ハイチの巡回診療先で出会う、親を亡くした子どもたち
児童養護施設など22カ所を巡回
難民を助ける会は、今年1月12日に起きたハイチ大地震被災者支援の一環として、現地の団体と協力し、首都ポルトープランスにある22の養護施設を巡回して子どもたちを診察しています。
今回は、巡回先のひとつ「ラ・マン・タンドル」を訪問しました。
親を亡くしストリートチルドレンとなっていた子どもたち
「ラ・マン・タンドル(クレオール語で「救いの手」)」は、大地震で親を失った子どもたちのために、大地震直後に設立されました。現在は、生後4カ月から13歳までの35人の子どもたちが生活しています。
子どもたちのほとんどが大地震で親を失い路上生活を強いられていたところを保護され、この施設へとやってきました。
衛生状態が悪く栄養も不足しているテント小屋での生活
「施設」とは言っても、きちんとした建物はなく、地震から9カ月が過ぎた今でも子どもたちはテント小屋での生活を強いられています。
衛生状態は悪く、周囲にはゴミや壊れた家具が散乱しています。安全な飲み水を確保するのは難しいため、時には、フィルターでゴミを取り除いただけの雨水を飲まざるを得ないこともあります。
資金が少ないため食事も不十分で、子どもたちはいつも栄養不足です。毎日食べているのは、とうもろこしとお米。肉、魚、卵が食卓にのぼることはありません。野菜は1カ月に2回、果物は1週間に1回だけです。
衛生状態が悪いうえに栄養不良のため、子どもたちは頻繁に風邪や皮膚病などの病気にかかってしまいます。定期的に医師が診察し、子どもたちの健康状態をチェックすることが非常に大切です。
失った親のぬくもりを求めて
このような厳しい環境ですが、子どもたちの気持ちが少しでも明るくなるように、この施設では毎月様々なイベントが企画されています。10月にはハロウィンパーティが開かれ、子どもたちはいろいろな仮装をして楽しみました。
難民を助ける会の現地スタッフは「子どもたちは毎日の生活を友だちと過ごすことで、今まで経験した辛いことを忘れようとしているように見えるよ。ただ、親のぬくもりを感じたい時がきっとあるんだろうね。僕の足元にしがみついて来る時があるよ。」と話していました。
私が訪問した時も、1人の子どもが私に抱きついてくると、「ぼくも!」「わたしも!」とたくさんの子どもたちが私を取り囲んできました。赤ちゃんは、私の胸元でまるでお母さんのおっぱいを探すかのような仕草を懸命にしていました。
大地震により突然親をうばわれた子どもたちの気持ちを思うと心が痛みます。
難民を助ける会は、このような厳しい環境で生活している子どもたちの健康状態を診察し、病気になってしまった子どもたちが早く良くなるよう、これからも定期的に巡回診療を行っていきます。
※この活動は、多くの方からのあたたかいご寄付に加え、ジャパン・プラットフォームの助成を受けて行っています。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
ハイチ事務所駐在 古川 千晶
2010年10月よりハイチ駐在。大学卒業後、人材コンサルティング会社などを経てイギリスの大学院で国際開発学を学ぶ。帰国後、難民を助ける会へ。(大阪府出身)