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アンゴラ支援終了報告ーメヘバ難民定住地の活動から28年、活動を現地の人々へ

2011年02月04日  アンゴラ地雷対策
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2011年3月をもって難民を助ける会はアンゴラでの支援活動を終了します。同国にはまだ多くの課題が残されてい ますが、これまで連携して支援活動にあたっていた現地NGOの能力が強化され、難民を助ける会からの支援終了後も独自で活動の資金調達や運営ができるようになったためです。

アンゴラの人々への支援は1984年に開始した隣国ザンビアでのメヘバ難民定住地支援にまで遡ります。28年間の活動を振り返ります。

メヘバ難民定住地支援から、アンゴラでの帰還民支援

メヘバ難民定住地の子どもたち

メヘバ難民定住地では、近隣の国々からの難民が暮らしていたが、その大多数はアンゴラ難民であった

1984年、ザンビアに設けられたメヘバ難民定住地での支援活動がアンゴラの人々への支援の始まりでした。メヘバでは2004年までの20年にわたり、井戸掘削、クリニックや図書館の運営、蚊帳の配付、奨学金の給付などさまざまな活動を展開しました。
2002年、1975年のポルトガルからの独立以降27年間続いたアンゴラの内戦が終結。難民の帰還が始まったことを受け、2003年より難民を助ける会は、地雷回避教育や地雷被害者支援、マラリア予防など、アンゴラで帰還民の定住支援を開始。2004年からは同国で深刻になっていた地雷問題に取り組むため、北東部のルンダスル州で村々を巡回して行う地雷回避教育を実施してきました。また、住民が発見した地雷・不発弾の情報を除去団体に提供し、除去活動を促進しました。2010年12月までにのべ55,941人に地雷回避教育を行い、発見された952件の地雷・不発弾はすべてマーキングをし、そのうち764件が既に処理されました。2007年からはモシコ州で帰還民を対象に職業訓練として裁縫コースを実施。これまでに80名が技術を身につけ、経済的自立への道を切り拓きました。

子どもたちに囲まれる菅沼元駐在員

メヘバ難民定住地で難民を助ける会が掘削した井戸。中央は菅沼(旧姓堀)真理子元駐在員(現難民を助ける会理事)1992年撮影

内戦後のアンゴラで発見されたたくさんの地雷

アンゴラでは内戦の結果、インフラは破壊され、推定1000万を超える地雷が埋設されたまま残された

連携して支援活動を行った現地NGOを育て、活動を移管

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2006年7月から07年10月までアンゴラ駐在を務めた名取郁子(現難民を助ける会海外事業部長)

アンゴラには2003年からのべ5名の駐在員を派遣し、現地NGOと連携して事業を行ってきました。その中で、現地NGOに対し活動に必要な会計管理、報告書作成、活動資金を得るための申請書の書き方などを指導。2009年9月からは、それまで連携してきた現地NGO(CAPDC)に地雷対策事業を移管し、日本から彼らの能力強化に取り組んできました。その結果、CAPDCは活動費の3分の2以上を自分たちで調達できるようになり、さらに国際NGOと連携し大規模な農業プロジェクトも開始しました。農業プロジェクトの開始は、地雷・不発弾の除去が進み、安全な土地が増えたことを顕著に表わしており、地域が新たな発展の段階を迎えたのだと感じます。2011年4月以降、難民を助ける会が支援してきた地雷回避教育は、農業を安全に行うための活動として、農業プロジェクトの一部で継続されていきます。
難民を助ける会のアンゴラでの活動は終了しますが、今後は現地のNGOが年々変化する地域の課題やニーズを掴み、自らそれに取り組んでいきます。その力を育んだことが、アンゴラ支援の何よりの成果と考えます。長年にわたる皆さまのご支援に心より感謝申し上げます。

現地NGOのスタッフが人形劇を使った劇で地雷の危険性を伝えています

地雷の種類や危険性を伝える地雷回避教育の様子。アンゴラでは人形劇を使って行いました

一生懸命ミシンに向かう女性たち

祖国に帰国しても仕事がなく困窮する帰還民。裁縫コースを開催し、女性たちにミシンを使った洋服の作り方を教えました

これでやっと“難民”でなくなるんだ!     元メヘバ駐在員 秋葉佳子
メヘバ難民定住地で難民の女性と映る秋葉

秋葉(旧姓高橋) 佳子
2003年6月より事務所閉鎖までメヘバ事務所駐在員として多くのアンゴラ難民の帰還を見送った。その後、アンゴラ駐在員を経て現在東京事務局勤務

「家族や友人と離ればなれになりながら、はるか遠い日本から、自分たちアンゴラ難民支援のために、アフリカまで来てくれてありがとう。感謝の気持ちでいっぱい。」
そう言って何度も手を握り、涙を流すアンゴラ難民たち。
「30年近くも続いた内戦で僕たちは母国アンゴラを知らない。アンゴラに帰るのはとても不安だけど、これでやっと“難民”でなくなるんだ!」と期待を胸にバスに乗り込む子どもたち。
8年前、たくさんの笑顔と希望を乗せ、メヘバ難民定住地から祖国アンゴラへ帰還するバスを連日夜中まで何台も何台も見送りながら、「みんなが無事に着きますように。そしてアンゴラで元気に幸せに暮らせますように」と心から願ったことを、つい昨日のことのように思い出します。
難民たちのアンゴラへの帰還が進み、難民を助ける会の活動が現地の人々に引き継がれる。メヘバ難民定住地の最後の駐在員として、感無量です。

28年間の支援の積み重ねが実を結びました   アンゴラ事業担当 堀越芳乃
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堀越 芳乃 
2005年より東京事務局に勤務し、現在までアンゴラ事業その他を担当。アンゴラ事業に関わる日本での業務調整や現地NGOへの後方支援に携わる

アンゴラで「難民を助ける会の者です」と話すと、「メヘバでの活動を知っています」「メヘバで難民を助ける会が行っていた裁縫コースに参加していました」という声を今でも耳にします。
28年という長い間、アンゴラの人々への支援には多くの難民を助ける会のボランティアや職員が携わってきました。常に思いやりの気持ちを持った細やかな支援の積み重ねが、今日の結果に至ったものと思います。初めてアンゴラに行った2005年、外国人への警戒心は非常に強く、私たちを遠巻きに警戒しながら見ている人がほとんどでした。しかし、2008年に訪れた際は、車に乗っている私たちに対し、沿道から多くの人が笑顔で手を振ってくれました。内戦の終結から数年が経過し、人々の心に余裕が生まれてきたのだと感じました。
アンゴラに平和が定着し、人々が安心して暮らせる国として発展していくことを切に願っています。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

東京事務局 堀越芳乃

2005年4月より東京事務局でアフリカ事業と啓発活動を担当。アメリカの大学院で国際政策を学んだ後、南米ガイアナで国連ボランティアとして国際機関に勤務。その後、難民を助ける会へ(東京都出身) .

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