スーダン:失われる命を減らすために
皆さんは毎日、どんなときに手を洗いますか?もちろん個人差はあるでしょうが、日本では、食事の前やトイレの後、外出から帰宅した際に手を洗うよう、子どものころから教育されているかと思います。
左手がトイレットペーパー
日本から1万キロ離れた東アフリカのイスラム教国、スーダン共和国では、1日に5回のお祈りの前、右手を使って食べる食事の後、排泄時、などが一般的です。「トイレの後」ではなく、あえて「排泄時」と表現したのには2つの理由があります。1つは、左手をトイレットペーパーの代わりとして利用しているからです。スーダンでは、お尻を洗うシャワーが設置された、首都ハルツームの一部の住居などを除き、ほぼすべての場所で、「イブリッグ」というじょうろが使われています。和式と同じタイプのトイレで排泄をした後、イブリッグの水を左手で受けて、お尻を洗うのです。その後、手を洗います。お尻が濡れたまま下着を履くことになりますが、そこは高温乾燥地のスーダン。すぐ乾いてしまうので、まったく気になりません。
2つめの理由は、トイレを利用せず、屋外で排泄する人がとても多いからです。AAR Japan[難民を助ける会]が活動するカッサラ州リーフィーカッサラ郡のアグドゥブ村、シンカットキナーブ村では、ほとんどの住居にトイレがなく、住民は皆、茂みや夜の暗がりに隠れて排泄をしています。排泄物もすぐに乾燥してしまうので、村全体に異臭が漂うということはないのですが、乾いた排泄物が砂埃に混じって飛び、雑菌を撒き散らしています。雑菌が原因で起こる下痢や感染症にかかっても、村に病院がないため、治療をするためにはバスに乗ってカッサラ市内の病院に行かなければいけません。そのバスも運行は不定期のうえ、道なき道を走るため、雨季でぬかるんだりして道路状況が悪いと走らないこともよくあります。スーダンでは今も、10人に1人の子どもが5歳になる前に亡くなっており、下痢や感染症は主な死因の一つです。
自宅にトイレを
AARは村人の健康を脅かす、こうした劣悪な衛生環境を改善するため、それぞれの村に男女15名ずつからなる衛生委員会を設立。5月には5日間のワークショップを開催し、乾いた排泄物が放置されている村の現状を確認して、メンバー全員で環境改善のための具体的な活動について考えました(写真左)。その結果、自宅にトイレが必要だとの結論に達し、衛生委員会のメンバーが中心となって、各住戸でのトイレ建設が始まりました。まず、AARが提供したショベルなどを使って、自力で家の敷地内やすぐ外に3メートル以上の深い穴を掘り、その上に蓋をします。蓋には小さな穴があいており、用を足せる仕組みで、5年ほどは使用可能です。枝で周囲に塀を作れば完成です。すでに100戸以上でトイレ用の穴の掘削作業が進んでいますが、暑いなか穴を掘るのは本当に重労働で、なかなか思うように進みません。せっかく完成間近だったのに、雨季に発生した洪水の影響で、半分近く泥水で埋まってしまった穴もあります。今年は雨が特に多く、スーダン全土で16万人が洪水の被害にあっています。住民の中には「どうせ作っても、また洪水で潰れるだけだから」とトイレ建設に消極的になってしまった人もいます。
自分たちで環境を変える―女性たちの熱い想い
長年の習慣を変えるのは決して簡単なことではありません。さらに、村の衛生状態がよくないと頭では分かっていても、労働が伴うとなると行動に移すことはなかなか困難です。しかし一方で、完成したトイレも増えてきました。意外だったのは、辛抱強くトイレの穴掘りを続けているのが、ワークショップで積極的に発言をしていた男性たちではなく、女性や子どもたちであるということ。村を歩くと、「うちの穴を見に来てよ。深くなったよ」とあちこちで声をかけられます。既に完成した7個の穴のうち6個には、住民たちが自らお金を出し合って設置したコンクリートの蓋が乗っています。太い枝などすぐに手に入る素材で蓋をすることもできるのですが、「せっかく作るのなら、大雨が降っても壊れないものが欲しい」という女性たちの熱い想いが、村の意思決定権を持つ男性たちを動かして、実現しました。真っ先にトイレを完成させ、コンクリートの蓋を乗せることになったゼイナブさん(35歳、写真右)もとても誇らしげで、私たちも嬉しくなります。
失われずにすむ命を増やしたい
このように住民によるトイレ建設をサポートするだけではなく、AARは小学校にトイレを建築し、児童に正しいトイレの使い方を教えています。また、小学校や住民の家を借りて、衛生の知識と行動についての講習会を開いています。食事の後だけではなく、食事の前にも手を洗うことで、体内に雑菌が入るのを防ぐことができること、石鹸を使った正しい手洗いの方法、食べ物をハエから守るために覆うことなど、普段の生活に取り入れられることを紹介しています(写真左)。
行動をすぐに変えるのは難しいけれど、少しずつ変えていって、失われずにすむ命を増やしたい。そんな思いでAARはこれからも、住民の方たちとともに、スーダンの衛生環境改善に取り組んでいきます。
※この活動は、皆さまからのあたたかいご支援に加え、外務省日本NGO連携無償資金協力の助成を受けて実施しています。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
スーダン事務所 小田 佳世
2014年10月より現職。カナダの大学を卒業後、総合商社での勤務を経て、2014年3月よりAARへ。東京事務局ではアフガニスタン事業などを担当。広島県出身