シリア難民支援:リハビリがくれた希望
難民に届かない公共医療サービス
7歳のアーキフくん(右写真)は、脳性小児まひが原因で、手足が不自由です 。内戦が始まる前のシリアでは週に3回、理学療法を受けていました。しかし2年前に逃れてきたトルコでは、リハビリは一切受けられず、障がいが重くなっています。母親のサビハさん(26歳)は、シリア危機が「息子から〝動く″という人間としての基本的な機能さえ奪ってしまった」と嘆きます。
こうした例は決して珍しくありません。トルコに避難した270万人のシリア人のうち、少なくとも10~15%が、何らかの障がいのある方です。多くの難民が逃れてきている、トルコ南東部の国境付近ではその割合はさらに高いとみられます。障がい者は、保健衛生などのサービスをより強く必要としていながら、受ける機会がごく限られ、難民の中でも特に困難な状況にあります。
ハリトさん(56歳、左写真)は、自宅が爆撃を受けた際、弾丸の破片が頭と両足を直撃。シリアで手術を受けたものの、ISが侵攻してきたため、完治する前に逃げることを余儀なくされました。しかし、トルコで受けられた治療は、ひざの緊急手術のみ。ハリトさんも家族もパスポートなどのIDをISに奪われ、トルコ当局による「一時的保護」の登録ができていないからです。
トルコでは、この「一時的保護」の登録をすれば公共医療サービスを無料で受けられます。しかし、難民の多い国境沿いの地域は、もともと公共医療が行き届いておらず、そこに大量の難民の流入が追い打ちをかけています。シャンルウルファ市では、障がい者にリハビリを提供している公立病院はたった3つ。それすら、言葉の壁や、通院にかかる交通費や身体的な負担により、受けることが非常に難しいのです。
理学療法士による訪問リハビリ
そこでAAR Japan[難民を助ける会]は、難民のなかでも障がいのある方に車いすや杖などの補助具を提供しているほか、シャンルウルファ市内で運営しているコミュニティセンターにリハビリルームを設置したり、シリア人理学療法士らによる訪問リハビリを行っています。
他のNGOやトルコ当局からの情報、それから口コミなどを通じて支援を必要としている人を探し出し、障がいの程度や生活環境を確認し、その人に合ったリハビリ計画を立て、実施していきます。特に訪問リハビリは、公共医療サービスでは受けられないもので、交通費などの経済的な負担なく母語で診療を受けられ、また介護する家族にリハビリの技術を訓練することで、長期にわたるリハビリを可能にしています
リハビリがくれた新たな希望
砲撃を受けて右足に大けがを負ったとき、ナビアさん(30歳、右写真)は妊娠7か月でした。夫は、同じ砲撃で亡くなりました。トルコに逃れたナビアさんは、夫を亡くし、歩くことができなくなった体で、異国で出産、3人の子育てをしなくてはならないストレスから、うつ状態に。AARは、ナビアさんには歩行補助具を提供し、一緒に住む妹には4ヵ月にわたってリハビリの方法を教えました。
その甲斐あって、ナビアさんは歩けるようになり、家事や子育ても自分でできるようになりました。「AARの支援で、回復しようという積極的な気持ちをもつことができました。歩く力を取り戻し、家族の絆もより強くなりました」とナビアさんは言います。
脳性小児まひのアーキフくんも今、AARの訪問リハビリを受けています。母親のサビハさんは息子の進歩に目を細めます。「AARは私に新たな希望をくれました。息子がリハビリを受けているのを見ると、とても幸せです。息子もそんな私の気持ちや愛情を感じとってくれるでしょう」。
両足に大けがを負ったハリトさんは、2014年11月からAARの訪問リハビリを受け始め、今では少しずつ歩くことができるようになりました。車いすで公園などに外出できるようにもなりました。「再び外に出られるなんて思わなかった」と、興奮の面持ちで話します。
2012年10月から2016年4月までにトルコで、AARは750人の障がい者を支援しました。今後は、発達障がいのある方への支援も実施する予定です。また、障がい者の自助団体の設立や、地域での障がいに関する啓発などを行って、障がいがある方も暮らしやすい地域づくりに取り組みます。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
トルコ事務所 柳澤カールウーロフ朋也
2014年10月にAARへ。2015年3月からトルコでシリア難民支援に従事。主に障がい者支援を担当。長野県出身