シリア:「故郷に帰れない。だからここで生きていく」トルコで自立した生活をおくるために
2011年3月に発生したシリア内戦から3年が経ちます。これまでに東京23区の人口とほぼ同じ、880万人が自身や家族の命を守るため故郷を逃れています(2014年2月現在 国連人道問題調整事務所調べ)。そのうち約58万人が避難生活を送るトルコで、AAR Japan[難民を助ける会]は2012年より食料や生活必需品の配付、障がい者支援、子どもたちの学習環境整備などを行っています。スタッフの栁田純子が、現状と今後の支援についてお伝えします。
「子どもたちのためにも、私がここで働かなければ」
AARはトルコ南東部のシャンルウルファ県やハタイ県で、障がいのあるシリア難民の方を対象に車いすや杖などの福祉用具を届けたり、理学療法士によるリハビリを実施しています。ナシームさん(37歳女性)もAARの支援を受ける1人です。彼女は、シリアの首都ダマスカスの自宅付近に落ちた爆弾による怪我で、右腕をほとんど動かすことができなくなりました。戦闘が激化し「ここにいては危ない」と、2013年6月、夫を残して中学生と小学生の娘2人を連れ、トルコに逃げてきました。
言葉の違うトルコで仕事を探すのは困難で、ナシームさんと娘たちの現在の生活は決して楽ではありません。シリアにいる彼女の母親が貯金を切り崩して送ってくれるひと月500トルコリラ(日本円で約23,000円)の仕送りに頼っていますが、その約3分の1は家賃として消えてしまいます。「高齢の母親にこれ以上の負担はかけられません。シリアには当分帰ることはできないでしょう。ここ(トルコ)で仕事をし、収入を得て自立して生きていかなければ。子どもたちにも安全なトルコで高等教育を受けさせたい」とナシームさん。現在はトルコの社会で生きていくため、トルコ語を学び、トルコ人と交流する場が欲しいと言います。避難生活が長期化している今、ナシームさんのように、避難先のトルコで生計を立て、地域社会との交流を深める機会を求める人が増えています。
シリア人が地域社会に参加する機会をつくる
現在トルコ政府は、登録したシリア難民に滞在許可を発給しています。滞在許可を得たシリア人はトルコでの就労の権利を認められ、医療サービスを無料で受けることができます。しかしほとんどのシリア難民は、こうした仕組みを知りません。そこでAARは、トルコの行政情報や求人情報などをまとめて提供する「コミュニティセンター」をシャンルウルファ県に設置します。今年5月の開設に向けて、現在は建物の選定などを行っています。センターにはトルコ語教室やパソコン教室などを設け、シリア難民のトルコでの生活、就労準備をサポートします。また、現在はシリア難民とトルコ人の交流はほとんどありませんが、共存していくには双方の理解を深める機会が必要です。シリア人に働きかけ、トルコ人と交流できるイベントなどもセンターで開催していく予定です。
※シリアの政治情況に鑑み、登場する難民やその関係者に不利益の生じないよう仮名を使っています。
※この活動は、皆さまからのあたたかいご寄付に加え、ジャパン・プラットフォーム(JPF)の助成を受けて実施しています
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
東京事務局 栁田 純子(やなぎだ じゅんこ)
2013年5月よりシリア難民支援事業を担当。「シリア難民の方々に支援をお届けすると、『あんな遠い国から』、といつも感謝されます。皆さまのお気持ちを精一杯届けてまいります」。東京都出身