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東日本大震災:福祉作業所にパン工場が完成しました

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障害のある方々が働く場所を取り戻すために

新しいパン工場の前で集合写真

完成したパン工場の前で、ハックの家の利用者と職員の皆さま(2012年1月20日)

難民を助ける会は東日本大震災被災地で、これまで約50の福祉施設に対し、修繕や整備を行ったり、機材を提供する支援を行ってきました。岩手県田野畑村(たのはたむら)にある障害者福祉作業所「ハックの家」もその一つです。

震災前、利用者の方々は、「ハックの家」が運営する水産加工場でイカの唐揚げの製造、パン工房でパンの製造、農産物加工場での漬物製造などを行っていました。しかし、大きな収入源であった海沿いの水産加工場は津波で壊滅してしまいました。そこで、利用者の働く場所を確保するため、高台にあって津波の被害を免れたパン工房と農作物加工場を拡大することとなったのです。2011年12月末、新しいパン工場と農産物加工場の建物が完成しました。

新しくなった工場でパン作り教室

障子上さんが見守るなか、パン生地にジャムを乗せる子ども

パン製造販売担当の障子上喜一さん(左)に教えてもらってジャムパンを作ります(2012年1月31日)

「ハックの家」利用者の皆さまは新しいパン工場の建物に大喜びです。本格的な生産が始まるのは機械が入る4月からですが、以前のパン工房の機械を使ったパン作りが始まっています。1月31日、近隣の支援学級の小学生10人と中学生5人が集まり、ハックの家でパン製造を担当する利用者を先生として、パン作り体験教室が開かれました。

子どもたちは全員パン作りは初めて。みんなワクワクしながら三角巾・エプロン・マスクを着け、工場長竹下英喜さんの話に真剣に耳を傾けます。「パン生地は生きているんですよ」という言葉に驚きながら、恐る恐る生地の感触を確かめていましたが、施設長竹下敦子さんの「好きな形に作っていいよ!」という言葉に安心したのか、すぐに思い思いの創作パン作りが始まりました。

焼き上がったパンを眺める男の子

「僕の作ったパンはどれかな?」(2012年1月31日)

「先生にあげたい」と大好きな先生の形をしたパンを作る男の子、「虹色パンでみんなをびっくりさせる!」と、30センチに細長く伸ばした生地に7種類のジャムを順番にのせる男の子、大好きなイチゴジャムをたっぷり入れたいと、生地から溢れそうなほどジャムを塗る女の子と、世界に一つしかない個性豊かなパンが次々バットに並びました。

「ハックの家」パン工場で製造を担当している利用者3名は、しっかりと小学生のみんなをサポートしていました。重いバットを運んだり、7種類のジャムの中から子どもたちがリクエストする味を塗ってあげたり、ジャムをうまく包むことができずに困っている子に手を貸したりと、頼れるお兄さんぶりを発揮しました。できあがったパン生地をオーブンに入れてしばらく待てば、創作パンの焼き上がりです。おいしそうな香りに子どもたちは歓声を上げ、自分の作ったパンを見つけて大喜びでした。

地域の交流が生まれる場として

おすすめのパンを手に、障子上さん

今日のおすすめのパンを教えてくれた障子上さん

水産加工場で働いていた障子上(しょうじがみ)喜一さんは、「震災後しばらくは自宅待機となり仲間とも会えず、いつ仕事が再開できるか不安でした」と言います。現在は広くなったパン工場で働き始め、「今は見習いですが、一番上のレベルを目指して、日々努力したい」とパン作りへの意欲を語ってくれました。

新しいパン工場では村の学校給食用にパンを納めることが決まり、安定した収益が見込めるようになりました。住民の方々や近くの仮設住宅に暮らす方々もハックの家のパンを楽しみにしており、今後はこの工場が地域の方々の交流の場となることも期待されています。

※この活動は、皆さまからのご寄付に加え、ジャパン・プラットフォームの助成を受けて実施しています。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

盛岡事務所 坂 むつみ

2011年6月より盛岡事務所勤務。大学卒業後、民間企業を経て難民を助ける会へ。障害者施設の修繕事業などを担当。(岩手県出身)

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