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タジキスタン:インクルーシブ教育に向けた4人の挑戦

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AAR Japan[難民を助ける会]はタジキスタンの首都ドゥシャンベ郊外のヒッサール市で、障がいの有無や人種、言語の違いなどにかかわらずすべての子どもたちが個々の能力やニーズに合わせて学習できる「インクルーシブ教育(Inclusive Education:IE)」の推進をしています。2018年7月8日~17日、同市のインクルーシブ教育事業の関係者4名が、日本のインクルーシブ教育現場の視察研修のため来日しました。研修に同行した駐在員の町村美紗より報告します。

天井には「みんなでわいわい夏祭り」と元気いっぱいに描かれたと色紙がつるされています 賑やかな様子が伝わってきます

難聴・言語障がい児の通級指導学級がある品川区台場小学校(東京)の夏祭りを見学しました(左から2人目が東京事務局でタジキスタン事業を担当する紺野誠二、同3人目はAARタジキスタン事務所の町村美紗、右端はAAR東京事務局のラガド・アドリー、写真の撮影日はすべて2018年7月)

来日したのは、2017年6月よりヒッサール市で始めたインクルーシブ教育事業で中心的な役割を果たすヒッサール市教育委員長のナルギス氏(上記写真右から3人目)、インクルーシブ教育の拠点校である2番校の校長キブリヨ氏(同2人目)、5番校の校長アヒリディン氏(同左端)、AARの協力団体である地元NGOヌリオフトの代表ファティマ氏(同左から4人目)の4名です。AARとともにタジキスタンでインクルーシブ教育の推進に1年ほど尽力してきたなかで、より広い視野でインクルーシブ教育を見つめ、新たな取り組みや、インクルーシブ教育の関係者間の協力のヒントを得ることを目的に今回の研修に至りました。
彼らは来日前から日本での研修を楽しみにしており、教育委員会や学校、NGOそれぞれの視点から、見学したい施設や機関についてアイディアを出し合い、研修日程に組み込んでいきました。

日本の学校や就労施設などを訪問

一木先生がスクリーンを使いながら説明している様子 研修参加者の皆さんは席に着いて真剣に話を聞いています

学校や施設を訪問する前に、インクルーシブ教育を研究する大阪経済法科大客員研究員の一木玲子氏から、日本のインクルーシブ教育について説明を受けました(AAR東京事務所)

今回の研修では、日本でも試行錯誤を重ねてきたインクルーシブ教育の歴史や現状、実際に行われている教育方法について学ぶべく、専門家の先生のお話を伺うほか、特別支援学校や特別支援学級のある小学校、通級による指導が行われている小学校、障がいの有無などを問わず皆一緒のクラスで学ぶフル・インクルージョンを実践する小学校、教育委員会、障がいのある方々の就労の場などさまざまな場所を訪問し、児童・生徒の皆さんと交流をしました。

視察した学校では、文字の判読が難しい生徒に補助機材を提供して集中力を高めたり、補聴器を利用している生徒を前方の座席にするなど、生徒の理解を深める取り組みがなされており、研修参加者4名は熱心に見学していました。東京の品川区立台場小学校では、難聴・言語障がいの通級指導学級「きこえとことばの教室」の夏祭りが開催されていました。ヨーヨー釣りやマグネットの魚釣りなど、障がいの有無に関わらず楽しめるアイディアや、児童自身が夏祭りの準備を行い当日もお店の担当としてお客さんの対応をしている様子に、研修の4名は「素晴らしい」と感心しきりでした。

アヒリディン氏(今回の来日者で唯一の男性)がしゃがんでヨーヨー釣りをしています

品川区台場小学校で行われた夏祭りの催し物、ヨーヨー釣りにチャレンジするアヒリディン氏

子どもたちは浴衣を着たりして華やかな空間 紙で作った提灯などが天上にぶらさがっていてお祭りムードが漂います

夏祭りで子どもたちが缶バッチ作りをする様子を見学する研修参加者の皆さん

果樹栽培を利用して...

また、果樹栽培をはじめとした農業が盛んなヒッサール市で参考にしたいと、埼玉県さいたま市のNPO法人「やどかりの里」が運営する精神障がい当事者が働く「やどかり農園」も訪問。農園を見学後、園内で採れた美味しい野菜を取り入れた昼食をいただきながら、働いている障がい当事者の方々からお話を伺いました。「いろいろな人と一緒に働き、分かり合えるのが嬉しい」「農園で働く前は不安もあったが、みんな優しくて安心した。自分の体調に合わせて働けて、汗をかくのが気持ちいい」との声を聞き、皆さんがやりがいを持ちながら自分らしく働く様子に、ファティマ氏は感銘を受けていたようでした。タジキスタンは特に精神障がいの方の就労面が遅れているためです。また、美味しい野菜の数々に、栽培についても沢山の質問をしていたアヒリディン氏は、「自分の学校にはレモンやブドウなど果物の木がたくさんあるので、何か活用できないだろうか」と思案していました。

