやタジキスタンなどで行っている障がい者支援事業の成果をしっかり測り、一つひとつの事業を納得してできるようになりたいです。支援については、NGO業界単独ではなく、リハビリテーションに関連した団体などと一緒に活動すればもっと効果的な支援ができると思うので、今後はそうした連携を深めていきたいです。

「広い世界へ飛び出そう」

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「知らない世界を知るための一歩を踏み出してみてください」(2015年12月)

Q.これから国際協力の世界を目指す方々へアドバイスを。

学生の皆さんには、今学んでいることも大切ですが、外の世界を見てみると、選択肢が広がると伝えたいですね。短期の旅行でも留学でもいい。世界を見れば、あらためて日本が見え、そしてさらには将来の自分の働き方もきっと見えてくると思います。

ぼくも最初からNGOを目指したわけではないですが、いろんなことを知りたいと思っていたら、どんどん世界が広がり、自分の進むべき道が見えてきたように思います。

皆さんも、広い世界にまずは飛び出してみてください。

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