タジキスタン障害者支援 泣いてばかりいた女の子が大きな夢を追いかけはじめました
2011年11月11日、タジキスタンの首都ドゥシャンベでサッカーのワールドカップ予選の日本対タジキスタン戦が行われました。日本のメディアではあまり取り上げられることのないタジキスタンですが、その日ばかりは、試合も日本へ生中継され、にわかに注目を集めました。難民を助ける会は、タジキスタンで活動する唯一の日本のNGOとして、障害のある方々を取り巻く厳しい環境の改善を目指し、2002年より障害者支援を行っています。技術の習得と社会参加の促進をねらった洋裁教室は、障害者とその家族を対象に2010年から開催しており、受講生にとても人気があります。駐在員の安田あゆみから洋裁コース受講生へのインタビューをお届けします。
洋裁コース受講生 ショフゾダ・スルタンバエヴァさん( 17歳)
「ラジオのパーソナリティになりたい」。将来の夢を尋ねた私に、17歳のショフゾダさんは嬉しそうに答えました。彼女は難民を助ける会が開催する洋裁コースの修了生。ドゥシャンベ市内でお母さんとお姉さんと3人で暮らしています。生まれつき脊髄に損傷があり、歩行は松葉杖を使っています。2011年の6月から10月までの5ヵ月間、週2回コースに通い、タジキスタンの伝統服やその刺繍、洋服の作り方を学びました。
洋裁コースに参加する前のショフゾダさんはあまり外出もせず、家に閉じこもって泣いてばかりいたそうです。「自分は障害を持っているので何もできない」と。そんな彼女に転機が訪れたのは今年の5月。河野眞医療専門家が障害者連盟の職員とともに家庭訪問したときに、彼女に洋裁コースへの参加を勧めました。
初めは友達もなく、緊張していたそうです。しかし、週に2回通ううちに同年代の友達も増え、洋裁コースがだんだんと楽しみへと変わっていきました。難民を助ける会では毎週1回、障害のある子どもたちを対象に、作業療法のための図画工作や簡単な運動といったリハビリテーションを教える「チャイルド・デイ・ケア・ コース」を開催しています。このコースにもショフゾダさんは進んでボランティアとして参加し、毎週講師や子どもたちの手助けをしてくれました。
「毎日泣いてばかりいたころからは、想像もできないくらい明るくなりました」とお母さんのウメドバさん。「自分の意志で外に出るようになってくれたことが、家族にとって何よりもうれしいのです」と話しています。
私が6月にタジキスタンに赴任してから、週に1度はコースに行っていますが、ショフゾダさんが泣いている姿は一度も見たことはありません。将来の夢はラジオのパーソナリティ。コースでできた友達と話すうちに、話すことが大好きだと気が付き、将来はそれを仕事にしたいと考えるようになったそうです。
毎日泣いてばかりいた女の子が、自らの意志で積極的に外に出て、自分のやりたいことを探し始めました。小さなきっかけが、障害がある当事者やその家族を励ましています。その姿を見た別の人がまた励まされ、自分も勇気を出して行動に移す。その輪は少しずつ大きくなっていきます。
現場で私たちができることは、その小さなきっかけを作り、広めていくお手伝いに過ぎません。その最初の小さなきっかけを、これからもタジキスタンで障害のある一人でも多くの人々と共に作りたい。そして、そこからその輪を広げていけるような活動をしていきたいと思っています。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
タジキスタン ドゥシャンベ事務所駐在 安田 あゆみ
2011年5月よりタジキスタン・ドゥシャンベ事務所駐在。大学卒業後、青年海外協力隊員としてネパールに滞在。その後、難民を助ける会へ。2011年4月まで東日本大震災緊急支援に従事。(宮城県出身)