東日本大震災:元に戻すだけではなく、一歩先を目指して
被災地で始まった新たな挑戦
東日本大震災の発生から2年。被災された方々は未ださまざまな課題に直面しており、障害のある方々はさらに多くの問題に直面しています。震災2日後から被災地で活動を続けるAARの東北事務所長の野際紗綾子が、震災時に障害者のおかれる厳しい状況やこれまでのAARの取り組み、現在行っている新たな挑戦をご報告します。
どうして、障害者?
東日本大震災から半年後、あるショッキングな調査結果がNHK「福祉ネットワーク」取材班によって公表されました。沿岸部の30市町村において、障害のある方々の死亡率が、全体の死亡率(1.03%)の2倍(2.06%)にのぼったのです。
さらに、命が助かった後も、避難生活は大変厳しいものになりました。身体に障害のある方にとって、高さ60センチの台の上に設けられた仮設トイレを使うことは容易ではありません。支援物資を届けに行ったある避難所では、車いすの少女が、体育館の前に敷かれた簀(すのこ)の前で立ち往生しており、その姿が今でも忘れられません。精神障害や知的障害を持つ人が避難所から追われるケースが後を絶たず、ある聴覚障害者が「無口な人」と思われたまま、体調の悪化を伝えることもできずに亡くなったケースもありました。
AARは、海外での活動と同様に、災害時に最も支援から取り残されがちな障害者・高齢者を中心に支援を行ってきました。
復興段階に浮かび上がった新たな課題
AARは、震災直後の緊急段階ではのべ約18万人に食料や生活必需品を配付しました。また、震災から半年後以降の復旧段階では、約60の障害者・高齢者施設へ、全・半壊した建物の修繕工事や福祉作業所で壊れたパン製造機などを設置するなど、それぞれの状況に応じた支援を行ってきました。
しかし、震災から一年を過ぎたころから、施設での仕事不足と限られた工賃という新たな課題が立ちはだかりました。施設では、菓子やパンなどさまざまな製品を生産・販売し、その収益を利用者に「工賃」というかたちで還元しています。しかし、震災で販売先や発注元企業が被災し、施設の仕事が激減。障害のある方々の平均工賃は、震災前から月12,000円程度しかありませんでしたが、その水準すらも下回るようになりました。7~8万円の障害年金と合わせても、生活は決して楽ではありません。このままだと、障害のある方々が、災害時の緊急・復旧段階だけでなく、復興段階でも取り残されかねない状況となってしまいます。震災前の状況に戻すのではなく、さらに一歩先を目指した支援が必要になりました。
企業と力を合わせ、より「売れる」商品を
AARは、施設で障害者が従事できる仕事を作り、工賃を上げるための支援を始めました。それまで海外での緊急支援や障害者支援の経験を活かし被災地で活動してきましたが、仕事の確保や商品の販路開拓などのノウハウは持っていませんでした。「障害者を取り巻く環境を改善したい」というAARの呼びかけに実に多くの賛同者が集まってくださいました。中でも多大なご支援を頂いているのが、経営コンサルティング、テクノロジー・サービス、アウトソーシング・サービスを提供するグローバル企業のアクセンチュア株式会社です。同社は、震災以前からAARのアジアでの障害者支援や国内でのイベントなどにご協力くださっていました。同社との協働事業として、これまで被災県の約60の施設で、事業の再開支援や民間企業からの業務委託の仲介を行うことができました。ここでは、最新の挑戦をご紹介します。
福祉施設では、食品のほかにアクセサリーや手芸小物などを生産していますが、デザインや機能性に優れているものばかりではありません。素材を厳選したり、機能性やデザイン性を高めることができれば、より「売れる」商品になると考え、「アートクラフトデザインアワード」と題したコンペを行いました。
まず、施設ではどのような障害のある方々が、どのような作業工程で製品を作っているのかを調べるため、アクセンチュア株式会社の社員の方々と一緒に東北の施設を回りました。日ごろの民間企業へのコンサルティング業務の経験を活かし、「量産する場合、仕入れは確保できるか」など、採算や販路といったことまで細かく考慮した質問に、AARスタッフも一緒に学ばせていただきました。
宮城・福島の2県で、それぞれ「アクセサリー」「Tシャツ」「木工製品」「革製品」「布製品」を製造する5つの福祉施設との協働が決定。その後、施設で作る製品のアイディアをホームページや全国約700の美術大学・専門学校などを通じて募りました。アイディアは、例えば木工製品だと、「木材を切る」「接着剤で接着する」「やすりをかける」「釘を打つ」といった作業で制作可能なものでなくてはなりません。使う人にも心地良く、作る人にとってもバリアフリーなデザインであることが条件になっていました。
施設職員の意見を踏まえて一流デザイナーが審査
全国から380ものアイディアが寄せられ、3月13日に審査会を東京都内で開催。奥山 清行氏(KEN OKUYAMA DESIGN 代表)や名児耶秀美氏(アッシュコンセプト 代表取締役)、沼田真親氏(ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング クリエイティブディレクター)、柳沼周子氏(All About スタイルストア チーフバイヤー)といった著名なデザイナーの方々などに審査員を務めていただきました。製造を担う施設職員の方々も参加し、その意見をふまえつつ優秀作品を決定。今後、施設で製造するための支援とともに、商品の販売先の開拓も進めていきます。
精神障害のある方々がアクセサリーの製造を行っている社会福祉法人 緑仙会「パルいずみ」(宮城県仙台市)の職員の菅原めぐみさんも、審査会に参加。「作りやすさを第一に考えてくださった多くのアイディア、見たこともないステキなデザインは本当に刺激的でした。審査員の方々は熱心に選考していらっしゃいました。利用者とともに良い製品を作って、その熱意に応えたい。これからは私たちの番です」と意気込みを話してくださいました。
障害のある人にやさしい復興は、すべての人にとってやさしい復興です。今後も、復興支援の計画・立案・実行段階から障害当事者に参画してもらえるよう、企業や行政、施設の方々との調整・連携を強化し、活動を続けてまいります。
コンペの優勝作品は、4月上旬に「アートクラフトデザインアワード」のホームページで発表予定です。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
東北事務所長 野際 紗綾子
2005年4月より東京事務局で主にアジア事業や障害者支援事業を担当。2008年ミャンマーサイクロン、2009年スマトラ沖大地震、2010年パキスタン洪水等多数の緊急支援活動に従事。東日本大震災発生2日後から被災地に入り、東北事務所長として支援活動を行っている。2012年4月より岩手県障がい福祉復興推進委員、7月よりせんだい・みやぎNPOセンター評議員も務める。(東京都出身)