駐在員・事務局員日記

タジキスタン駐在員に聞く、現地でのくらし

2008年03月11日  タジキスタン
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執筆者

東京事務局
竹井 路子

広報・支援者サービス インターン

記事掲載時のプロフィールです

2001年9月11日に発生した米国同時多発テロ後、アフガニスタン/タジキスタン国境へ逃れたアフガニスタン難民への支援をきっかけにタジキスタンでの活動を開始。現在は外務省の助成を得て、東部山岳地域にあるラシュト渓谷を中心に障害者支援を実施しています。

ここが気になる!タジキスタンの生活

タジキスタンは日本人の私にとって、あまり馴染みのない国の一つです。現地の生活となると、全くイメージが沸きません。今回は、普段なかなか紹介しきれない、駐在員の日常生活に注目。前タジキスタン駐在員戸賀さんの話から、タジキスタン駐在生活に関する「なるほど!」を東京事務局インターンの竹井が紹介します。

駐在員プロフィール
戸賀竜郎元タジキスタン駐在員と子どもたち

戸賀 竜郎(写真右)

学生時代に途上国の開発問題を勉強。会社員時代に、イベントのボランティアを通して初めてNGOの活動に触れる。その後、NGOの職員として人材育成事業などに関わる。平和構築とアフガニスタンの現状に関心を持ち、現場で仕事をしたいという思いから、難民を助ける会へ。2006年11月、タジキスタン事務所の駐在代表として首都ドゥシャンベへ赴任。2007年11月まで勤務。

駐在員の食生活はいかに!?

戸賀さんは2006年11月、タジキスタン事務所の駐在代表として首都ドゥシャンベへ赴任。もう一人の駐在員と事務所兼住居での2人暮らしが始まりました。「僕は料理が得意ではなかったので、もう一人の駐在員の沼田さんが料理をして、僕が皿を洗う係り」と恥ずかしそうに言う戸賀さん。食生活はというと、朝食は朝作らずに、前の夕食の残りを食べたり、買い置きしておいたシリアルを食べたりと日本での生活とあまり変わらないそうです。

主食はナン※、お米が恋しい!

車のトランクから大量のパンが

町を歩くと、なんと車のトランクから大量のパンが!パン屋さんもユニークです

食生活の変化はどこに行っても死活問題。海外で長く生活してる人はきっと日本食が恋しいのでは?という単純な疑問に「夜は大抵日本食を自炊していました。幸いなことに、タジキスタンでは、ジャポニカ米が売られていたので。あれは本当に助かりましたよ!」タジキスタンでもお米が売られているなんでちょっとした驚きです。ナンが主食の現地ですが、たまにはお米が恋しくなります。

※タジキスタンで食べられている平たい楕円形またはわらじ形のパンのような食べ物

残業なし。ちょっとうらやましい!?

現地スタッフと昼食をとる戸賀前駐在員

現地スタッフとホイト村で昼食のひととき。大皿に盛られたタジク料理を仲良く食べます

事務所兼住居に通勤してくる現地スタッフは、運転手、総務・経理スタッフ、プロジェクトマネージャー、プロジェクトアシスタントの4人です。タジキスタンの公用語、タジク語(ペルシャ語系)で会話をしているのかと思っていましたが、業務は全て英語だそう。理由は、事業報告書の作成や国連、他のNGOと一緒にプロジェクトを行う上で英語が不可欠だからです。旧ソ連なのでロシア語を話せる人材は豊富ですが、英語が流暢な人は少ないのだそうです。英語でコミュニケーションをとれる人材を雇うのも一苦労なのですね。

勤務時間は基本的に午前9時から午後5時まで。現地スタッフは大抵、午後5時丁度、「スーパー定時」で帰るのだそうです(笑)。このような話は他の国の駐在員からもちらほら。残業大国日本とは大きく違っています。戸賀さんは、日本とは仕事に対する姿勢が違う国で事業を行う難しさ、それを身をもって実感したそうです。「現地スタッフが非常にのんびりしてみえたんです。そのことで僕が腹を立ててしまったことも。そのために一時現地スタッフとギクシャクしたときはありました」その国の「ふつう」を尊重すべき、同時に一つの目標に向かって共に力を合わせていくべき。そんな葛藤が伝わってきました。

「仕事=プライベート」な生活

現地スタッフが帰った後は、駐在員2人で残業。「5時くらいにテレビでNHKニュースをやっていたので、2人で見ていました。6時くらいになってまた仕事に取り掛かることが多かったですね」このNHKニュース、遠いタジキスタンで日本の状況を知ることの出来る唯一の手段だったようです。こんな状態ですから、仕事とプライベートの区別は付けにくかったとのこと。心が休まる時間はあったのでしょうか。

寒さの中で、時々「がまん大会」

冬のタジキスタン

雪で覆われた、冬のタジキスタン。山岳地帯の冬は厳しい

タジキスタンは大陸性気候で、平野部では6月~9月にかけて暑く乾燥した気候となり、最高気温が35度を越えます。一方、12月から2月にかけて、平均気温も零度近くまで下がり、国土の大部分を占める山岳地帯では年間を通して平野部の気温を大きく下回ります。

家の暖房設備は一体どうなっていたのでしょうか。戸賀さん曰く、「セントラルヒーティングという暖房システムが付いていたんですが、正常に機能していなかったので、あまり暖かくなかった」仕方なく移動式のオイルヒーターを使って寒さをしのいでいたんだそうです。「シャワーを浴びていると、たまにお湯が冷水になったりします」。聞いただけで寒くなりそうです。

意外なことに、バスタブも完備されて、一応、お湯をはることもできたそうです。結構良いところに住んでいるんだなと思いきや、「水が泥水しか出ないことにちょっとびっくりしたかな。シャワーも泥シャワーなんですよ。シャワーを浴びてもあまり洗った気がしませんでしたね」と陽気に笑っていました。

楽観的なのも大切な要素

川魚を焼いて食べる戸賀前駐在員

川魚を焼いて食べる戸賀前駐在員

駐在生活を振り返って、「私生活でつらいと思うことはあまりなかった」と常に楽天的に答える戸賀さん。たしかに、現地の人にとってはそれが「普通の生活」かもしれませんが、日本人にとって全く違う環境に馴染むのはやはり一苦労なのではないかと思います。一つの国に1~2人の駐在員しかいない状況で、病気になれば業務は滞ってしまいます。心身ともにたくましさが求められる仕事です。駐在員は専門知識も必要ですが、まずは体力勝負だ!と感じました。

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