ミャンマー:障がい者雇用の促進へ、また一歩前進
ミャンマー初となる障がい者の雇用の手引きを発行
ミャンマーには、2014年の国勢調査によると約231万人(人口の4.6%)の障がい者がいますが、その失業率は85%に上ると言われています*。
障がい者が職を得るには、本人が技術を身につけることに加え、雇用者側の障がいに対する理解も大きな鍵になります。2017年以降、AARは他の障がい者支援団体と協力しながら、企業の理解促進にも力を入れてきました。企業訪問を通じた関係構築や就職斡旋活動が実を結び、2018年には新たに26の企業・店舗が障がい者の採用を開始しました。また、2018年12月には、CSR(企業の社会的責任)の推進などに取り組む現地団体「責任ある事業のためのミャンマー・センター(MCRB)」とともに、同国初となる企業向けの「障がい者雇用の手引き」を発行しました。この手引きはミャンマー政府にも評価され、式典などで公式に配布されています。また、ILO(国際労働機関)のホームページで無料でダウンロードできるようになっています。
*ミャンマー政府と国際NGOによる調査(2010年)
「もっと情報を」政府、企業、NGOなど140名が集結
近年、国内の大手企業が障がい者雇用を独自に進める事例も見られるようになりました。経営戦略の一環で、コールセンターやセキュリティ部門を中心に障がい者を雇用する銀行や、障がい当事者団体と連携して知的・身体障がい者を雇用する外資系ホテルなどがあります。一方で、「障がい者雇用に関心はあっても、どのように始めたらよいか分からない、もっと情報がほしい」という声も多くの企業から寄せられます。
障がい者雇用を促進するには、関連する制度の整備、障がい者への職業訓練、雇用者側の就労環境整備といった包括的な対策が求められ、産官民の連携は不可欠です。
そこでAARは、これまで築いてきたつながりを活かして、2019年3月6日~7日、ヤンゴン市内のホテルで政府、企業、障がい者支援団体、専門家を招き、障がい者雇用促進のためのシンポジウムを協力団体(MCRB)と共同で開催しました。
シンポジウムには、ミャンマー政府社会福祉救済復興省、労働・移民・人口省、ミャンマー商工会議所連合会、国内・外資系企業、障がい者支援団体など約140名が参加しました。障がい当事者の参加も多く、事前に会場がバリアフリーか確認したり、聴覚障がい者のために手話通訳者や要約筆記者を手配したりするなど、誰もが不自由なく参加できるよう配慮しました。2日間に、障がい者雇用に関する取り組みの報告やパネルディスカッション、海外から招聘した専門家の発表などが行われました。
20年近く運営する、AARの障がい者のための職業訓練校も紹介
各発表では、障がい者の就労に関する法的な枠組み、障がい者支援団体・企業の連携の好事例、障がい者が直面する課題といった多岐に渡る内容が報告されました。
AARからは現地スタッフで就労支援を担当するマ・スェ・スェ・ラインが、2000年にヤンゴンに開校した障がい者のための職業訓練校のカリキュラムや、就職斡旋、就労後のサポートについて紹介しました。職業訓練校では、全国から生徒を受け入れ、全寮制で3ヵ月半の訓練を行っています。当初からの洋裁、美容理容の2コースに加え、2010年からは市場で需要の高まっていたコンピューターのコースも開講し、これまでの約20年に1,750名以上が卒業しました。卒業生は地元に帰って美容室や洋裁店を開業したり、企業に就職しています。2018年には卒業生140名の就労率は92%に上りました。
その他のNGOや現地の企業からも、視覚障がい者へのマッサージ技術訓練と資格制度作りの事業や、障がい者を含む女性を対象にしたパンや焼き菓子の技術研修、障がい者を対象としたマイクロファイナンス事業(小規模金融事業)などの事例が報告されました。印象的だったのは、障がい者支援団体と企業の発表者が、技術訓練の機会の不足だけではなく、「社会性や自信を育むための就労前の研修や、就労後の精神的なサポートの必要性」を訴えていたことです。
イギリスやバングラデシュの先進的な事例とは
海外の事例もいくつか紹介されました。イギリスからは、障がい当時者であり、障がい者のコーチングなどに携わる、ジェーン・コーデル氏が報告。コーデル氏は、音楽家として働いていた20代半ばに聴力を失いました。当時は落ち込むことが多かったという経験から、コーチングや精神的なサポートの重要性を訴えました。
