長 有紀枝
「2019年 世界難民の日に」理事長ブログ第45回
2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。2010年4月より立教大学社会学部教授(茨城県出身)
記事掲載時のプロフィールです
AAR理事長、長有紀枝のブログです。
今からちょうど1年前、昨年の「世界難民の日」に私は、「性暴力と世界難民の日」と題した文章を記しました。この年のノーベル平和賞は、「イスラム国(IS)」による性暴力被害者で、現在は国連親善大使として人身売買被害者の救済を訴えるイラクの少数派ヤジディ教徒ナディア・ムラドさんと、内戦状態が続くコンゴ民主共和国(旧ザイール)で、自身も危険にさらされながら、レイプ被害にあった女性たちの治療に努める婦人科医のドニ・ムクウェゲ医師とに贈られました。その前々年2016年は、半世紀に及ぶ左翼ゲリラ・コロンビア革命軍(FARC)との内戦終結に向けて和平協議を主導した南米コロンビアのファン・マヌエル・サントス大統領に贈られました。イラク、コンゴ民主共和国、コロンビア。これら3つの国名の共通項にお気づきでしょうか。
いずれも国内避難民(国内で大規模な強制移動を余儀なくされている人々:Internally Displaced Persons: IDPs)の多い国で、国連高等弁務官事務所(UNHCR)の最新の統計によれば、コロンビア(781万人)とコンゴ民主共和国(451万人)は、シリア(618万人)とともに、国内避難民が世界で最も多い上位3カ国です。
2019年6月19日に発表されたUNHCRの最新の統計(2018年末現在)によれば、紛争、暴力、迫害により世界で強制移動を強いられた人の数は7,080万人です。6年連続で増加し、ついに、7000万人を超えました。これは20年前の倍の人数で、タイやトルコの人口に匹敵します。
一日あたり平均3万7000人が新たに家を追われた計算で、2人に1人が18歳未満の子どもです。世界人口に子どもが占める割合は31%ですから、いかに難民に子どもが多いかがわかります。
7,080万人の内訳は、国内避難民4130万人、難民2590万人、庇護申請者(難民として国際的な保護を求めている人々)350万人。難民出身国トップ5は、シリア(670万人)、アフガニスタン(270万人)、南スーダン(230万人)、ミャンマー(110万人)、そしてソマリア(90万人)です。世界中の難民の67%がこれら5カ国から出ているのです。これらの難民の5人に4人が隣国にとどまり、その結果、難民受け入れ上位5ヵ国は、トルコ(370万人)、パキスタン(140万人)、ウガンダ(120万人)、スーダン(110万人)、ドイツ(110万人)です。
現在、AAR Japan[難民を助ける会]は世界15ヵ国で活動を続けていますが、難民出身国の上位4ヵ国である、シリア、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマーからの難民の人々の支援を、同じく難民受け入れの上位4ヵ国であるトルコ、パキスタン、ウガンダ、スーダンで、また第8位の受け入れ国であるバングラデシュ(90万人)をはじめとする国々で行っています。それぞれの現場で、駐在員一人ひとりが、苛酷な状態に身を置きながら、それぞれの現場の課題に取り組む日々ですが、彼らの報告を聞くたび、改めて、AARの設立者、故・相馬雪香前会長の言葉を思います。
場違いに響くかもしれませんが、「人生の本舞台は常に将来に在り」です。
これは、相馬先生の父親である尾崎咢堂(行雄)が70歳の古希を超えて口にした言葉です。
「将来の設計をする」、「未来を想像する」、もっと端的には「明日の予定を立てる」。これらは平和な日常を生きている私たちが、その貴重ささえ気付かないほどの、実は「特権」です。故郷や家族、友人、職場、平穏な「日常」を失った人々、地雷や不発弾、爆撃や拷問で身体の一部を失った人々。
私たちがそれぞれの現場で出会う人々は、「今」や「今日」を生き抜くことに精いっぱいの、とても将来を夢見る心の余裕などない人々です。あるいは、失ったもののあまりの大きさに、顔の表情や、言葉さえ失い、ただただ茫然と時をやり過ごす、「今」さえ生きていないような人々です。
こうした方々が、いつの日か、未来や将来に希望を見出し、その未来こそが人生の本舞台なのだと思っていただきたい、そうした思いで、私たちAARは、皆さまのご支援をいただきながら、日本を含む世界15ヵ国で活動を続けています。
「人生の本舞台は常に将来に在り」難民の人々がいつかそう思えるために、今日の教育や今日生きる糧が必要です。
「世界難民の日」に、皆さまとともに今一度、この言葉の意味をかみしめたいと思います。
追記:本原稿では、日本の難民問題については触れておりません。この問題につきましては、また改めて原稿にいたします。なお、長有紀枝の個人ホームページに、日本の難民問題に関する原稿を公開しております(「難民が来ない国の難民鎖国」。ご関心のある方はぜひ、こちらもご覧ください https://osayukie.com/ )