バングラデシュ:女性や子どもが安心できる居場所を提供
バングラデシュ南東部のコックスバザール県では、ミャンマー西部ラカイン州から避難してきた91万人以上の避難民が生活しています(2019年9月末時点)。2017年8月の大規模な避難民流入以来、避難生活が長期化する中、女性や子どもなどより脆弱な立場にある人々はさまざまな不安と隣合わせで暮らしてます。
例えば、キャンプ内には避難民が暮らすシェルターがひしめき合っていることから、プライバシーの確保が十分ではなく、家でも安心できないと感じている人々がいるほか、「キャンプの外や外国で割のいい仕事がある」などと持ちかけて女性や子どもをだます人身売買業者がキャンプ内で暗躍しています。また、家父長的な規範が根強い避難民のコミュニティでは男性の立場が強く、家庭内暴力や虐待が問題になりにくく、ジェンダー(社会的性差)に基づく暴力の発生も後を絶ちません。
AAR Japan[難民を助ける会]は2018年11月から、女性や子どもが安心して過ごすことができるよう、現地の団体であるNGO Forumと協力し、子どものためのフレンドリースペース(CFS)、女性のためのフレンドリースペース(WFS)を2施設ずつ、計4施設を運営しています。
「名前を書けるよ」「お絵描きが好き」
CFSでは、ビルマ語、英語、算数のノンフォーマル教育、衛生や安全・子どもの権利に関する啓発活動、絵や劇などのレクリエーション活動などが行われています。また、カウンセラーが常駐し、子どもたちを心理面でサポートするほか、医療支援などの専門的な支援が必要な子どもは関連の施設に紹介して適切な支援につなげています。毎日CFSに通うモハメド君(10歳)は、「CFSで一番好きな活動は読んだり、絵を描いたりすること。勉強が好きだからね。自分の名前も書けるようになったよ」と話してくれました。
ノールさん(11歳)は「勉強したり劇をしたり、花の絵を描いたりするのが好き」と言います。CFSに来ている時間以外は、他の支援機関が運営するラーニングセンター(仮設学校)に通うほか、水汲みや料理、掃除をして母親を手伝ったり、妹や弟をラーニングセンターへ送ってあげたりと、家の手伝いをして過ごしています。
CFSで文化活動担当の職員として働くマニクさんは、折り紙や図画工作などを担当しています。CFSに通う子どもたちに起こった変化について、マニクさんは「子どもたちが一番変わったと思うのは、社交性の面でしょうか。最初のころ子どもたちは、知らない人に挨拶をしたり、自分のことを紹介したりするなど、基本的なコミュニケーションを取ることが難しかったのです。CFSに通って様々な活動に参加して交流が生まれたことで、今では初めて会う人にも挨拶できますし、自己紹介もできるようになり、人とのコミュニケーションがスムーズになったと感じます。
また、CFS内の啓発セッションで学んだことを家族に伝えて広めてくれています。私の担当する文化活動では、絵を描く際に、最初はミャンマーで経験・目撃した暴力の様子を描く子どもたちが多かったのですが、今は自然の風景を描くなどの変化が見えますね」と話します。ミャンマーで過酷な暴力を目撃し、キャンプでも厳しい環境にいる子どもたちは、トラウマやストレスを抱えていることもあります。そんな子どもたちと日々接するうえで気にかけていることを尋ねると、次のように答えてくれました。
「子どもたちが黙り込んで自分の殻に閉じこもってしまい、あまり反応がない時は、落ち込んだり悩みを抱えたりしているサインです。そんな場合は、できるだけ文化活動に参加してもらい、自然と友達ができるよう工夫しています。それでもやはり落ち込んでいるケースに関しては、CFSの同僚のカウンセラーに相談し、適切なサポートを得られるようカウンセリングにつなげています」
活動通じて自信を深める女性たち
WFSでは、ワークセラピー(手工芸などの作業を通してストレスを軽減するセラピー)、女性の権利やキャンプ内での安全・衛生に関する啓発セッションや座談会、性差に基づく暴力のカウンセリングなどの活動が行われています。