バングラデシュ・ビジネス・障がいネットワーク代表のムルテザ・ラフィ・カーン氏は、2016年に設立された同団体の取り組みを紹介。このネットワークは、企業が主導して障がい者雇用に取り組む点が特徴です。ILOが各国で設立を推進しており、現在29の国・地域で展開されています。バングラデシュは、このネットワークによって、企業間の知見共有、人事担当者向けの研修、政府への提言、障がい者を対象にした合同面接会などが実施されています。
ゲストの発表は、他国の先進的な取り組みを知る貴重な機会となり、法制度の確立や、企業や関係者間のネットワークの必要性を改めて感じさせられました。
誰もが働きやすい環境を
パネルディスカッションでは、「障がい者雇用の促進」「障がい者の就労定着支援」「障がい者の就労を支える技術サポート・合理的配慮」について、産官民異なる立場のパネリストが、それぞれ障がい者への技術訓練、精神的なサポート、社内研修の必要性を訴え、現在の課題が再認識されました。
外資系企業シャングリラホテルの人事部長ドー・マ・マ・ナイン氏からは、聴覚障がいのある職員に配慮して、タブレット端末を活用して社内研修をサポートする事例が紹介されました。また、障がい者がより職場に適応しやすくなるように、障がい者・雇用主・家族を対象に社内外で支援を行う、ジョブコーチについて意見交換がなされました。ミャンマーではジョブコーチという職種自体が知られていないため、こうしたサポートの方法を広く知ってもらう機会にもなりました。
現地大手のミャンマーエーッペクス銀行でコールセンター・セキュリティ部門の副責任者を務めるドー・ウィン・トゥ・モン氏からは、障がい者支援団体と協力した障がい者の採用活動、誰もが働きやすい職場環境づくりの事例が紹介されました。バリアフリー設計や歩行障がいのある職員への通勤バス手配といった物理的なアクセスへの配慮にとどまらず、障がいのある職員の意見も反映されるように、毎月、マネージャーを含む部門の職員全員で話し合いを行っているそうです。過去には、障がいのある職員からの意見がきっかけで、高さの調整が可能な椅子を導入し職場環境の改善につながったそうです。
早速企業が雇用に向けて始動
参加者からは、「障がい者支援に取り組む団体や企業と知り合うことができてとてもよかった」「各関係者による取り組みの現状や、好事例を学ぶことができた」「バングラデシュのように、ミャンマーにもビジネス・障がいネットワークを設立したほうがよい」といった感想が聞かれました。シンポジウム後には、複数の参加者からAARへ個別に連絡があり、外資系企業のロッテホテルがAARの職業訓練校の訓練生・卒業生の採用面接を実施したり、視覚障がい者支援団体の代表と視覚障がい者へのPC研修の可能性について協議を行うなど、早速新たな動きにつながっています。
これまでの知見を政策に反映できるように
シンポジウムを終えて、当初の目標「障がい者雇用に取り組む関係者のネットワークを広げること」「現在の取り組みや好事例の共有」「国内外の関係者による課題の協議」を達成した手ごたえを感じています。複数のメディアに取り上げられ、今回の取り組みをより多くの方々に広めることもできました。
今後は、シンポジウムで広がったネットワークを活かし、さらに多くの企業と関係構築を重ね、障がい者雇用の裾野を広げていきます。 AARは、これまでの取り組みがミャンマー政府に評価され、障がい者の就労政策を協議する小委員会のメンバーにも選ばれました。障がい者雇用におけるさまざまな現場の声を小委員会で発信し、政策に反映できるよう尽力してまいります。
この活動は、独立行政法人国際協力機構(JICA)の受託事業として、「障がい者の就労支援体制強化事業」の一環として実施いたしました。シンポジウムの開催に際しては、皆さまからのご寄付に加え、公益財団法人イオンワンパーセントクラブ様からのご寄付も活用いたしました。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
ミャンマー・ヤンゴン事務所 中川 善雄
ミャンマー・ヤンゴン事務所駐在員。大学卒業後、国内の人道支援組織に5年勤務後、2011年にAARへ。同年3月よりタジキスタンに赴任。2013年10月よりミャンマー・パアンの駐在を経て、2015年より現職。趣味はジョギング。神奈川県出身