ミャンマー避難民の生活を支える衛生施設
ミャンマーから逃れた約100万人のイスラム系少数派が暮らす、隣国バングラデシュ南東部のコックスバザール県。AAR Japan[難民を助ける会]が緊急支援事業としてキャンプに建設した公共トイレ・水浴び場22ヵ所、井戸22本が避難民の人々の生活を支えています。これらの施設を利用している避難民の人々の声を紹介します。
「井戸やトイレができて助かっている」
60万人以上が密集する通称"メガキャンプ"の中心に位置するクトゥパロン避難民キャンプで、子どもたちが井戸に集まって水を汲んでいました。かたわらで洗濯をする少女もいます。
「この井戸をたくさんの世帯が使っています。それまで近くに水を汲める場所がなかったので、新しい井戸ができて助かっています」と2人の子どもの母親、サハラ・カトゥンさん(35歳)は話します。キャンプ内の配給所で定期的にコメや食料油など最低限の食料は受け取れますが、水の確保は避難民の人々にとって最大の関心ごとです。AARは1月から開始した支援事業でクトゥパロン一帯に22本の深井戸を設置し、数百世帯に水を供給していますが、井戸は一度設置してもポンプの部品が壊れたり、水が出にくくなったりすることがあるため、メンテナンスを継続しています。
国境のナフ河を挟んでミャンマーを望むバングラデシュ最南端のナヤパラ避難民キャンプ。ミャンマー西部ラカイン州モンドー地区から逃れてきたノジル・アフマドさん(35歳)は、妻と子ども5人の7人家族です。少し前に女の子が生まれたばかりというアフマドさんは「キャンプに来て何とかテントだけは建てましたが、水浴び場とトイレがなくて困っていました。幼い子どもたちもいるので、こうして支援してくれる日本の皆さんに感謝します」と話します。他方、クトゥパロンと違ってナヤパラは井戸を掘っても飲料水や生活用水になる良質な水が得られず、少し離れた溜池から水を汲んでくるなど苦労が絶えません。
安心して使える水浴び場は女性に好評
同じくナヤパラ避難民キャンプで夫と子ども4人と暮らすフェロダス・ベグンさん(36歳)は「トレイもそうですが、女性が安心して使える水浴び室ができたので、とても助かっています」と言います。女性たちは従来、自宅テントの片隅を仕切るか、テントのすぐ外にビニールで囲っただけのスペースを設けて夜間に水浴びしなければならず、不自由な思いをしていました。「水浴び場はコンクリートの床なので、女性がバケツを持ち込んで洗濯するのにも便利なんですよ」と喜びの声をあげます。母親が洗濯しながら幼児に水浴びさせるほほえましい光景も見られました。
避難民キャンプには、トタン屋根の簡素なモスクが多数散在しており、最も大切な金曜日昼の集団礼拝には多くの避難民が集まります。ナヤパラ避難民キャンプのモスクの1つはトイレがなかったため、AARは男性用・女性用を離して公共トイレを建設しました。併設されたマドラサ(イスラム学校)で少年たちの世話をしているヌル・ウラさん(26歳)は「生徒が約150人いますが、屋外の簡易トイレで用を済ませていました。目の前にトイレをつくってもらったので、モスクに来る人や生徒たちが利用していますよ」と話します。
トイレの正面と聖地メッカの関係
ところで、トイレの建設中に疑問に思ったことがあります。建設する場所によって個室の中の便器の向きが違うのです。つまり、しゃがんだときにドアを背にしたり、横向きだったり、同じ設計図のはずなのに揃っていません。「おかしいじゃないか」と指摘すると、建設業者の答えはこうでした。「メッカにお尻を向けてはいけない」。
世界中のイスラム教徒は、サウジアラビアにある聖地メッカに向かってお祈りします。バングラデシュからはほぼ真西になります。メッカは何より神聖な場所であり、メッカ巡礼はイスラム教徒にとって人生最大の誇らしいイベントです。その方角にお尻を向けて用を足せるわけがありません。横に細長い公共トイレは、建設用地のスペースや周辺の状況によって正面の方角がまちまちで、施設ごとに便器の向きを調整する必要があったのです。
日本でも「(恩人に)足を向けて寝られない」という言い回しや「北枕は縁起が悪い」とする風習がありますが、聖地メッカとトイレの向きの関係に「ああ、そうか!」と思わず納得させられました。
キャンプと周辺地域に614施設を計画
AARは5月以降、避難民キャンプ内にトイレ310基、水浴び場130基、井戸46本、キャンプ周辺に暮らす地元住民の貧困世帯向けに同じくトイレ52基、水浴び場52基、井戸24本を建設する計画です。ミャンマーへの帰還が進まず問題の長期化が予想される中、避難民に寄り添う支援がいっそう求められています。引き続き、皆さまの温かいご支援をお願い申し上げます。
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【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
バングラデシュ・コックスバザール事務所 中坪 央暁
大学卒業後、新聞社で特派員、編集デスクを経験。ジャーナリストとして平和構築支援の現地取材に携わった後、2017年12月にAARへ。栃木県出身