広々とした農園 青々とした空が広がっています

障がい当事者の方々が働く「やどかり農園」を見学。当日は天候にも恵まれました。

学んだことを母国で活かす

ナルギス氏は教育委員長を務める以前、特別支援学校の校長だったこともあり、日本での教員と子どもの関係性や、教員と保護者の関係性について強い関心がありました。日本における教育委員会の役割についてなど、訪問先でたくさんの質問をしている姿が印象的で、時間の都合で泣く泣く切り上げなければならないこともしばしばでした。「児童がのびのび学んでいる様子に感銘を受けた」と言い、帰国後は教育関係者向けの新聞にインクルーシブ教育や今回の研修について寄稿するなど、日本で学んだことを精力的に発信しています。

ファティマ氏は、研修参加者4名の中で一番長くインクルーシブ教育に関わってきた地元NGOの代表でありソーシャルワーカーです。福祉制度や教育手法に精通しているため、研修中もほかの3名に説明を補足してくれることが多々ありました。現在は、日本の学校で見た支援員の体制(担任や教科担当の教員とは別に、クラスで支援が必要な子どものサポートを行う要員)を参考に、ヒッサール市にはまだないチューター制度の新設に向けて尽力しています。首都ドゥシャンベの協力団体が開催するチューター研修に障がい児の保護者2名を派遣するなど、率先して取り組んでいます。

学校の廊下にある掲示板を前に説明を受ける研修参加者 掲示板には給食の歴史などが書かれています

品川区台場小学校の教員(左端)から、難聴・言語障がい児のための通級指導について話を伺う参加者の皆さん

キブリヨ氏は、今回の研修で特に教材に関心を持ち、「見るだけでわかりやすい教材は、どの子どもたちにとっても授業が理解しやすくなるだけでなく、教員の負担も減らすことができることが分かりました」と話してくれました。帰国後は自校の教員に日本で学んだことを早々に共有したほか、校内の教員1人を学習支援室に異動させて支援室の選任教員を2名に増やすなど、皆にとって一層学びやすい学校づくりに取り組んでいます。キブリヨ氏は、ディスカッション形式の保護者会やインクルーシブ教育の啓発劇を行うなど、もともと沢山のアイディアを実践に移してきた方ですが品川区立台場小学校で見た夏祭りも参考に、障がいがある子もない子も楽しく参加できる学校内のイベントも考案しています。

アヒリディン氏は、ヒッサール市随一の大規模学校の校長先生。約2,200名の児童・生徒(タジキスタンの多くの学校は日本でいう小学校から高校までが1つの学校にあります)が5番校に在籍しており、ほかのタジキスタンの学校同様、午前・午後の2部制です。このことをお話すると、日本とタジキスタンの学校の規模の違いに、日本の学校の先生方も驚いていました。今回の研修を終えて、アヒリディン氏は自校の教員のみならず地域の多くの教員がインクルーシブ教育について学べる資料センターを作りたいと発案し、現在同センターの設置に向けて奔走しています。また、「ヒッサール市のIEのモデル校として、自校での経験を発信して他校の教員のサポートも行っていきたい」と力強く語ってくれました。

みんなで集合写真を撮りました 笑顔が広がります

やどかりの里では、昼食中に職員や利用者の方々にさまざまなお話を伺いました。

丁寧に耳を傾けながら

今回の研修で私が改めて学んだのは、子ども一人ひとりに向き合う姿勢がインクルーシブ教育において最も求められているということです。現在、AARは拠点校である2番校と5番校に学習支援室を設けて支援事業を行っています。学校に通うことのできていなかった子どもたちが、学校に通い、友達ができて、楽しそうに学習している姿や、娘や息子が学校に通うことを諦めていた保護者が我が子が学校で学ぶ様子に嬉し涙を流す姿を、赴任して1年の間に何度となく見てきました。しかし、障がいのある子どもたちがただ学習支援室に留まるのではなく、障がいの有無を問わずすべての子どもたちが一緒に学ぶことが私たちの目標です。障がい児も普通学級でともに学ぶためには、一人ひとりの子どもたちと向き合い、学校が適切な支援ができる体制を築いていくことが不可欠です。

1人ひとりの子どもたちに丁寧に耳を傾けながらサポートしていくために、AARはこれからも今回研修に参加した4名をはじめ現地の皆さんと話し合いながら、できる工夫を1つひとつ実践していきたいと思います。改めて、今回訪問させていただいた各学校や施設の皆さまに心より感謝いたします。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

タジキスタン事務所 町村 美紗

大学で開発学を専攻し、中東地域での文化交流活動や、NGOでのインターンを経験。製薬会社に勤務した後、AARへ。2017年9月より現職。北海道出身

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