AAR Japan特別インタビュー 歌舞伎の力で世の中を元気に 中村 莟玉 さん
歌舞伎界の次世代を担う期待の星として、昨年11月に梅丸から改名披露した初代中村莟玉さん。梨園の出身ではなく、一般家庭から歌舞伎界に入り、端正な容姿と美しい所作で人気が高まっている。新型コロナウイルスの影響は歌舞伎界にも及び、歌舞伎座(東京・銀座)も5カ月間の休演を余儀なくされた。AAR Japanの支援者でもある莟玉さんに、歌舞伎に賭ける思い、歌舞伎を取り巻く状況について考えることを聞いた。
(聞き手:AAR Japan 中坪央暁/2020年9月19日にインタビュー)
コロナ禍で知った稽古の大切さ
――昨年は師匠である中村梅玉さんの養子になり、莟玉に改名された節目の年でした。しかし、年明けの公演の後、コロナの影響で歌舞伎座が3月から7月まで休演するなど難しい時期を過ごされたと思いますが、どんなことを考えておられましたか。
莟玉さん 昨年11月の歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」で改名披露させていただき、12月の南座(京都)「吉例顔見世興行」までは自身にとっては披露をさせていただく公演でした。明けて1月は新橋演舞場「新春歌舞伎公演」、2月は歌舞伎座「二月大歌舞伎」と披露ではない通常の公演でしたが、大変ありがたいことに大役を勉強させていただきました。3月はお休みをいただく予定だったのですが、2月末の政府の自粛要請を受けて、劇場そのものが3月中休演と決まった時はとても驚きました。その後4月以降の公演も中止になり、自分が出演する公演が初日を迎える前に中止になるということを初めて経験し、「さあ、大変だ。どうしたらいいんだろう?」と最初は途方に暮れましたね。東日本大震災(2011年)の際も、当時公演していた新橋演舞場(歌舞伎座は建て替え中)は、世の中を勇気付ける意味で2日休んだだけで公演を再開したのですが、今回はあの時とは状況が違うんだなと。もちろん、歌舞伎界にとっても初めての事態でした。
私たちは舞台を中心に生活のリズムを作っていて、お休みも次の舞台に備える心身の準備期間です。ある時期までは常と変わらずお稽古をしていましたが、緊急事態宣言(4月7日)以降はそれもできなくなりました。本番に向けて稽古に打ち込むことで力を蓄え、気持ちを高められるんだと、改めて日々の稽古の大切さを痛感しました。
私にとって不幸中の幸いだったのは、すでに莟玉に改名していたことです。改名披露に向けて不安を抱えながら準備している時にこのような事態になっていたら、自分の気持ちがどうなっていたか分かりません。自粛期間中は焦り過ぎないように意識し、歌舞伎のことは考えたい時だけ考えるようにしました。舞台の映像を整理しながら見たい時に見たり、ひとり台詞を食ったり(つぶやいたり)するうちに、やはり自分は歌舞伎が好きだ、触れていたいと思っていることに改めて気付きました。ずっと走り続けていたのが、いったん立ち止まって、自分がやってきたことを考え直す時間を強制的な形で与えられたような気がします。
先輩に恵まれ梨園に溶け込む
――歌舞伎好きのお母様の影響で幼い頃から歌舞伎や日本舞踊に親しみ、7歳で梅玉さんの楽屋に通い始めたそうですね。梅丸として13年間親しまれた後、莟玉になられましたが、梨園の外からこの世界に入られ、今日まで心掛けてきたことは何ですか。
莟玉さん 養母から挨拶など行儀作法を厳しくしつけられましたが、養父(梅玉)は何も言わない人で、行儀さえできていれば、後は舞台でも楽屋でも小賢しく立ち回らず、伸び伸びやればいいという感じでした。もちろん歌舞伎は厳しい世界で、誰もがセンターに立てるというか、望んだ役を務められる訳ではありません。私は実母から「歌舞伎界は厳しいところで、坊ちゃん(御曹司)じゃないと良い役はできないんだよ。外から入った立場では無理なんだからね」と言われ続けて、そうなんだと思いつつも、それでも憧れのお役を目指して取り組み続けたのが、結果的に良かったのだろうと思います。
