駐在員・事務局員日記

理事長ブログ第35回「混迷の時代の安全管理・危機管理」(その2)

2016年08月10日  会長ブログ
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執筆者

長 有紀枝

2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。2010年4月より立教大学社会学部教授(茨城県出身)

記事掲載時のプロフィールです

AAR理事長、長有紀枝のブログです。

 ひきつづき、安全管理・危機管理についてお話します。前回は以下1~3について論じましたので、本日は、4からスタートします。整理の都合上、前回分を第1部、今回分を第2部としています。

【第1部】

1.交通事故の脅威

2.物取り・強盗・都市型犯罪の標的・対象となる場合

3.武力紛争中の攻撃や暴動の巻き添えとなる場合

 3-1. 情勢が突然悪化した場合

 3-2. 明らかな兆候があり情勢が徐々に悪化した場合

 

【第2部】テロリズム

はじめに

4.文化的・社会的文脈から攻撃対象となる場合

 4-1. 組織が対象となる場合

 4-2. 個人が対象となる場合

5.政治的テロの対象となる場合

 5-1. 外国人一般がターゲットとされる場合

 5-2. 特定の国や組織がターゲットとされる場合

 5-3. 日本がターゲットとされる場合

 5-4. 当該団体が名指しでターゲットとされる場合

【第3部】

6.その対策

はじめに

 第2部は一般にテロとも言われるものです。誰による、どのような犯罪か、その背景と原因は何か、という点につきましては、それぞれの地域の研究者や専門家がおられます。専門的な分析は、中東や、アラブ、イスラムの研究者・専門家の方々にお譲りし、ここでは、あくまでも国際協力の視点から、安全を確保しつつ、「支援活動を続ける」ための議論を心掛けていきたいと思います。本論に移る前に一般的な背景について少し触れたいと思います。

 ISによる残忍なテロ、その勢力が減退し始めてからは、各地でローンウルフ(一匹オオカミ)が活動したり、ジハード運動に「呼応」した人々が、世界に分散し、あるいは拡散していくといった事態は、極めて今日的ですが、背景となる事象は、以前から存在していたといえます。BBCやCNNといった世界的なメディアのリアルタイムの放送とともに、残虐なことをすればするほど、世間の注目を浴びられるという事実。その風潮に、誰もが発信者となれるSNSが拍車をかけています、

 こうした事態については、メディアの責任もさることながら、そのニュースを受容し、「消費」してきた私たち受け手の側の責任も考えねばなりません。

 一般に政治的な主張をしたいとき、穏健、かつ合法的な方法・手段で異議申し立てをしても、ある程度自由な言論空間が確保されている国や地域は別として、多くの途上国や、当局による人権侵害が顕著な社会では、誰も聞く耳をもたない、あるいは関心や報道の対象にすらならない。他方で、同じ主張でも残虐な犯罪の形で発信すれば、一挙にその主張が、当該組織の名前とともに、世界規模で知れ渡る。こうした、一見倒錯した現象が常態化しています。報道の量は、犯罪の規模(犠牲者の数や破壊の程度)と質(残虐性)に比例するといっても過言ではなく、さらに先進諸国の外国人が巻き込まれればさらに大きなニュースとなります。

 換言すれば、まっとうな方法で、まっとうな主張をしている、周辺化した人々の声に耳を傾け、その主張を聞き、その穏健な異議申し立ての方法を評価し、歓迎しない限り、私たちは、将来のテロリスト予備軍に、あるいは、拡散型テロの予備軍ともいえる人々に、誤ったメッセージを送り続けることに加担することになるのではないかと思います。

 まっとうなことはニュースにならない、異常な事件や行為だからこそニュースになる、という図式は、メディアの世界ではいかんともしがたいことかもしれません。そうであるならなおのこと、まっとうに生き、まっとうな方法で異議申し立てをする人々の声や主張を拾い上げ、耳を傾けるという作業は、私たちNGOや国際協力関係者、そして地域研究者の仕事と言えるのではないでしょうか。それぞれの持ち場で発信することの重要性を改めて感じます。

4.文化的・社会的文脈から攻撃対象となる場合

4-1.組織が対象となる場合

 組織が対象となる場合、国連機関全般であれ、外国の援助団体全般であれ、政治的なテロと不可分一体のところがもちろんあります。政権側(または敵側)を支援する者は全て敵である、という解釈や発想など、犯罪者側独自の価値判断で選別された組織が攻撃対象となる場合も多いからです。しかし、ここで想起しておきたいのが、援助の内容や援助を行う側の行動様式そのものが標的になる、あるいは標的になる口実を与える場合があることです。後述するように、分断や対立を和らげるものが敵視される場合もあります。

 特定のイスラム社会で、女性を雇用したという理由で、あるいは、特定の事業が現地の宗教や慣習を誹謗し侮辱したという解釈故に、特定の組織が攻撃される可能性もあります。どうしてもその事業をしなければならない場合は別ですが、不勉強や無知、不注意から、そうした行為を誘発することがないように現地の情勢に配慮することで、リスクを軽減することは可能です。

 また、たとえ標的になるリスクが多少、高まったとしても女性や特定の民族に属する人の雇用をやめるわけにはいかない、あるいはその事業を行うことが、その地域の支援活動に死活的に必要なのだという場合には、せめて、その行為が、文化社会的な禁忌事項を犯しているのだと十分認識した上で、目立たぬようにそっとやる、いたずらに、または敢えて相手を刺激しないような控えめなやり方で、「ロー・プロファイル」で行う、といった態度が重要で、こうしたことがリスクの軽減につながります。

