「ナッジ的SDGs実践セミナー」第1回を開催
2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)※1」が達成年として掲げている2030年まで、あと10年と少し。一人ひとりが真剣に受け止め、行動に移さなければ間に合いません。そこで、具体的に取り組むためのヒントを得てもらうため、昨年度より連続セミナーを開催しています。今年度のセミナー第1回の様子を、AAR東京事務局の広谷樹里がご報告します。
※「ナッジ」(nudge)とは、「ひじで軽くつつく」という意味。強制せずに対象者を自発的に好ましい方向に誘導する仕掛けや手法のことで、経済学者のリチャード・セイラー博士が提唱した、行動経済学の概念です。
参加者はどんな方?高校生もご参加!
講師は、静岡を拠点にフリーランスでNPO支援やSDGsの活動普及などを行っている木下聡氏と、環境系NGOの活動に長く携わり、SDGsの推進・普及、対話の場づくりを行っている環境パートナーシップ会議副代表理事の星野智子氏です。
冒頭、参加された35名の皆さんのご所属をお聞きしたところ、学生が4割ほど、社会人が同じく4割ほど、非営利セクターが1割ほどでした。次にSDGsをどれくらい知っているかという質問には、すでにある程度知っていたりご自身で何かしら実践している方がいらっしゃる一方で、今回のセミナーで初めて詳しく知るという方も多くおられました。そのため、SDGsができた背景や、SGDsの17の目標の内容など、基礎知識から丁寧に説明しました。
SDGsは長年の取り組みの結晶
2015年に「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が国連で採択されました。このアジェンダにSDGsが含まれており、特に前文では、SDGsが目指すものや背景などが書いてあるため、一度目を通すと全体が理解できてよいのでは、と木下氏から提案がありました。
星野氏からは「SDGsは環境系と開発系の国際的な取り組みや約束の流れが合流してできたものといえる」と解説がありました。また、SDGsの前身ともいえる「ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals) 」では、途上国のみが対象であったことに対し、SDGsは先進国も含むすべての地域が対象となっていることが特徴であり、また新しい課題に対応するため17という多い目標数となっています。これは、時間をかけてさまざまなセクターが話し合ってSDGsができた結果であると説明されました。
また、星野氏はMDGsの限界として、自然環境はほかの目標や活動の重要な前提条件でもあるにも関わらず、あまり重視されていなかったことを強調しました。例えば、せっかく人道支援や食料支援を行っても、気候変動の影響で干ばつが頻発したら、牧草地や水を求めて人が移動し、限られた資源をめぐって紛争が発生する原因となります。そのためSDGsでは、気候変動などへの根本的な原因への対応が必要であり、環境問題と社会開発を一緒に取り組まなければならないという問題意識が反映されていると説明がありました。
SDGsを考える多様な切り口
続いて、17の目標を、アジェンダ2030の前文に基づいた5つのカテゴリ(人間、繁栄、地球、平和、パートナーシップ)に分類した見方、またSDGsをウェディングケーキに例えそもそも人間の活動や生活は生態系、健全な地球環境が必要であり、その上に教育や経済開発がありえるという捉え方が説明されました。17の目標をただ並列で眺めるだけではなく、立体的に見ることで気づくこともあり、自分に関心のある目標を中心に置いて、ほかの目標との関連性を考えるとおもしろい、と紹介されました。これまで関心の薄かった分野に目を向ける機会にもなります。
そのほか、アジェンダには環境・社会・経済のバランスが非常に重視されていること、パートナーシップの重要性、17の目標が分断されたものとしてではなく相互関連していることを理解する重要性などについても語られました。
また、木下氏は「誰一人取り残さない」というSDGsの理念では、『最も遅れているところに第一に手を伸ばす』観点が実は重要であるという点を強調しました。課題に対し満遍なく取り組んでいては、最も困難な状況にある人々へのリーチが最後になってしまいます。より弱い立場の方へ支援を届けるAARのミッションとSDGsの考え方がリンクしていることを改めて確認する機会ともなりました。
また、自分に今できることからではなく、目指すべき到達地点を起点としてそこに至るためにはどうするか、という視点(ケネディ大統領が月面着陸を目指してまず宣言した「ムーンショット」の考え方)で取り組むことも、SDGsには求められていると紹介されました。
