トルコ:多様な支援で都市難民の暮らしを支える
2011年3月にシリア紛争が勃発してから、今年で9年目になります。隣国トルコに逃れるシリア難民の数は増加を続け、360万人を超える難民が(2019年8月現在)、先の見えない状況の中で避難生活を送っています。トルコ政府が運営する難民キャンプの収容人数は限られているため、難民の約95%は市街や村などで生活しています。
トルコ最大の都市イスタンブールには、国内で最も多くのシリア難民が仕事や生活の質の向上を求め逃れており、登録されているだけでも50万人以上にのぼります。AAR Japan[難民を助ける会]が活動しているエセンユルト区は、市内でも最も家賃相場が低い区の一つであることを背景に、難民が集住しています。こうした中、病気や障がい、就労、子どもの教育、経済など、さまざまな面で困難に直面する人は少なくありません。同区でAARが実施する支援について、AAR東京事務局の坂上佐和子がご報告します。
難民を取り巻く厳しい環境
2014年、トルコ政府は、シリア難民の急増に対応するため「一時的保護制度」を導入しました。シリア難民はこの制度に登録することで、トルコ国内で医療や教育、福祉などの行政サービスを無料で受けられるようになりました。しかし、このようにサービスの整備は進んでいるものの、増加する難民の数に対して対応が追いついていないのが現状です。また、難民自身が、利用可能なサービスについて知らなかったり、トルコ語が話せないことで行政窓口や病院での手続きが困難であったり、あるいは行政サービスだけでは個々の状況に応じた柔軟な支援が難しかったりと、さまざまな課題があります。
さらに、イスタンブール市のように難民が多く逃れている地域では、家賃や食料品の高騰、職の奪い合いなどを背景に、難民と地域住民の緊張は日に日に増しています。近年では、両者の間でたびたび衝突が起こっており、避難生活が長引くにつれ難民を取り巻く環境は一層厳しくなっています。
届きにくい声に耳を傾けながら
エセンユルト区には、困窮している状況にありながらも、誰にも相談できずにいる難民が少なくありません。こうした方々に行政サービスの情報が行き届くよう、AARは戸別訪問をしたり電話での相談窓口や啓発活動を通じて、一時的保護制度の申請方法やトルコの法律、また医療・教育・福祉サービスの手続き方法などについても伝えています。
戸別訪問では、難民世帯を一軒ずつ訪ねて情報提供を行い、生活で困っていることがないかどうか、一人ひとりの声を聴いています。難民が置かれる状況は一見同じようであっても、訪問すると、個々人や各家庭が置かれている状況は違っています。例えば、紛争で足を失いながらも適切な治療を受けられていない人、通院できず持病が悪化している人、仕事が見つからず生活費が底をついてしまった人、家計を支えるために学校に通わず危険な仕事に長時間従事している子どもなど、さまざまな事情を抱えています。支援が必要な方がいる場合には、病院での通訳や利用手続きのサポートをはじめ、臨床心理士による心理カウンセリング、また、障がいのある方へは車いすや歩行器などの福祉用具や理学療法士によるリハビリテーションを提供しています。ほかにも、生計支援や子どもの就学支援を行うなど、一人ひとりの意思やニーズに応じた支援プランを作成し、行政機関や他の団体と連携して包括的な支援を行っています。
一人ひとりの困難に寄り添った支援を。アフメドくんが見せた笑顔
アフメドくん(仮名・5歳)は、脳性まひにより生まれつき足の裏が内側に向いていたため、手術を受けました。しかし、病院で提供された短下肢装具(足の変形を矯正しながら、歩行をサポートする装具)が合わず、片足に障がいが残ったまま歩けずにいました。AARのスタッフが訪問したとき、アフメドくんの母親は3ヵ月前に癌で亡くなっており、同居する祖母と叔母が彼の生活を支えていました。父親は仕事が見つからず、一家は行政が支給する月1万円弱の生活手当で、4人分の食費を辛うじてまかなっている状況でした。
そこでAARはアフメドくんに対して、足の症状に合った短下肢装具と理学療法士によるリハビリテーションを提供しました。これにより運動機能が向上し、少しずつ歩けるようになったアフメドくんは、笑顔を見せるようになりました。また、AARの通訳スタッフのサポートにより、行政窓口で障がい手当受給の申請手続きを行い、一家の経済的な負担も軽減。加えて、アフメドくんの父親に就労支援を専門に行う団体を紹介し、現在は同団体からサポートを受けながら、早期の就労を目指し日々取り組んでいます。このように、AARは一人ひとりに合った細やかな支援を届けています。
難民と地域住民が共に支え合うコミュニティを目指して
AARは難民と地域住民によるコミュニティづくりの支援も行っています。紛争により家族や友人、地域コミュニティとの繋がりを失ってしまった多くの難民の方々は、互助的な繋がりのない状態で生活を送っています。特にイスタンブールのような大都市では、近所付き合いが少なく、難民同士の日常的な交流も限られています。とりわけ、障がいのある方は、教育や就労の機会がほとんどない上、偏見や差別により、トルコへ避難してきてから一度も外出できずにいるなど、孤立した状況に置かれています。
このためAARは、障がい当事者と家族による自助グループ活動を支援したり、難民と地域住民で構成されるコミュニティ委員会を作りその活動をサポートしています。障がいのある難民の方やその家族の社会参加が促進され、難民と地域住民が共に支え合って暮らしていけるコミュニティづくりを目指しています。
自助グループ活動では、当事者や家族自らがピクニックやレクリエーション活動などを企画し、定期的にイベントを開催しています。イベントを通じて、参加者同士が日頃の悩みを共有し、互いに支え合える場が少しずつ広がっています。
コミュニティ委員会の活動では、難民が抱える日常の問題を「地域の課題」として捉えています。そして、難民と住民が主体となりともに改善策を考え、課題解決に向け取り組んでいます。例えば、主な地域の課題として「言語」「生計手段」「差別」の声が難民から挙がったことがありました。そのときは、トルコ語学習教室の情報を地域の中で伝えていく方法や、収入につながる物作り活動の手段など、自分たちで実践できる解決方法を話し合いました。
今後は、話し合いで決まった内容をもとに、グループに分かれ具体的な計画を立て実行に移していきます。意見がまとまらず整理に時間を要したり、提案された解決策が現実的ではなかったりと、一筋縄ではいかない場面も少なくありません。しかし、同じ課題に対して難民と住民が一緒に考え、一人ひとりが役割を持ちながら協働することを通じて、地域における互助の輪が少しずつでも広がっていくことを期待しています。
帰還の目途が立たず、現在もトルコに暮らす多くのシリア難民が不安な日々を送っています。こうした状況の中、AARの支援により「私たちの暮らしが明るくなった」という声や、自助グループやコミュニティ委員会活動の参加者からは、「これからも、難民と地域住民の交流を深める活動を続けてほしい」という声が聞かれています。AARは、困難な状況に置かれる難民一人ひとりの生活を支えるとともに、難民と地域住民が共に助け合えるコミュニティづくりを目指して、今後も活動に取り組んでまいります。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
東京事務局 坂上 佐和子
大学時代よりウガンダの難民キャンプなどでボランティアを経験。民間企業に勤務の傍ら、社会福祉士の資格を取得。生活困窮者への支援を行うNPOでの勤務を経て2017年8月よりAARへ。埼玉県出身