「世界の不平等に思いやりと関心を持って」-ミャンマー避難民キャンプ視察報告会
ミャンマー西部ラカイン州のイスラム少数派の人々が2017年8月以降、治安部隊による激しい弾圧を逃れて、隣接するバングラデシュ南東部コックスバザール県に大量流入してから1年半余り。AAR Japan[難民を助ける会]は、2017年11月以降、約90万人が暮らす難民キャンプおよび周辺地域で、水・衛生環境の改善、子どもや女性が安心して過ごし、学んだり交流したりする保護施設の運営などを行っています。
3月末に、AAR常任理事で国連世界食糧計画(WFP)元アジア地域局長の忍足謙朗がコックスバザール県の難民キャンプとAARの支援活動を視察。5月29日、聖心女子大学(東京都渋谷区)で「ミャンマー避難民現場視察報告会」を開催し、忍足とAARバングラデシュ・コックスバザール駐在員の中坪央暁が、難民キャンプの現状やミャンマーへの帰還の見通しなどについて報告しました。報告会の様子をお伝えします。
問題の背景とAAR の支援
報告会では、まず駐在員の中坪がミャンマー避難民問題の背景や難民キャンプの様子、AARの支援活動について報告しました。仏教徒が9割を占めるミャンマーでは、ラカイン州のイスラム教徒が「ベンガル地方からの不法移民」として差別され、1970年代以降に隣国バングラデシュなどへの流出が繰り返されてきたこと、ミャンマー国籍を剥奪されて無国籍状態にあること、とりわけ2017年8月の武力弾圧で甚大な被害が出たことを説明しました。そして、AARはこれまでにトイレ450基、水浴び室226基、井戸92基を設置したほか、キャンプ内に子どもや女性たちが安心して過ごすことができるチャイルド・フレンドリー・スペース(CFS)、ウーマン・フレンドリー・スペース(WFS)各2施設を開設・運営していることを報告しました。
続いて、忍足が十数万の簡素な仮設住宅が密集する世界最大のクトゥパロン難民キャンプの風景に圧倒されたこと、地雷被害者の青年や夫を殺された女性にインタビューした話など、実際に歩いて感じたキャンプの現状、懸命に生きる人々の様子を報告しました。
また、WFPアジア地域局長時代の2012年、ラカイン州の国内避難民キャンプで食糧支援を行った経験と比較して、現在は生体認証付きの身分証を使い、難民の方々が自分で店舗に行き食糧を購入できる支援の方法が導入されている事例などを紹介。「国連機関、NGOの活動が良く調整され、国際的な人道支援のシステムが、バングラデシュ政府と連携して上手く機能している。これほどの数の難民を死なせず、食べさせ、保護していることは誇りに思って良いのではないか」と評価しました。
「こんな人たちがいて良いのだろうか」
バングラデシュ・ミャンマー両政府は、2017年11月に帰還を進める合意書に署名しましたが、帰還プロセスはまったく進まず、難民は厳しい立場に置かれています。避難民はミャンマー政府から国民と認められず、他方のバングラデシュ政府は人道的見地から90万人以上を保護しているものの、彼らを「難民」とは認めずに「強制的に退去させられたミャンマー国籍者」と位置付けて早期送還するのが基本方針です。
避難民たちはビルマ語ではなくベンガル語系の方言を話しますが、バングラデシュ政府は「定住を認めることになる」としてキャンプで子どもたちに同国の母語ベンガル語を教えることを禁じ、キャンプ内外での就労も認めていません。世界中の難民・避難民のほとんどは帰る母国がありますが、ロヒンギャの人たちには帰る国さえなく、忍足は「これほど世界の不平等を感じる人たちはいない。こんな人たちがいて良いのだろうか」と訴えるとともに、「キャンプに住む55%が18歳以下。若い世代や子たちが学校に通えず仕事もない状態に置かれ続ければ、いつか不満が爆発する」と指摘し、特に教育支援が重要になるとの見方を強調しました。
「日本政府の立場は?」活発な質疑応答
学生や社会人など約160名が参加くださり、質疑応答では、多くの質問が寄せられ、報告者二人と活発なやり取りが行われました。「国際社会はミャンマーへの批判を強めているが、日本政府はどのような立場をとっているのか」との質問に対し「日本は欧米と一線を画し、ミャンマーを直接非難せず信頼関係を維持しながら解決に向けて働き掛けている」、「第三国定住の可能性はあるのか」との質問には「すでにマレーシア、パキスタン、サウジアラビアなどに多くの移民・難民が渡っているが、数十万人規模の受け入れ先を探すのは現実的に難しいだろう」と回答がありました。このほか医療支援や避難民の自治組織についてなど具体的な質問が次々と投げ掛けられ、問題への関心の高さが伺われました。
避難民たちは当面帰還する見込みはなく、この問題が10~20年単位で長期化するのは間違いありません。初期の緊急対応期を過ぎた今、困難な環境に置かれた避難民と受け入れ地域の住民に対する息の長い支援が求められ、人道支援は正念場を迎えています。
忍足は最後に「日本のテレビでは最近ほとんど報道されていません。国際社会が飽きてしまえば、この問題は完全に忘れられてしまう。世界の不平等への関心と思いやりを持ち続けて」と呼び掛けました。
登壇者プロフィール
忍足 謙朗(おしだり けんろう)
30年以上国連に勤務し、1989年からは国連世界食糧計画(WFP)で緊急食糧支援を行う。2009年から2014年にはアジア14ヵ国の支援の総責任を受け持つWFPアジア地域局長。AARとの出会いは1989年、WFP職員として赴いたザンビアのメヘバ難民キャンプで、当時井戸掘りの活動をしていたAAR駐在員と交流をもったのが始まり。以来、長年の交流を経て、2015年よりAAR常任理事。TBS「情熱大陸」、NHK「プロフェッショナル--仕事の流儀」に出演。
中坪 央暁(なかつぼ ひろあき)
新聞社でジャカルタ特派員、編集デスクを経て、国際協力分野の専門ジャーナリストとして南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島などの紛争復興・平和構築支援の現場を取材。2017年12月にAARへ。