日本におけるSDGsの取り組みについて木下氏は、海外と比較して、トップダウンから始まり、それを受けて企業の取り組みが始まり、一般市民へと広まりが若干遅れている感じはあるが、過去のMDGsなどの目標と比べても、SNSなどを通じてじわじわ広まっている感覚があると述べました。また、老若男女幅広い関心を呼んでいることが利点として挙げられました。星野氏からは、例えば来年に控えるオリンピック・パラリンピックを考えても、競技場の建設材料の調達や現場で働く人たちの労働環境、スポーツウェアが製造されている背景など、さまざまな側面がSDGsに関連しており、あらゆる手段を使ってSDGsを達成していくことの大切さが指摘されました。
一方で、SDGsが一種の流行となっていることで、既存の計画をSDGsの目標に無理やり当てはめたようなものも見られると話がありました。また、例えばプラスチック製品のストローの問題が注目されていますが、障がいがあったり介護が必要な方にとっては、折り曲げて使いやすいストローが必要な場合もあります。このように、何か特定の問題のみに焦点を当てた解決策は、他の問題にマイナスの影響を与えることもあり、取り残されてしまう人が出る恐れもあることが指摘されました。
SDGsの実践:国や街、企業として
後半は、日本におけるSDGsの実践の現状と、私たち一人ひとりがどのように行動につなげていけるかを考えるヒントが語られました。
まず、木下氏より、世界におけるSDGsの達成状況は、日本の順位は2018年度に続き15位とする調査結果があることが報告されました(出典:Sustainable Development Report 2019)。SDGsの目標を項目別にみると、教育(就学率、識字率などの数値)や産業分野は抜きんでていますが、ジェンダーやパートナーシップ分野への取り組みが遅れていることを指摘。北欧諸国の順位が高いのは経済大国だからではなく、社会インフラが整っており、障がい者や女性への配慮が進んでいるとの分析でした。
日本政府としては、総理大臣が推進本部の本部長となってアクションプランを策定して取り組んおり、各地方でも、『SDGs未来都市』選定された多くの都市が、地方創生の取り組みとあわせてSDGsに取り組んでいることが説明されました。
個人としてできることが身近にも
最後に、SDGsへの個人の取り組みとして、環境や社会への配慮は身近なところでもできることや、食べものや着るものがどのような作られ方をしているのかなどを見直すところから始められることが、お二人から伝えられました。自分の生活とどう関わっているのかを想像することで、遠いと感じる課題も実は身近であることに気がつきます。「想像力が大切です」と強調しました。
また自分の取り組みを他者に広げることも大事であると指摘されました。例えば木下氏は、どこにでもマイボトルを持ち歩いたり、名刺もバナナペーパー*で刷って点字を入れています。コンビニでレジ袋を断るなど小さなことからも始められる、とも提案されました。星野氏は結婚式では環境に配慮した生分解性のドレスを着たり、カーボンオフセットでゲストが出席する交通経路でかかったCO2を換算して買い取る取り組みをしたことを紹介。お二人とも、SDGsに向けて自分がしていることをほかの人へ伝える大切さを強調されました。
(*アフリカのザンビアで生産されたオーガニックバナナの茎の繊維に、古紙または森林認証パルプを加え、日本の和紙技術を用いて作られた、社会環境に配慮した紙)
最後に、会場を提供してくださった共催団体のNPO法人Liko-net照井敬子氏より、「SDGsを知って終わりではなく、アクティビストになるための学びをしたいと始めたシリーズです。考えるきっかけとなればうれしいです」とご挨拶をいただきました。
このセミナーは企画・構想の段階から薬樹グループに全面的にご協力をいただいていています。会場も薬樹株式会社の青山オフィス(東京都港区)を使わせていただきました。
次回は9月4日(水)です。「SDGsがつなぐ、 シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)」と題し、セクターや立場を超えたパートナーシップ、国内・国外問わずに課題解決に向けて自分に何ができるのか、など一緒に考える場にしたいと思います。ぜひ、ご参加ください。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
東京事務局 広谷 樹里(ひろやじゅり)
大学卒業後、企業勤務を経て2009年にAARへ。広報およびパキスタン事業担当、南スーダン駐在などを経験。2014年にAARを離れイギリスの大学院、政府系開発機関での勤務の後、2018より再びAARへ。現在は対外ネットワーク、渉外を担当。神奈川県出身。