紛争の影響下にある女性と子どもを支援する仕組みが日本でも始まっています
世界の難民の女性の3分の1が性暴力の被害にあい、ウガンダでは、難民の女性の60%が、避難途中に何らかの性暴力を受けている。シリア難民の女性や子どもが、難民となって流出する最大の理由が性暴力である。今そのような報告も上がっています。こうした人道危機や紛争の混乱の中では、加害者が裁かれず、報復や、性暴力被害者としてのレッテルを恐れて、女性も被害を報告するのが難しいというのが現状です。こうしたことから、ジェンダーに基づく暴力、特に女性や子どもへの性暴力は避けられず、名乗り出られない被害者への支援も難しいのではないかと言われてきました。
こうした暴力を予防し、被害女性や子どもを支援するために、女性や子どもが和平交渉や紛争後の平和構築に活発に参加できるようにしようと国連がリーダーシップをとった枠組が、2000年に採択された国連安全保障理事会決議1325号(以後、1325号)、別名「女性平和安全保障」決議です。国連安全保障理事会で採択された決議は、各加盟国がそれぞれ自国の行動計画を作って実行していく義務があり、その結果として、2017年4月現在、64ヵ国が自国の行動計画を作り、実行しています。
紛争の影響下にある女性と子どもに対する支援とは。そして私たちの役割とは
日本政府は、2016年9月に日本版1325号行動計画、「女性平和安全保障行動計画」を策定し、2017年4月から実施しています。この計画の策定には、AARを含む市民社会が大きく関与しており、外務省を中心とする府省庁と、市民社会の代表メンバーを中心とした行動計画策定に至るまでの会合は、計12回開催されました。1325NAP市民連絡会というネットワーク組織が外務省との窓口になっており、AARは同組織の運営委員として、行動計画の策定の際にも指標の提案などを行っており、計画の実施後も、政府によるモニタリング評価の過程を注視し、必要に応じて政策提言を行っています。同行動計画は3ヵ年計画で、3年ごとの見直しの際にも、私たちが信じる紛争影響下の女性や子どもに資する支援になるよう働きかけていく必要があります。
「女性平和安全保障行動計画」は、日本がどのように、紛争の影響下にある女性と子どもの保護を実現するのかを具体的に示す計画書です。女性や子どもの、和平や平和構築支援の意思決定への参画、暴力の予防、暴力からの保護、人道復興支援、モニタリング評価といった柱に分かれており、それぞれに目標と具体策、そしてその実施を評価するための指標が示されています。この具体策を実施することで、平和構築における女性の参画を可能にし、紛争とそのなかで起きる性暴力を予防し、性暴力被害者支援を確実に行い、ジェンダーに配慮した人道復興支援を実行できるように作られています。
紛争に関連した支援において、ジェンダーの重要性が、世界で、そして日本でも認知されるなか、AARは、人道支援を実施する団体として、活動のなかでジェンダーに配慮した支援を展開し、こうした女性や子どもへの性暴力の予防や性暴力からの保護に資する支援を実施しています。
トルコにおけるシリア難民支援では、コミュニティセンターにおいて、シリア難民を対象に、トルコの法律の講座や、性的ジェンダーに基づく暴力についての講座を男女を分けて行っています。結婚や離婚に関する家族法、労働法、子どもの教育や医療サービスへのアクセス方法はシリアとトルコで大きく異なっているからです。また家庭内暴力やストリートハラスメントといった性的ジェンダーに基づく暴力や、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する権利・健康)について毎回違う内容で講義を受けられ、その場で相談もできる講座を開催しています。こうした講座を開催する際に、女性が不安なく質問できるように参加者は女性に限定し、制度の説明を行う弁護士やカウンセラー、通訳やスタッフも全員女性という体制で行っています。
また、新しい土地で孤立しがちなシリア難民の女性のために、ホストコミュニティ女性との交流を促すための講座やイベントを実施しています。具体的には、料理・手芸・ミシン・美容教室などの定期講座や、ピクニックなどのイベントです。女性が外出する際には、夫や父親の同意が必要な場合があるため、必要に応じて家族へ電話でイベントの趣旨を説明するなどの対応をしています。
また、女性に対する能力強化事業として、女性のみを対象とした語学教室も開催しています。難民の女性の中でも、シリアにいたときから学校に通っておらず、アラビア語は話せても読み書きができない女性に対して、アラビア語の講座を実施しています。またトルコでの生活を改善し、特に司法・医療・教育などの公共サービスへのアクセスを確保するために、トルコ語の講座も開催しています。
これらの活動のなかで、配慮事項として、コミュニティセンターでは託児所(0~12歳)を設置し、個別支援の際にはジェンダーに配慮した質問票を使った調査を実施し、職員のジェンダーバランスに配慮するほか、女性ボランティアを積極的に採用しています。
AARは、国内では「1325NAP市民連絡会」の運営委員として、そして人道復興支援を現場で行う国際NGOとして、日本政府と関係機関が、国際協力の現場でジェンダーの視点に配慮したより良い人道支援が展開できるように啓発活動を行っています。これからも、現場で行われる必要な支援が、ジェンダーに配慮した形で行われるように政策提言を行っていきます。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
東京事務局 福井 美穂
2015年4月より東京事務局で国際協力に関わる調査・研究を担当。大学院卒業後、AARの旧ユーゴスラビア駐在員として勤務。その後緊急人道支援に従事し、政府機関や大学勤務を経て、再びAARへ(長野県出身)