長 有紀枝
理事長ブログ第30回「戦場のジョーク~トルコ出張報告①」
2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。2010年4月より立教大学社会学部教授(茨城県出身)
記事掲載時のプロフィールです
AAR理事長、長有紀枝のブログです。
ボスニア・ヘルツェゴビナや旧ユーゴスラビアで起きた一連の紛争の際、AAR Japan[難民を助ける会]の職員として現地に駐在していました。20年も前のことですが、今でも克明に記憶していることの一つが戦時下のジョークです。平素からジョークを好む土地柄もあるでしょうが、ご当地もの、戦時下の困窮・困難を笑い飛ばすもの。下品極まりないもの、あるいは、とても人前では語れない下半身にまつわるものも多数あります。(これらをしっかり覚えている方も、覚えている方だと、自分で自分を突っ込みたくなりますが)
また民族浄化に関連した、救いのないブラック・ジョークや、スレブレニツァのジェノサイドの最中に加害者から発せられた、恐ろしいものもありました。他方で、人間のたくましさや知恵を感じるものも多く、自分が置かれた環境を客観視して、笑いに変えることは、極限の状態で人間が人間らしく生きていくための、誰にも奪うことのできない生命線なのだと感じたことが多々ありました。人はそうして理性や尊厳を保つのだと。
5月23、24日とイスタンブールで開催された「世界人道サミット」に参加しました。シリア難民受け入れの最前線トルコでの開催。シリアに関する展示やサイド・イベントも多々開かれましたが、そうしたサイド・イベントの一つで紹介された最新のジョークをご紹介します。
空爆で破壊された病院が移転した先でのこと。近所に拠点を置く自由シリア軍の兵士が言ったそうです。「病院が近くにあったら、こちらまで巻き添えで空爆されて危なくなる。頼むから、どこかよそへ行ってくれ」。
医療機関を狙うことは、いかなる理由があろうと重大な国際人道法違反です。しかし、それらをものともしない非道な空爆が相次ぎ、患者さんと、医療関係者の犠牲があとを絶ちません。その状況さえも笑いに変えたブラックジョーク、あるいは冗談ではなく本当に、巻き添えを恐れた兵士が語った言葉なのかもしれません。
会場はほんの一瞬、笑いに包まれたましたが、すぐさましんと、水をうったように静まりかえりました。ジョークでもなんでもない、非道な現実が語られているからです。「おかしい、しかし、くるしく苦いジョークです」という発言者の言葉が静かな会場に響きました。
空爆で長年ともに働いた友人を失ったというシリア人医師がすぐ横に座っていました。
サミットの後、トルコ南東部にある、AARの事業地をまわりました。その一つ、シャンルウルファ県は世界最大の難民受け入れ国であるトルコの、最大の難民受け入れ県です。
滞在中、駐在員の柳澤カールウーロフ朋也君とともに、巡回理学療法チームに同行して、多くのシリア難民の方々の家庭を訪問しました。自身もシリア難民であるAAR職員の話もたくさん聞きました。何回かに分けて、この出張のご報告をしていきたいと思います。
(2016年6月2日)