アリカリキャンプのWFS利用者女性の一人アジュさん(40歳)は、「WFSはスタッフが皆いい人たちだし、日常の家の仕事から離れてほっとできる大切な空間です。センターで行われている活動はどれも好きだけれど、一番好きなのはワークセラピーですね。ワークセラピーで習った手仕事はWFSでもできるし、家でも続きができます」。WFSに来る時間以外は、家事や子どもの世話をしているそうですが、空き時間があれば、WFSで学んだことを実践していると言います。キャンプ内での生活について尋ねると、「ミャンマーに比べると平和です。生活は大変だけど、少なくともここは平和」と話してくれました。
もう一人、話を聞かせてくれたロムジャムさん(27歳)は、「WFSの活動では、裁縫が好きですね。家でも服を直すのに使ったり、人に教えてあげたり、学んだことは日々の生活で実用していますよ。啓発のセッションもとても良いです。WFSに通って、これまで知らなかったことをたくさん学びました」。彼女の夫はミャンマーにいた際に他の女性と結婚をして家を出てしまい、連絡も取れないため、年配の母親、娘1人と幼い息子3人を抱え、家のことはすべて彼女がしなくてはなりません。「キャンプでは、買い物をしたり物を運んだりするのは男性が中心ですが、私は男性に交じってそれもこなさなければならず、かつては夫がやってくれていたのにと思うとつらくなります」
アリカリキャンプのWFSのセンターマネージャーのリマさんは、女性の変化をこう語ります。「WFSでの啓発活動を通じて、女性たちの衛生習慣が変化したと感じます。裸足で歩かずサンダルを履くことや、服を衛生的に保つこと、手を洗うことなど、より衛生的な習慣を実践するように変わっていますし、自身の子どもや家族にもそれを実践しています」
WFSでの活動をする中で、女性たちはさまざまな困難に直面することもありました。避難民のコミュニティでは文化的・宗教的な慣習から、女性の外出が難しい面があり、以前はWFSに通う女性たちが道端でからかわれるなど、嫌な思いをするケースも起きました。また、施設内には女性しか入れないため、中で何か良からぬことを女性に教えているのではないかと、男性たちから疑念を持たれてしまうこともありました。
WFSの職員たちは、キャンプ内を回って施設や活動内容の説明をしたほか、利用時間外にコミュニティの人々に施設を案内する機会を設けるなどして、地道に理解を広げる活動を進めました。その成果として、現在では施設に通う際に男性にからかわれる数は減っています。また、日常の活動の一環として、施設の中だけでなく、コミュニティでの啓発活動も実施し、女性や子どもの権利、衛生などの知識を広めています。
キャンプ内でWFSが果たす役割について、リマさんは「WFSができるまでは女性は家にいるしかありませんでした。でも、今はWFSという居場所があります。彼女たちはここでの活動を通し、自分の意見を述べ、自信をつけています。また、ワークセラピーで学んだことは、日々の生活にも役立てられていると聞きます。女性たちからは、最初はWFSを単純に楽しんだりリラックスしたりできる場と思っていたけれど、それだけでなくここで多くのことを学んでいるという意見をよく聞くので、嬉しく思っています」と話してくれました。
キャンプでの厳しい生活の中で、WFS、CFSは女性や子どもたちが交流し、悩みを相談できる安全な居場所となっています。さらに、危険から身を守るための知識、より衛生的・健康的に暮らすための知識の提供の場、レクリエーション活動やセラピーを通してストレスを軽減する場として、利用者の生活を支えています。ミャンマーへの帰還は未だに見通せず、避難生活の長期化が想定されるなか、AARはキャンプで暮らす人々が尊厳を持って暮らせるよう支援を継続していきます。引き続き、皆さまの温かいご支援をよろしくお願いいたします。
※この活動は皆さまからのご寄付に加え、ジャパン・プラットフォームの助成を受けて実施しています。
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
バングラデシュ事務所 町村美紗
大学で開発学を専攻し、中東地域での文化交流活動や、NGOでのインターンを経験。製薬会社に勤務した後、AARへ。2017年9月より現職。タジキスタンでインクルーシブ教育の推進事業などに携わった後、バングラデシュ事務所へ。北海道出身