東日本大震災:ちりぢりになった住民を繋ぐ大夏祭り
8月18日、福島県二本松の石倉団地で夏祭りの開催を支援しました。福島第一原発事故の影響で避難を余儀なくされた浪江町出身の方が多く暮らすこの団地。人々の現状と当日の様子を、仙台事務所の大原真一郎が報告します。
分断され続けた人と人を繋ぐ
福島県二本松にある石倉団地は、福島第一原発の影響で浪江町から避難してきた方を中心に、172世帯が暮らす大型の公営住宅です。この7年あまり、浪江の方たちは突然に故郷を追われて避難所に身を寄せ、その後に移った仮設住宅は時の移り変わりとともに統廃合が起こり、身辺が落ち着く間もありませんでした。そして今では故郷に帰還する人、避難先にできた公営住宅などに引っ越した人、いまだ仮設住宅に残る人など、ちりぢりになっています。
石倉団地は同じ浪江出身者が多いとはいえ、元いた仮設住宅は様々で、新たな関係作りが課題となっていました。慣れない暮らしや先の見通しのたたない日々の中で、仲間は精神的な大きな支えです。石倉団地の自治会長を務める本田昇さんは、団地の住民同士、また、ちりぢりになった浪江町出身の方同士の交流に尽力されています。AARも少しでもお手伝いができればと、昨年末からこの団地で定期的に、マッサージと傾聴を行うイベントを開催してきました。このたび、大勢が一堂に会すことのできるイベントをしようと、自治会と共に夏祭りを企画。8月18日、その当日を迎えました。
400人が参集、旧交を温め、新たな出会いも
この日は、様々な仮設住宅からこの公営住宅に住むことになった方たちはもちろん、他の公営住宅の住民、浪江町に帰還した方、地元の二本松の住民、また建設の仕事などのためにこの地に移住してきた方々など、400名を超す方々が集まりました。旧交を温めたり、新たな出会いをつくったりする機会になったようです。
石倉団地に住む70代の男性は、これまで浪江の人々が繋がっていけるようにとNPOを組織して活動してきたと言い、「このような祭りの実施を後押ししていただいて、本当にありがたい。私たちは忘れられていないということだね」と語っておられました。また60代の女性は、「浪江の盆踊りを踊るの、震災以来よ」と涙しておられました。
皮肉なことに、インフラの復興が進むごとに人間関係を分断されてきた被災者の方々。その中で孤立していく人も少なくありません。帰還を許される場所が増え、新しい建物が並んだとしても、人が分断されたままでは安心した暮らしは得られません。地道ではありますが、住民の方々が繋がりを取り戻そうとされる取り組みを、これからも支えていきたいと思います。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
仙台事務所 大原 真一郎
大学卒業後、製造メーカー(営業職)での18年間の勤務を経て、2011年8月からAAR仙台事務所に勤務。仙台を拠点に岩手、宮城、福島の被災地に毎日のように足を運び、復興支援を行う。現在は福島県相馬市などで行っている、仮設住宅に暮らす方々の心身の健康を守る活動を中心的に担う。宮城県仙台市出身