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ミャンマー:障がい者も安心して暮らせるように

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内戦が残したもの

タイと国境を接するミャンマーのカレン州。美しい自然と豊かな伝統文化が残る地域ですが、2012年に停戦協定が結ばれるまでの約60年間、ミャンマー政府とカレン民族武装勢力の戦いがここでは繰り返されてきました。当時世界で最長とも言われたこの内戦によって、社会福祉や教育制度の整備が遅れ、地雷被害者を含む多くの障がい者は行政からの支援を受けることができません。教育や社会参加の機会も限られ、地域から孤立しがちで不安定な生活を送っています。
そこで、AAR Japan[難民を助ける会]は、2016年9月からカレン州社会福祉局と協力して、州にある15の村で、障がい者一人ひとりが安心して暮らせるようにするための活動を始めました。

障がい者の日常

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ソラトゥさんは両目がほとんど見えずあまり外にも出られません(2016年12月5日)

障がい者が村でどのような日常生活を送り、どのような困難を抱いているのか。ソラトゥさん(23歳、右写真)は、3歳のときに病気で左目の視力をほとんど失い、18歳のときに怪我で右目も失明しました。学校は家から離れていて安心して通学ができないため、今まで学校で勉強したことはありません。仕事が見つからず、普段は水運びや簡単な家事で家族を助けていますが、多くの時間を家で過ごしています。

マーイーイールインさん(18歳、左下写真)は記憶障がいがあり、言葉もはっきりと話せません。一度、家族に連れられて小学校へ通い始めましたが、先生から十分な協力を得られず、授業についていけませんでした。仕事はなく、普段は家事を手伝っています。

ウーアンソーミンさん(47歳、右下写真・左)は、18歳のころに地雷の事故で両足を失いました。村で一人暮らしをしていて、料理や水浴びは自分でできるものの、仕事はないため、生活は厳しく近所にいる姪がときどきご飯を持ってきてくれます。3年前にバンコクにいる兄弟が送ってくれた車いすはすでに壊れてしまい、移動するのはもちろん、高床式の自宅の階段を上がるのにも一苦労です。

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マーイーイールインさんはてんかんがあり薬を服用しています(2016年12月5日)

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地雷事故にあって両足を失ったウーアンソーミンさん(左)(2016年12月5日)

このように教育や社会参加の機会が限られたり、周囲の理解と援助不足で厳しい生活を余儀なくされたりすることは決して稀な事例ではありません。2014年の政府の統計によると、カレン州では99,389人に身体・視覚・聴覚・知的のいずれかの障がいがあります。また、各国政府の地雷に対する取り組みや被害状況などをまとめたICBL発行の報告「ランドマインモニター2016」によると、長年の内戦により、1999年から2015年10月までにミャンマー全土で3,745人が地雷の被害にあっています。しかし、障がい者手帳制度や地雷被害者の情報収集システムがなく、地雷被害者として把握できていない人もいるため、実際にはこれ以上の数になると考えられています。

地域に根ざしたリハビリテーション

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CBR研修で、AAR理事の河野眞専門家(左)から障がい者が必要とするものを聞き出す方法を学ぶ現地スタッフ(2016年9月16日)

こうした状況を受けてAARは、2016年9月から、これらの地雷被害者を含む障がい者が地域で安心して暮らせるように活動を始めました。この活動は、孤立しがちな障がい者同士やほかの村人との関係性を深めるものです。障がい者の暮らしを地域で支える「地域に根ざしたリハビリテーション(Community Based Rehabilitation、以下CBR)」という考え方にもとづいています。一般的にリハビリテーションと聞くと、身体機能を向上・回復するために体を動かしたり、動作の練習をしたりすることを思い浮かべるかもしれません。しかし、リハビリテーション(=社会復帰)という言葉が意味するように、障がい者だけではなく、障がい者の家族や村のリーダー、学校の先生などの村に住む人たちとともに活動を行います。そうすることによって、助け合いが増えて村人同士の関係性も強まり、村の発展にもつながる可能性があります。また、障がい者の家族や学校の先生に、障がいの状況を理解してもらうための活動を行い、孤立しがちな障がい者が地域から排除されることなく活躍できる場を作ることを目指しています。

2,000世帯以上を1件1件

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卒業したかった小学校も途中までしか通えなかったキキちゃん(2016年10月3日)

AARは、障がい者が村でどのような日常生活を送り、どのような困難を抱いているか、一人ひとりにインタビューを行いました。カレン州では、家族や周囲の理解が乏しいために、村長が障がい者の状況を把握していないことや、障がいのある子どもがいることを家族が認識していないことが多くあります。そこでAARはまず、15の村で2,000世帯以上あるすべての家を1件1件訪問し、それぞれの村にいる障がい者の情報を集めました。すると、みなが口をそろえてある少女のことを話題にする村がありました。15歳になるキキちゃん(左写真)です。キキちゃんは生まれつき左の足がなく、両手の指も細かな動作をすることができませんが、上手にスマートフォンを使い、友だちとメッセージをやり取りしたり、ときには器用に走って友だちに会いに行ったりもします。とても恥ずかしがり屋の彼女ですが、人懐っこい笑顔で村では人気者です。一見、キキちゃんは障がいを乗り越え、社会ともつながりながら暮らせているようにも見えます。しかし、キキちゃんもまた周囲の理解と援助不足によって、小学3年生で退学せざるをえませんでした。

AARは、キキちゃんやソラトゥさんなどの障がい者が、障がいの有無に関わらず、教育や社会参画の機会を平等に得られるように、また、それぞれの村ごとに障がい者が「したい」ことが「できる」ようになるためにどういった支援を必要としているかを洗い出しています。そして、障がい者自身はもちろん、その家族や村に住む人たちが集まれる機会を作り、各村で必要とされていることについて、村の人たちと話し合いながら一緒に取り組んでいきます。

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障がい者のニーズをどのように探るかを検討しているAARの現地スタッフたち(2016年9月17日)

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おしゃべり好きの村の人たちはインタビュー調査にも快く答えてくれます(2016年9月15日)

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

パアン事務所 松島 拓

2016年9月よりパアン事務所に駐在しミャンマー事業を担当。NPOの運営支援を行う中間支援団体で3年間、ファンドレイジングやコンサルティング業務、イベントや研修の開催などに事務局長として携わった後AAR へ。山梨県出身

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