女性平和安全保障を知る ― 「ジェンダーに配慮した移行期の正義」啓発アニメーションが完成
2000年に国連安全保障理事会で採択された決議1325号、別名「女性平和安全保障」決議は、紛争後のさまざまなプロセスへ女性が参画できるようにし、平和構築プロセスのジェンダー主流化を実現するという理念を掲げています。この理念の啓発のために、米国NGOのICAN(International Civil Society Action Network)が啓発アニメーションを作成し、AAR Japan[難民を助ける会]が作成に寄与した2つめの女性平和安全保障に関する啓発アニメーション「ジェンダーに配慮した移行期の正義」の日本語版が公開されました。
なぜジェンダーの視点を必要とするのか
「移行期正義」とは、紛争後に法の支配が回復する中で、紛争中に起きた犯罪について、その罪の裁きを加害者が受け、被害者は必要な支援を受け、和解し、自分の中で受け止めて前に進むことが可能になるまでの過程や対応策を指す概念です。同アニメーションは、「移行期の正義」の過程に女性が関与できるよう促す内容になっています。紛争が終わって加害者が自由であるとすれば、被害者のの苦しみは終わらず、被害から生き残り苦しみ続けるサバイバーは、そうした状況を赦す政府への信頼も確保することはできません。そのため、移行期正義の実現のために以下を提案しています。
- 紛争中の犯罪者を訴追する刑事裁判の実施
- 未来の暴力を予防するための軍や警察の組織改革
- 被害者/サバイバーが自身の要求を持ち込むことができるコミュニティレベルの伝統的なメカニズムの確保
- 加害者による真実の開示と被害者やサバイバーによる経験が受け止められること
- 可能であれば、赦しや和解の実現(個人、コミュニティ、国家レベルで)
- 損害を償う補償の実現
なぜ、移行期正義はジェンダーの視点を必要とするのでしょうか。 女性と男性では紛争中に受ける影響や被害が違うからです。女性にとって紛争は稼ぎ手の喪失を意味します。また、ジェンダー視点が紛争中の犯罪捜査に役立ち、女性は男性とは違う情報を持っているため、犯罪捜査への貢献も大きいといわれています。戦時中、男性が戦闘地で戦い女性がコミュニティを守っている場合、男女の見聞きするものは異なります。捕虜として捕まった場合でも、旧ユーゴスラビアに代表される組織的な集団レイプなどは、女性をターゲットとしたものでした。ジェンダーの視点を組み入れることで、性的奴隷や強制中絶、レイプによるHIVエイズへの感染被害やそれによって生まれる子どもといった被害を前提として調査ができます。
ジェンダーに配慮した移行期正義を可能にするために必要な以下の5つのステップがあります。
1.正義と真実、和解のバランスをどうとるかについて一般の人々から意見を聞いたうえで情報を公開する。
2.司法による加害者処分よりも被害者/サバイバーに必要な和解を優先させる「真実和解委員会」や裁判所は、女性と男性から、どのように移行期正義を行いたいのかを意見を聞く。
3.移行期正義のプロセスにおける男女のバランスをとり、ジェンダーに配慮できる専門家を確保する。
4.女性団体の参画を確保する。
5.証言者のさまざまなニーズ(ロジスティックス、安全、トラウマケア)に配慮し、自分の言葉で話してもらい、証言方法に選択肢を与え、証言者を保護し、トラウマ・ケアを用意し、託児サービスを提供する。
目標とされる成果は以下になります。
- 犯罪記録のある政治家や治安関係者は復職しない。
- 差別を助長し人権を制限する法律や司法システムは改革する。
- 中央政府の権威は地方へ移譲される。
- 政府や武装勢力によって没収された土地は正当な権利を持つ所有者に戻される。
- 女性を含むコミュニティに対する補償や被害者支援プログラムは十分な資金提供を受ける。
- レイプや拷問のサバイバー、戦争によって障がいを負った人たちに対するトラウマ・カウンセリングやケアが国の保健サービスに組み込まれる。
- 国によって被害者の慰霊碑や統一の象徴が癒しをもたらし、多元性と社会の団結を促すために創られる。
- 国の歴史教育がすべてのコミュニティと集団の多様な経験を正確に反映するように改訂される。
これにより、法の支配の機能し、人々が帰属意識を保ち、すべての人が尊厳を保つことができる国家のあり方が可能になります。
紛争後のジェンダー主流化といった話題は日本にいる私たちにとっては身近に感じられにくいものかもしれません。しかし、私たちは無関係ではありません。国連安保理で決議された1325号について、加盟国は国別に行動計画を作り、実施していく履行義務を持ちます。2017年12月までに世界で72ヵ国が国別行動計画を策定しました。
日本政府も2016年4月から日本版「女性平和安全保障」行動計画を柱に、紛争後の社会を支援する中でのジェンダー主流化を実践し始めました。日本からの平和構築支援がジェンダーの視点を入れた効果的なものであるように、これから予定される行動計画の見直しに向けて、AARは見直される行動計画の内容が、紛争下および紛争後の女性・子どもを保護しうるものでありつづけるように政策提言を行っていきます。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
東京事務局 福井 美穂
2015年4月より東京事務局で国際協力に関わる調査・研究を担当。大学院卒業後、AARの旧ユーゴスラビア駐在員として勤務。その後緊急人道支援に従事し、政府機関や大学勤務を経て、再びAARへ。長野県出身