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シリア危機の現場から(1)―「すべてを失った」難民の一家

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祖国の戦火を逃れ、トルコで避難生活を送るシリア難民の方々の日々を、フォトジャーナリストの川畑嘉文さんの写真と文章でお伝えします。第一回は、「イスラム国」の脅威を避けてトルコ・スルチュにやって来たある一家の話です。

母親と子どもたち

シリアから逃れてきたビラルさん一家。スルチュ郊外の空き地にテントを張って暮らす(2014年11月)画像クリックで拡大

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ビラルさん(中央)、奥さんと5人の子どもたち

「服もなければ食べ物もない。それに暖をとるために燃やす枯れ木さえもないんだ。私たちはすべてを失ってしまった。」そう嘆くのはビラルさん(34歳)。奥さんと5人の子どもたちを連れシリア北部のアインアルアラブ(クルド名コバニ)近郊の村からトルコのスルチュに逃れてきた。

シリアでは、遠くに響いていた爆撃音が日々近くなってきて、自動小銃を発砲する音も聞こえていたという。武装組織「イスラム国」の噂は聞いていた。見つかれば情け容赦なく殺され、捉えられれば奴隷にされる。女性はイラクに連れられて行き売られてしまうというから、恐怖や不安は増すばかりだった。隣人たちと相談し、村を捨てることを決めたのは数日前。4軒先の家が爆撃された後だ。

テント

ビラルさんたちの暮らすテントは骨組みをブルーシートで覆っただけのものだ

幼子たちを抱きかかえて一日かけて徒歩でスルチュに到着したものの、町なかに身を寄せられる場所はなかった。途方に暮れる中、トルコ人に相談し連れて来られた場所は町から離れた平原の真ん中。雨風を防ぐことのできる家が用意されているわけもなく、周りを見渡しても同じようにコバニから逃れて来たクルド難民たちが暮らす数帳のテントがあるだけ。着いたその夜は、捨てられていた大きなビニールシートを地面に敷いて過ごしたが、寒くて寒くて家族身を寄せ合って朝を迎えたという。

今は、木で枠組みを作り、トルコ人の業者からなけなしの100トルコリラ(約5000円)で購入したブルーシートで覆っただけのなんとも頼りないテントで夜を過ごしている。床に敷く絨毯もなければ、雨の日はテント内に水が流れ込んでくるからくつろぐことなんてとてもできない。 

たらいで洗濯をする女性たち

限られた水で洗濯をする女性たち

「寒くて寝られない日が続いています。見てください。娘は履物すらなく、夜はぶるぶると身体を震わせているんです。」と奥さんのディマさん(32歳)。この時期夜になれば気温はぐっと下がり氷点下になることもある。木々も少ないから火をおこし暖まることもできず、調理もできない。もっとも食糧も乏しければ調理器具もないから暖かいものを口にすることは不可能だ。

もともと安定した仕事があった訳ではなく、時折入ってくる建築の仕事を請け負っていたビラルさんは決して裕福とはいえない。子どもたちに暖かい洋服を買ってやりたいがその費用の捻出も難しいとうつむいていた。

「将来への希望は何もないけれど、とにかく生きていかなければ」。ビラルさんの言葉が強く心に響いた。

木材でテントの骨組みを建てる

何もない空き地にテントの骨組みを立てるシリア難民の家族(画像クリックで拡大)

※シリアの政治状況に鑑み、登場する方々やその家族に不利益の生じないよう、仮名を使用しています。

解説:「イスラム国」の脅威 / AARシリア難民支援事業担当 景平義文
地図

図1:イスラム国の支配地域

武装組織「イスラム国(IS)」の勢力拡大が続いています。「イスラム国」はもともと、「イラクとシリアのイスラム国(ISIS)」を名乗り、イスラム原理主義を掲げ、イラクとシリアの混乱に乗じて支配地域を広げてきました。2014年6月に「イスラム国」の樹立を宣言し、国際社会に大きな衝撃を与えました。その時点で、日本を含めた世界のメディアの多くは、「イスラム国」の勢力拡大は一時的なものにとどまる、と予測していました。しかし、大方の予測に反し、その後もその勢いは衰えていません。「イスラム国」の支配地域は現在、シリア北東部とイラク北西部の広範に及んでいます(図1)。

「イスラム国」はシリアやイラクの各地で、地域住民の迫害、弾圧を行っています。特に、8月にイラク北部に進撃した際、その地域に住むヤジディ教徒に対し改宗を迫り、改宗に応じない人々に激しい迫害を加えました。奴隷化し人身売買を行っているとも言われています。こうした「イスラム国」の姿勢は、シリアやイラクの人々に大きな恐怖を与えています。

図2:コバニの位置

ビラルさんが住んでいたシリア北部のコバニ地域(図2)は、9月中旬に「イスラム国」の標的となり、侵攻を受けました。コバニ地域には、自衛のための独自の武装勢力が存在していましたが、「イスラム国」の戦力に抗することができず、わずか数日の間にコバニ地域のほとんどが「イスラム国」の手に落ちました。9月下旬にはコバニ地域全土が陥落寸前のところまで追いつめられました。

「イスラム国」が各地で住民を迫害しているということは、コバニ地域に住んでいる人々も知っていました。そのため、「イスラム国」の支配下に置かれれば、自分たちも迫害を受けるのではないか、という恐怖は彼らにとって非常に現実感のあるものでした。「イスラム国」の支配から逃れるには、自分たちの家を捨てトルコに逃れることが唯一の選択肢だったのです。ビラルさんの家族を含め、20万人もの人々が家を捨てるという辛い選択をせざるを得ませんでした。

 現在、コバニ地域の戦闘はこう着状態となっており決着はついていません。「イスラム国」が撃退されたとしても、激しい戦闘によって大きな被害を受けた故郷にすぐ帰ることができるわけではありません。人々が家に戻れる日は当分訪れそうもありません。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

 川畑嘉文

フォトジャーナリスト。世界各地を訪問して、雑誌などに写真と文章を寄稿している。2014年、5枚組写真「シリア難民の子どもたち」がJPS(日本写真家協会)主催コンテストで金賞を受賞。著書に『フォトジャーナリストが見た世界 - 地を這うのが仕事』(新評論出版)。

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