先輩方にも非常に恵まれました。たまたま同年代のブロックの最年少ということで、弟分の扱いだったのでしょうか、リーダー格の尾上松也兄さんを始め皆さんが仲良く受け入れてくださり、お稽古の後でご飯に連れていっていただいたり、若手が集う新春浅草歌舞伎に呼んでいただいたり。互いに切磋琢磨し、芸を磨いていく輪の中に混ぜてくださいました。その家の生まれではないために悔しい思いをしたことは余りありません。お客様にもかわいがっていただいて、芯の役(歌舞伎の中核的な役)に挑戦する機会まで与えていただき、自分は本当に幸運だと感謝しています。
女形は心理描写がポイント
――女形に定評があって、「釣女」の上臈役を拝見しましたが、とても可憐でおきれいでした。女形を演じる時はどんな点を意識しておられますか。
莟玉さん 女形は女性そのものになる訳ではなく、もちろん単なる女装でもなくて、男性の視点から見た理想の女性像を様式化したものではないでしょうか。今風に言うと、女性のちょっとした仕草にキュンとする感じですね。そういう要素を凝縮して表現しているように思います。もちろん、パッと見てきれいだなと思ってもらうのも良いのですが、見た目よりも肝心なのは女性らしい微妙な心理描写です。私が幼い頃に観た舞台で、80代の大ベテランの方がお姫様役を演じておられたのですが、子供の目にも「ああ、お姫様だ」と映りました。若い女性が扮装すれば見た目もお姫様なのは当然ですが、高齢の男性が演じてもお姫様に見える。女性を演じているのではなく、その演目のお姫様という役になりきっている。こうした様式美と表現力は歌舞伎ならではの強みでもあって、"non-verbal"(非言語)による表現は外国の方がご覧になっても通じ得るのではないかと思います。
時代とともに変化する生き物
――歌舞伎は伝統芸能であると同時に、1980年代に市川猿翁丈が始められた「スーパー歌舞伎」、莟玉さんも出演される新作歌舞伎「NARUTO−ナルト−」など、時代とともに大胆に進化するイメージがあります。これからの歌舞伎界で、莟玉さん自身、どんな役者を目指しておられますか。
莟玉さん 歌舞伎は大衆が生み出した娯楽であり、江戸時代の上演は新作の連続でした。江戸の町人の評判次第では興行が打てないため、常に時代のムーブメントを取り入れて挑戦し続けたのだと思います。歌舞伎は「生き物」とも言われ、変化するのは生存意欲の表れなんですね。ただ、現在では日本の古典芸能のひとつとして確立されているので、まずは古典をきっちりやらなければなりません。その一方で、お客様と役者の高齢化は明らかで、歌舞伎を観に来てくださる新たな層の獲得は喫緊の課題と言えます。
中高年の歌舞伎ファンの皆さんは、私たちの親の世代やその先代が獲得して引き継いできてくれた方々です。それと同じように、私たちが自分に近い世代のお客様を獲得できなければ、歌舞伎は先細るばかりで先人に申し訳が立ちません。新作であれば何をやっても良い訳ではありませんが、例えば人気漫画「NARUTO」を原作とした新作歌舞伎は、それまで歌舞伎を観たことがなかった若いお客様も来られて、興行的には芳しかったかも知れません。しかし、新作歌舞伎を通して初めて歌舞伎に触れてくださった方々を、次の段階に引き込めないと本当は意味がありません。役者だけでなく、舞台装置や衣裳、台詞、お囃子とか、「いよぉ~!」って言ってるよとか、何に興味を持ってもらってもいい。次は古典を観て、同じ役者が違う役を演じる時のギャップというか、振り幅の大きさを楽しんでもらえればと思います。
私自身は歌舞伎界の外から入ったことを強みにしたいと思っています。歌舞伎に憧れていた頃の観客としての目線、つまり自分の原点を忘れず、誰に頼まれた訳でもなく勝手にこの世界に入って、これまでやってきた自分が、今度は憧れてもらえる側になれたらいいなと。歌舞伎は作品と役者の両方を楽しむ芸能で、お客様にはそれぞれお気に入りの役者さんがいることと思います。「歌舞伎っていいな、また観たいな」と思っていただくには、単に「上手いね、格好いいね」という以上に、その役者自身に人としての魅力がなければなりません。周囲に対する思いやりがあり、誰からも尊敬される方は、お人柄というか、舞台でも不思議とそれがにじみ出ているように感じます。舞台ではウソをつけないということでもあり、本当に怖いです。私も「また観に行きたいな」と思っていただけるような役者になりたいですね。
