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パキスタン洪水支援 速報第12弾 高齢者や障害者へ緊急支援物資を配付
![9月16日、被災地の200世帯に支援物資を配付しました 9月16日、被災地の200世帯に支援物資を配付しました](/activity/report/images/rpt1009_411_1distribute.jpg)
緊急支援物資を配付する野際紗綾子(右から2人目)と川邉安行(右端)
パキスタンで起った洪水被災者への緊急支援のため、東京事務局の松本理恵、野際紗綾子、川邉安行が現地で支援活動を行っています。8月の3回の緊急支援物資の配付に続き、9月からは、ジャパン・プラットフォーム(JPF)の支援のもと、基礎医療サービスを開始すると同時に、追加で1,500世帯への緊急支援物資の配付を行っています。
9月16日には、被害の大きいパキスタン北西部のノシェラ郡ナワンカレ村において、高齢者、障害者、女性(未亡人)や被害の甚大な世帯に対して緊急支援物資を配付しました。以下は、現地からの報告です。
最も支援の届きにくい被災者へ
被災から約2カ月が過ぎる中、ここノシェラ郡では、様々な援助機関・団体が活動を進めつつあります。しかし、支援をなかなか手にすることができない被災者もいます。それは、人口密度の低い奥地の被災者や、高齢者・障害者・女性(未亡人)など、その社会的立場やアクセスの制約から、配給物資をなかなか手にすることができない人々です。車イスを使用する障害者や足腰の不自由な高齢者にとって、水害によって以前にもましてガタガタになった道を通って物資配給場所まで行くことは容易ではありません。
そこで、難民を助ける会は、被災地で戸別訪問などの調査を行い、200世帯のこうした被災者へ、食料、衛生キットや生活必需品などの緊急支援物資の配付を行いました。
![高齢者、障害者、未亡人などに優先的に物資配付を行っています 物資配付の会場に集まった人々](/activity/report/images/rpt1009_411_2oldmen.jpg)
物資配付の会場に集まった人々。中央の男性は車イスを使っています
![物資配付会場に集まった女性たち 物資配付会場に集まった女性たち](/activity/report/images/rpt1009_411_3women.jpg)
配付を待つ女性たち
様々な緊急支援物資を、手渡しで確実に
![食料と生活用品のセットです 今回配付した緊急支援パッケージ](/activity/report/images/rpt1009_411_4pack.jpg)
今回配付した緊急支援パッケージの内容
緊急支援パッケージには、食料、衛生キットと生活必需品が入っており、内容物は全24種類にもわたります。
食料セット:米10キロ、豆1キロ、砂糖1キロ、紅茶0.5キロ、食用油2.5リットル、小麦粉10キロ、ナツメヤシ1キロ、香辛料250グラム
衛生キット・生活必需品:調理用鍋2個、皿4枚、おたま1個、調理用ボール1個、水タンク2個、コンロ1個、石鹸3個、食器洗剤3パック、洗濯洗剤3パック、ベッドシーツ2枚、蚊帳2張、ビニールシート2枚、歯磨き粉1個、歯ブラシ8本、タオル1枚、バケツ2個
![袋詰めは配付日前夜に終了しました 合計600袋の支援物資セットを用意しました](/activity/report/images/rpt1009_411_5packs.jpg)
一世帯あたり3袋を200世帯分、計600袋を準備しました
![クーポン券を見せ、帳簿にサイン(拇印)をしてから物資を受け取ります 配付対象者の帳簿にサイン(拇印)をする男性](/activity/report/images/rpt1009_411_6coupon.jpg)
物資の受け渡しを円滑に行うために、事前にクーポン券が配られています
![左の男性が持っている棒は蚊帳の支柱です 支援物資を持ち帰る男性](/activity/report/images/rpt1009_411_7carry.jpg)
食料セットは実に30キロ近い重さになります
![支援パッケージは重たくて一人で運ぶのは大変 受け取った支援物資を一輪車で運ぶ](/activity/report/images/rpt1009_411_8carry.jpg)
地域のボランティアに運ぶのを手伝ってもらう被災者も
「これが初めて届いた支援物資です」
![災害前から仕事がありませんでした 支援物資を受け取った兄妹](/activity/report/images/rpt1009_411_9dwarfism.jpg)
今回の支援パッケージがはじめて受け取った支援でした
配付のときよく耳にした言葉は、「これが初めて受け取った支援物資」であるということでした。
写真の兄妹は、災害前から仕事がなく、ザカート(喜捨:僧や貧者への寄付)に頼る生活を送っていました。水害から2カ月近くになった今、この緊急支援パッケージがはじめて受け取った支援だそうです。
![ジャンさん(左から2人目)の話を聞く野際紗綾子(右から2人目)と川邉安行(右端) 支援物資を受け取るジャンさん(左から2人目)](/activity/report/images/rpt1009_411_10MsJean.jpg)
シャミン・ジャンさん(67歳)。2人の娘と3人の息子と一緒に暮らしていますが、洪水から逃げるのに必死で、何もかもが流されてしまいました。この支援物資が初めてだったのでとても嬉しいです、と話していました。
![5年前に足を悪くして以来、車イスの生活を続けているカーンさん 車イスを使っているカーンさん](/activity/report/images/rpt1009_411_11MrKahn.jpg)
野際紗綾子(右端)に洪水の様子を語るモミン・カーンさん(80歳)。洪水が押し寄せてきたときは、息子に背負われて家の屋上に逃げ、そこで3日間、救助が来るまで待ち続けました。難民を助ける会が実施する医療活動による診察を2回受け、今日は緊急支援物資を受けとることができました。
歓迎ポスターとブーゲンビリアの花束に託されたメッセージ
![ポスターと花束がうれしかったです 歓迎のポスターとブーゲンビリアの花束](/activity/report/images/rpt1009_411_13banner.jpg)
村の人たちがポスターとブーゲンビリアの花束で迎えてくれました
物資配付時に私たちをあたたかく迎えてくれたのは、「ようこそ/パキスタンと日本の友好」というメッセージの書かれたポスターと、鮮やかな赤紫色のブーゲンビリアの花束でした。数メートルの高さで押し寄せてきた洪水に耐え抜いたこの花は、私たちに何を物語っているのでしょうか。ブーゲンビリアの花言葉は「情熱、熱心」。私には、その花束から、困難を乗り越える情熱と、復興への強い思いと、辛い状況下でも相手を思いやる優しさがひしひしと伝わってきました。ドライフラワーとなった花束は、被災地を訪れてから2日過ぎた今、その存在感を増してきているように思えてなりません。
難民を助ける会では、これからも食料・生活必需品の配付と医療支援を被災地で続けていきますが、支援を必要としている方々すべてに届けるための資金が足りません。引き続き、皆さまのご支援を、どうかよろしくお願い申し上げます。
パキスタンのテレビ局2局が活動の様子を取材 |
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![]() GEOテレビの取材を受ける野際紗綾子(中央) 配付当日は、パキスタンの大きなテレビ局2局(GEOテレビおよびドニアテレビ)の取材があり、難民を助ける会の活動がパキスタン国内のニュース番組で伝えられました。 GEOテレビによるニュース映像はこちらからご覧いただけます。 |
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
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東京事務局 野際 紗綾子
2005年4月より東京事務所スタッフ。アジア事業を担当。2008年ミャンマーサイクロン被害の発生直後から、被災者支援活動を担当している。2009年スマトラ沖大地震の緊急支援も担当。(東京都出身)