タジキスタン:劇を通じて障がいへの理解を深める
AAR Japan[難民を助ける会]は現在、タジキスタンの首都ドゥシャンベ市から車で40分ほどの場所に位置するヒッサール市において、障がいの有無、人種や言語の違いなどにかかわらず、すべての子どもたちがそれぞれの能力やニーズに合わせて受けられる「インクルーシブ教育」を推進する事業を行っています。タジキスタンでは、障がいのある子どもたちは寄宿学校で学ぶか、教育を受けずに家庭で過ごすことが一般的です。同国における初等教育の純就学率(その学年に在籍すべき生徒数の割合)は97.5%である一方、障がい児の就学率は34%にとどまり、障がい児は教育の機会を奪われているのが現状です。AARは普通学校の校舎をバリアフリー化するほか、学校や地域住民に、障がいやインクルーシブ教育についての理解を深めてもらうための活動を積極的に行っています。これまで、普通学校の朝礼や地域のイベントで、ゲームなどを通じた啓発活動に取り組んできました。
校長先生から突然の提案
ある日、インクルーシブ教育の拠点校として、AARが事業を実施している2校のうちの一つ、5番校のアハリディン校長先生から「良いアイディアがあるから聞いてほしい」と呼び出されました。早速訪問し話を聞くと、「児童を対象に、劇を通してインクルーシブ教育の大切さを伝えるのはどうか」という提案でした。5番校では校外学習として年に2回ほど劇場で観劇することから、インクルーシブ教育をテーマにした劇を上演すれば、児童により伝わるのではないかと考えたそうです。初めての試みですが、AARも賛同し、劇団との交渉を始めました。
劇団との話し合いを重ね...
今回打診したのは、子ども向けの劇を上演する劇団「ユース・ステイト・シアター」。AARの事業拠点の2校で上演してもらうこと、劇のプログラムに障がいやインクルーシブ教育の要素を含めることを依頼し、内容の検討を行いました。しかし、インクルーシブ教育がまだ一般的でないため、劇の内容について劇団との合意がなかなか取れません。AARの現地スタッフが、AARの活動やインクルーシブ教育について何度も説明を行い、ようやくプログラムが完成しました。当初は、これまで劇団が上演していた劇に障がい児を登場させる予定でしたが、できあがった劇はまったく新しいプログラムになりました。
多くの人に反響をもたらす劇に
上演当日、学校を訪れるとホールは子どもたちでいっぱいでした。会場前方には、AARが事業を開始してから学校に通い始めた障がい児たちが座っています。劇は足に障がいのある女の子一家が経験する困難を描いています。上演中にも拍手がおきるなど、子どもたちが真剣に鑑賞する姿が印象的でした。家庭内の不和を深刻に描く場面は大人にも響く内容で、付き添いで来ていた障がい児の保護者が涙を拭う姿もありました。
上演後、劇団員から劇の内容理解を確認する質疑応答があり、「障がいのある子はみんな私たちの学校に来たら良いのに」「困っている子には自分の兄弟姉妹のように接したい」といった前向きな意見が子どもたちから出されました。また、先生方にも好評で、先生が自ら手を挙げて「ぜひまたこうした劇を上演しに学校に来てください」との依頼がありました。劇団員の皆さんも、観劇していた障がい児との交流を通じインクルーシブ教育への理解を深めてくれた様子で、「もし、再度公演を行うときには、こうした場面を入れてはどうか」と上演後に提案してくれるほどでした。現地協力団体「ヌリオフト」の代表ファティマ氏は、「児童だけでなく保護者や教員にもこの劇を見せて、障がいに対する理解を深めてもらうべきだと思います。障がい児を持つ夫婦、家族の関係をわかりやすく伝えた点、社会からの疎外や差別の存在を描いている点が特に良かったです」と話してくれました。
劇の影響力の大きさを実感
今回初めて取り組んだ劇の上演でしたが、言葉以上のメッセージを伝える芸術の力を改めて感じました。劇を提案してくださった校長先生、学校での上演という初めての試みに挑戦してくださった劇団の皆さんに感謝しています。障がい者・障がい児の社会参加を阻害する物理的な障壁や偏見といった社会のあり様を見つめ、考えなおしていくため、こうした活動を通じて引き続き関係者と意見交換しながら、インクルーシブ教育の推進に取り組んでいきます。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
タジキスタン事務所 町村 美紗
大学で開発学を専攻し、中東地域での文化交流活動や、NGOでのインターンを経験。製薬会社に勤務した後、AARへ。2017年9月より現職。北海道出身