支援を直接届ける活動に共感
――東日本大震災の被災地支援のためにAARが主催したチャリティイベントで、縁あって梅玉さんにご協力いただいた時、梅丸として長唄「雨の五郎」を踊ってくださいました。そしてこの度、グッズの売上をご寄付いただきましたが、当会のような人道支援活動に取り組む国際NGOを応援してくださる理由は何でしょうか。
莟玉さん 国内でも海外でも困難な状況で苦しむ方々がたくさんおられますが、それを知って心を痛め、何とかしてあげたいと思っても、実際には私などは祈ることしかできません。AARの皆さんが災害の被災地や海外の難民キャンプまで行って、そうした方々に現場で直接支援を届けているのは、強さを感じるというか、大変なことだと思います。支援を受け取る側から見れば、実際に助けに来てくれるAARのような団体、スタッフの皆さんの存在は本当に心強いでしょうね。私たちもお客様から望まれているかどうか分からない公演に臨む時は不安もありますが、皆さんが言葉も文化も違う海外の現場で、今後どう変化していくか分からない状況に対応する時は、どんなお気持ちなんでしょうか。 私たちは間接的な形でしか支援できませんが、「困った時はお互い様」というAARの活動を応援させていただければと思います。
困難な時にも「豊かな心」を
――歌舞伎を始め芸能は人々の憧れ、楽しみ、喜びであり続けてきましたが、特に現在のコロナ禍のような困難に直面する時、歌舞伎にできることは何だと思われますか。
莟玉さん 2月末に俳優の高橋一生さん主演の舞台を観に行ったのですが、コロナの影響でそれが最後の上演となってしまい、高橋さんがカーテンコールのご挨拶で「いつの時代も有事の際、芸術や芝居は世の中から(真っ先に)捨て置かれてしまう存在だ。しかし、僕は『娯楽』は人の心を豊かにする重要なものだと思う。娯楽がなくなったら『豊かな心』が失われてしまう」と話されたんですよ。私が歌舞伎について考えていることと全く同じで、深く共感しました。確かに歌舞伎は生活に直接役立つ訳ではなく、お腹を満たすこともありませんが、観てくださった方々を励まし、心を豊かにし、日々を支える力になると信じています。
最近は海外の歌舞伎ファンが増えています。言葉も文化も違い、歌舞伎の知識もない人々の前で演じた時のリアクションには、逆にウソがない。先人が積み上げてきた歌舞伎の底力を感じます。日本では海外で評価されたものが逆輸入される傾向がありますが、日本人自身に日本のエンターテインメントのすごさを知ってほしいと思います。若い世代など、まだ歌舞伎をご覧になったことがない方々には、好きになってくれとは言わないので、まず触れてみてほしい。歌舞伎のどこに興味を持つか、入口のワンポイントは何でも構いません。食わず嫌いはつまらない。よく敷居が高いと言われますが、一歩踏み出して、本当に敷居が高いかどうかご自身で計りに来てください。きっと新しい発見があるはずです。
ひとこと 歌舞伎座「九月大歌舞伎」の千穐楽、梅玉・莟玉親子が共演する「寿曽我対面」を観に行った。台詞は何となく分かる程度だが、大勢の役者が並ぶ華やかな舞台、独特の色彩感覚、衣裳と隈取で記号化されたキャラ設定、軽妙なお囃子など初心者も明快に楽しめる。「堅苦しい」と思われがちだが、面白くなければ江戸の町人連中が観たはずはない。古典芸能っていうより奇抜なエンターテインメント。(N) |
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
東京事務局 中坪 央暁
全国紙特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣で南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島など紛争復興・平和構築の現場を取材。新聞社時代にはアフガニスタン紛争、東ティモール独立などをカバーした。2017年11月AAR入職、2019年9月までバングラデシュ・コックスバザール駐在。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』(めこん)を上梓。栃木県出身