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パキスタン洪水支援 速報第10弾 医療支援を開始しました

2010年09月13日  パキスタン緊急支援
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基礎医療支援と1,500世帯へ緊急支援物資を配付

目の診療を受けに来た少女

目がかゆく、涙を浮かべながら診察を待つ少女(9月7日撮影)

パキスタンで起った洪水被災者への緊急支援のため、東京事務局の野際紗綾子、川邉安行が現地で支援活動を行っています。8月の3回の緊急支援物資の配布に続き、9月からは、ジャパン・プラットフォーム(JPF)の支援のもと、基礎医療サービスを開始すると同時に、追加で1,500世帯への緊急支援物資の配付を行っています。

9月7日には、被害の大きいパキスタン北西部のノシェラ郡のアキマバードにおいて、基礎医療の活動調整を行いました。以下は、現地からの報告です。

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広がる感染症を食い止めろ

避難所には多くのテントが設置されていた

砂塵の舞う中でのテント生活を強いられる被災者たち(9月7日撮影)

被災から一ヵ月半が過ぎる中、ここノシェラ郡では、新たな問題に直面しつつあります。それは、劣悪な衛生状態の下での感染症の拡大。
水が引き、剥き出しの乾いた大地が再び現れたこの地域では、連日気温が30度を超える中、砂埃の舞う日々が続いています。衛生状態を改善するための物資も不足する中で、眼病や皮膚病などの感染症が拡大しつつあります。

また、約2,100万人という、過去数年の災害被災者数を合わせてもまだなお届くことのない前代未聞の被災者数は、ひとたび感染症が拡大するとさらに甚大な被害をもたらすことをも意味します。そこで、感染症の拡大を一刻も早く防ぐため、難民を助ける会は、パキスタンの3つの地域(ハイバル・パフトゥーンハー州ノシェラ郡、パンジャーブ州ムザファルガル郡、シンド州サッカル郡)へ、現地協力団体とともに10の医療チームを派遣し、8月末より基礎医療活動を開始し、食料や生活用品の配付と併せた支援を行っています。

拠点型と巡回型のチームを組み合わせた医療支援を、少しでも多くの患者のもとへ

拠点型医療チームの診察状況

医療チームが被災者一人ひとりを診療する(9月7日撮影)

医療チームは、医師1名、女性看護師あるいは女性医療アドバイザー1名、薬剤師1名、運転手1名、事務員1名の5名によって構成されます。なぜ、女性の看護師か医療アドバイザーなのか。それは、この地域では、文化慣習で、男性医師による女性患者の診療は避けられる傾向にあるために、女性が必ずチームメンバーに入るようにしているのです。加えて、ボランティアが、地域への活動の周知や患者の介助を担います。

医療サービスの提供は、対象地域のニーズに合わせ、固定診療チームと巡回診療チームの2種類の方法で実施しています。固定診療チームは、その周辺に避難キャンプや集合避難住宅など、多くの被災者が居住する場合に、簡易診療所を設けて診察するものです。一方、巡回医療チームは、被災者が離れて避難している場合、また人口密度が低い場合に、巡回車を使って移動しながら診療を行います。

水は引いても残る問題 - パキスタン北西部の被災者からのメッセージ

パキスタン北西部で始まった洪水は現在、南部に被害が拡大しています。北西部では、徐々に水が引いてきているものの、新たな問題に直面しています。ここでは、川邉安行のインタビューを通して見えてきた、被災者からのメッセージと現状をご報告します。

「まず何よりも帰る場所が欲しい」・・・ハサン・パリさん(70歳・女性)
被災者をインタビューする川邉(左)

ハサン・パリさん(右)をインタビューする川邉(左)手前は医療チームの医師(9月7日撮影)

診療所を訪れたハサン・パリさんは、70歳のお祖母さんです。ご主人はすでに亡くなられ、現在は2人の息子と3人暮らし。洪水発生当時は外出中だったそうですが、家に戻ってみると家が流されており、現在は大学敷地内の被災者用テントで生活をしています。両目は赤く、その細い左腕には赤い湿疹が広がっていました。「ここの診療所にはとても満足しているけれども、何よりもまず帰る場所、家が欲しい。」と、今後の生活への憂いが伝わってきました。

「私自身も被災者。でも他の人たちを助けたいから」・・・医療チームのナヤブさん(20代・女性)
診療所で働く、自身も被災者のナヤブさん(左)

家もすべて流されたナヤブさん(左手前)は、被災者のため毎日診療所で働く

続いて、医療チームのヘルスアドバイザーの、ナヤブさん(20代・女性)にお話を伺いました。彼女は、診療所から約30分のペシャワール郡のペルプーワという町から通い、毎日(週7日)、朝7時に診療所に来て午後15時まで働いています。彼女の家は、洪水によりそのほとんどが破壊されてしまい、現在は唯一被害を免れ残った一室に、夫と2人の小さな息子たちと暮らしているようです。今何が一番必要かと聞くと、「個人的には、服から家まですべてが必要。2人の息子にも何も与えてやれない。教科書も学校もない。けれども、今私にできることは、被害に遭ってこの診療所を訪れる人々を救う以外ほかはない。」
自らも被害者であり、2児の母であり、医療チームの一員であり。きっと複雑な心中なのだろうと察すると同時に、その口調と表情からは一人でも多くの患者を救いたいという強い使命感が感じられました。

「はやく学校に行きたい」・・・アミーナちゃん(10歳・女の子)
診療所で診察を待つアミーナちゃん(10歳)とフザファくん(5歳)姉弟

弟のフザファくんを世話するアミーナちゃん(左)。辛い避難所生活が続きます

幼い姉弟を見つけたので、話を聞いてみました。姉はアミーナちゃん(10歳)、弟はフザファくん(5歳)。2人に加えてもう3人の姉妹と両親の7人家族で団地に暮らしています。アミーナちゃんに洪水発生当時の話を聞いてみると、最初は雨かと思って安心していたら、やがて大きな洪水になり、家は流され、家族みんなでピール・サバック村の小高い丘の上に逃げ出したということでした。彼女は現在、小学校4年生。洪水被害のため現在小学校は閉校しています。「はやく学校に行きたい」と話していました。また、今一番欲しいものは何かと聞いたところ、「(ラマダン明けの祭日の)イードの日に着る洋服が欲しい」と。何も起こらなければきっと今頃は、いつものようにたくさんおめかしをして家族や親戚と楽しい休日を送っていたはずです。

子どもたちの笑顔と未来に向かって-医療支援と食料・生活用品の配布を継続します

難民を助ける会を笑顔で見送ってくれた子どもたち

この子どもたちの未来のために、私たちにできることを

この日の活動調整を終えて巡回医療地を後にする私たちを笑顔で見送ってくれた子どもたち。子どもたちが、希望を持って夢に向かっていくために、難民を助ける会では、これからも医療支援と食料・生活用品の配布を被災地で続けていきますが、支援を必要としている方々すべてに届けるための資金が足りません。引き続き、皆さまのご支援を、どうかよろしくお願い申し上げます。

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【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

東京事務局 野際 紗綾子

2005年4月より東京事務所スタッフ。アジア事業を担当。2008年ミャンマーサイクロン被害の発生直後から、被災者支援活動を担当している。2009年スマトラ沖大地震の緊急支援も担当。(東京都出身)

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