スーダン:知られざる感染症マイセトーマと闘う
スーダンが抱える課題のひとつ、マイセトーマという感染症と、これに対するAARの活動を、スーダン駐在員の山岸良馬が報告します。
解明されない原因や感染経路
マイセトーマは、土壌から特殊な菌が手足の傷口を経由して体内に入り、筋肉や骨を冒していく感染症です。足や手など、身体の一部に炎症を起こし、ゆっくりとではありますが進行していくと、非常に大きくなり、日常生活に支障をきたすだけではなく、骨にまで届けば強く痛み、最悪の場合は死に至ることもあります。症状が軽い間は、適切な治療や薬によって治ることもありますが、症状が重くなれば、手や足を切断しなければならないこともあります。更に、こうした症状が何を原因としているのか、またどうやって感染するのかも、まだ十分に解明されていません。
スーダンは特にマイセトーマの感染者率が高く、そのために対策が最も進んでいる国でもありますが、そのような国の中でさえも、このマイセトーマという病気はあまり知られていません。そのために、医学的根拠のない処置が行われて症状を悪化させたり、感染した方が差別を受けるということも起こっています。そこでAARでは2013年からマイセトーマの予防や治療の支援を開始しました。
一戸一戸、知識を伝えて歩く
AARはスーダンの白ナイル州アンダルス村を中心に、この感染症についての知識と早めの治療の大切さや予防の方法、運悪くマイセトーマに感染して症状が進行してしまった方への手術の機会を提供する活動を実施しました。私が同行した昨年11月には、3日間の活動で、計1,726人の住民の方々にマイセトーマについての知識を伝え、35人のマイセトーマ患者の方たちに手術を行いました。
マイセトーマの知識については、AARのスタッフが、この地域の家や集会所をまわって、イラストを使いながら、丁寧に説明をしました。マイセトーマは、スーダンの中でも経済開発の遅れた地域での感染が多く、今回活動をしたアンダルス村もそういった地域に位置します。一戸一戸をまわって話をするのは、地道すぎるように思われるかもしれませんが、テレビやラジオ、新聞といった、一度にたくさんの人に情報を伝える手段はなく、誤解のないかたちで知識を広めるには、直接会ってお話をするしかありません。マイセトーマについて知る人はごく少なく、皆さん真剣にスタッフの話を聞いてくれました。得られる情報が限られる分、知ることができることはしっかりと吸収しようとする姿勢があるように感じました。そして、伝わったメッセージは、人を介して少しずつ広がります。
あるとき、スタッフが同じようにマイセトーマの説明をしていると、その症状について非常にしっかりとした知識をもったお母さんがいたそうです。不思議に思ってどこで知識を得たのかを聞いたところ、過去にAARスタッフの説明を聞いていたお子さんが、家に帰ってそのお母さんに伝えていたそうです。伝えた知識が着実に根付いていくことを知り、とても印象深いエピソードでした。
首都から派遣された医師が無料で手術を提供
知識の伝播がまだ不十分だったり、医療体制が整っていなかったりと、マイセトーマへの感染を完全に予防することはまだ難しく、感染後の治療や患部の処置はこれからも必要になります。特に、症状が進行して患部が大きくなると、手術によって取り除く必要が生じます。
その一方で、マイセトーマはスーダン国内の医師の間でも広く知られた感染症とは言えず、手術は首都ハルツームの特定の病院でのみ可能です。アンダルス村は首都から遠く、治療のためには数日間首都に滞在しなければなりません。その交通費や滞在費を工面できる人や、その期間家庭や仕事(主に農業や畜産業)を離れられる人はあまりおらず、結果的に、マイセトーマに感染したことを知ったあとも、治療せずに放置して重症となってしまう人たちも少なくありません。
そこでAARでは、ハルツームからマイセトーマの治療の経験がある医師や医療スタッフをアンダルス村に派遣し、その期間はマイセトーマの外科手術を無料で実施しました。手術が必要な段階まで症状が進行していた患者さんは、皆さん不安な日々を過ごしていたようで、術後の痛みは残るものの、明るい表情をしている方が多かったことが印象的でした。
手術を受けた患者さんのひとりである18歳の男性は、10歳頃にマイセトーマに罹患し、特に最近は痛みが強く、眠ることも難しかったそうですが、手術を終えたあとで久しぶりに十分な睡眠を取り、食事を美味しく感じることができたそうです。彼の身の回りにはまだマイセトーマの感染が疑われる人たちがいるそうで、こうした人たちに医療機関での受診を勧めると話してくれました。
村落を訪問して、地域の人たちの生活に触れるかたちでの活動の実施でした。実際にマイセトーマのリスクと隣り合わせで日々を生きる人たちと会うと、情報がないことでどれだけ不安になるか、治療をしたくてもその手段がないことでどれだけ辛い思いをするのか、より切実なかたちで分かりました。ひとりひとりの状況と向き合うしかない地道な活動ですが、それだけその意義も感じられました。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
スーダン事務所 山岸 良馬
2017年7月よりスーダン駐在。大学で社会開発や国際法を学ぶ。日本赤十字社に勤務後、大学院で平和構築を研究。在ボスニア日本国大使館で専門調査委員として勤務した後、AARへ。京都府出身。