4-2.個人が対象となる場合

 男性、女性にかかわらず、現地の文化・社会的文脈に違反するような行為や言動があった場合も、深刻な場合は個人が攻撃の対象になるリスクが高まります。多くは不注意から、自分でもそれとは気づかぬ場合もあるかもしれません。たとえば、屋根に上がるといった行為。アンテナの修理や気分転換?が目的であったとしても、近隣の住宅(住人の女性)をのぞき見した、と誤解される行為や、女性の服装などが大きな反感を買う場合もあります。赴任前に現地の文化や習慣を、危機管理の点からも習熟することが必要です。また、労務管理など現地職員とのトラブルにより、(相手方に十分な非がある場合でも、逆恨みなどによって)攻撃の対象になる場合も十分ありえます。財政事情の悪化など雇用側の事情で契約期間中の解雇の可能性も出てくるかもしれません。十分な説明と補償を行った上で、それでも相手方に深刻な不満が残る場合など、解雇の責任者を、現場の事業責任者ではなく、遠く離れた本部のせいにするなど、現地で危険に晒されるリスクの高い人に攻撃の目が向かないなどの対策が必要です。

5.政治的テロの対象となる場合

 「テロとは単なる殺人行為ではなく、政治的なインパクトを目的とした暴力なので、テロ組織の政治的な目的を達成するのに適した場所が狙われる」(菅原出「ソフト・ターゲットテロ時代の防御方法―ダッカ事件が指し示す教訓」『外交』vol.38 2016年7月号126頁)。

 一見、当たり前のご指摘のようですが、とても大切な教訓ですので、この言葉を引用することからはじめます。

5-1.外国人一般がターゲットとされる場合

 外国人一般を敵視する組織が活動する場に身を置く場合、自らが外国人であることを目立たせない行動がリスクの軽減につながります。以前は、あるいは現在でも、一部の民族紛争の現場などでは、自らを外国人であると周知させることが、身を守ることにつながる場合がありました。外国人一般が標的となるならば、外国人が利用する施設に近寄らないといった予防措置が可能です。また、移動に関しても、明らかに外国人だとわかる車両よりも(現地の公共交通機関を使用することは異なる犯罪のリスクが高まりますから避けるべきですが)、地元の人と同様の車両に乗ることがリスクの軽減につながる、という場合もあります。この時、議論になるのが防弾車です。防弾車を使用すれば、狙撃対策にはなるかもしれませんが、その重量故、足が遅く、また目立ちすぎる、という難点が存在します。

5-2.特定の国や組織がターゲットとされる場合

 特定の国や組織がターゲットとなる場合、一見日本人なら安全、と思われるかもしれませんが、標的になる可能性のある施設に近づけば、何人であれ、巻き添えになる可能性が高まることになります。できる限り、関連する施設に近寄らない、というのは重要な鉄則です。

5-3.日本がターゲットとされる場合

 報道されているように、日本がISにより攻撃対象として認識されたのは確かです。危険地のみならず、欧州各地や東南アジアの観光地、リゾート地、そしてあらゆる場所でその可能性があり、旅行者、留学生を問わずすべての日本人がその対象として認識されるという、恐ろしい事態が発生しています。2015年初頭の、後藤健二さんや湯川遥菜さんの殺害事件をもって、「日本にとっての9.11」という認識も生まれました。

 とはいえ、多くの外国人がいるような場所で、日本人だけを選りすぐり、選別して犯行を行う、というシナリオは、ありえないと断言できないまでも、可能性は低いのではないでしょうか。特定の政治的メッセージを発するためにはより、その目的にみあう標的が多数存在するはずです。

 以前、リスク管理会社の方とお話した際、「当社と契約している法人は概して事件・事故に巻き込まれる割合が低い」とお話してくださいました。決して自社のセールストークなのではなく、安くはない契約料を支払い、そうした危機管理会社と契約を結ぶこと自体、会社の危機管理意識の表れであり、その時点で既に一定の危機管理体制が構築されている、あるいはそれを認識している会社だから、という説明に納得した覚えがあります。

5-4.当該団体が名指しでターゲットとされる場合

 理由はどのようなものであれ、特定の団体が、特定の理由でターゲットとされる場合、国連機関など、巨大な組織の場合は別ですが、そうでない小規模な組織の場合、少なくとも一定期間は活動を停止するしか方法がないと考えます。標的と明言される以上、事務所の場所や、事業地など特定されている場合があるからです。

5-5.分断や対立を和らげるもの(人)が対象となる場合

 現地の分断や対立を和らげる役割を果たす人々やもの、事業に対して危害が加えられることもあります。地元の著名人や人望の厚い有力者が標的になる場合が多いですが、気を付けるべきは、そういう人や組織への攻撃を、いわば、味方の側が、反対勢力を貶めるため、反対勢力の仕業に見せかけるため、攻撃をしかける、というような事態も頻発することです。

 地元の人が高い評価をし、信頼を寄せている組織や外国人、人望が厚い人を、あたかも敵対勢力の仕業のように見せかけて危害を加えることは、相手を貶め、相手の評判を落とすための道具・手段です。

 多くは、真犯人や真相は闇の中、とされる結末を迎えることが多い事件ですが、対立が激化している社会では、あらゆる層に、あらゆる考え方の人がいるのだという認識を常に持つ必要があるといえます。

 

 とはいえ、(これは緒方貞子さんの言葉の受け売りですが)「言霊(ことだま)」には力があり、(これもある人の言葉を借りるなら)人間は念の動物でもあります。

 あらゆる事態を想定し、対策を立て、注意深く行動することは大切ですが、だからといって、事件や事故を想定しすぎるあまり、否定的な言葉ばかりを発して、そうした危険や負の事態を自ら呼び込むようなことになっては、元も子もありません。最大限の注意を払った上で、災厄を寄せ付けない、ポジティブな思考を大切にする、そのバランスが重要かと思います。国際協力を続けるための安全対策なのですから。(つづく)

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