シリア危機から10年:一人ひとり異なる状況に目を向けて
2011年3月にシリア紛争が勃発してから10年が経とうとしています。情勢が安定する見通しは立っておらず、今世紀最悪の人道危機と呼ばれる状況が続いています。AAR Japan[難民を助ける会]は2012年からトルコでシリア難民への支援を、2014年からシリア国内で国内避難民への支援を開始し、食糧配付、障がい者支援、コミュニティセンターの運営などさまざまな活動を行ってきました。難民の方々の状況と、これから必要となる支援について、トルコ駐在代表の景平義文がご報告します。
人数だけでなく環境も変化
AARがトルコでシリア難民支援を開始したのは2012年9月です。「半年、長くても1年ほどで活動は終わるだろう」と思いながら支援を開始したことを覚えています。チュニジアなどで「アラブの春」が起きたのと同じ様に、シリアでも政権交代が起こり、難民がシリアに戻る日が遠からず来るだろうと考えていました。それは私だけではなく、シリア難民自身、そしトルコ人にも共通した希望的観測だったように思います。しかし、それから8年が経ちました。
2012年9月の時点で9万人だったシリア難民の数は、2020年12月には40倍の約360万人にまで増えました。360万人のうち難民キャンプに居住している難民は6万人に満たず、大多数は街中で生活しています。シリア国境に近いトルコ南東部はもちろん、国境から遠く離れたトルコ最大の都市イスタンブールでも、難民の姿は日常のものとなりました。
人数だけではなく、シリア難民を取り巻く環境も大きく変化しました。2014年からトルコの公立学校への受け入れが開始され、現在では50万人を超える難民の子どもたちが通学しています。2016年からはEUの資金による現金給付が始まり、現在180万人が1人あたり毎月120トルコリラ(約1,500円)の現金を受け取っています。シリア難民の生活は楽ではありませんが、トルコ政府による施策により、以前に比べると安定していることは確かです。
それにより、シリア難民の心境にも変化が生まれています。トルコ・ドイツ大学のエルドアン教授の調査によると「どういう状況であれシリアに帰るつもりはない」と答えた人の割合は2017年には16.8%でしたが2019年には51.8%に増えました*。この数字は、シリア難民の多くがシリアに帰ることをすでに諦めており、「帰りたいが帰れない」という状況は過去のものとなりつつあることを表しています。
しかし、シリア難民が現在のような生活をトルコで続けていくことができるのかは不透明です。シリア内戦が終わったあと、トルコはシリア難民を受け入れ続けることを拒否するかもしれません。あるいはEUなどの国際社会が現金給付などの支援を打ち切るかもしれません。難民の生活が本質的に不安定であるということは、2012年から変わっていないのです。
不安を解消する支援を
AARはこの8年間、食糧配付、障がい者支援、コミュニティセンターの運営などさまざまな支援活動を行ってきました。今、改めて私たちがなすべきことを考えた時、それは「〇〇支援」というような型にはまったものではなく、抽象的な表現になりますが、難民の不安を少しでも解消し、不安定さを和らげるような支援なのだろうと考えています。一人ひとり異なる状況の内実に目を向け、その人に合った適切な支援を考え続けるという営みそのものが、難民の今を支えるだけでなく、シリア内戦の中で経験した痛みや悲しみを癒すのだと思っています。シリア内戦が丸10年を迎えようとする今、気持ちも新たにシリア難民支援を続けてまいります。引き続きのご支援をお願いいたします。
*Erdogan,M.M.(2020) Syrians Barometer 2019: A Framework for Achieving Social Cohesion with Syrians in Turkey, Turk-Alman University, pp.176
【報告者】 記事掲載時のプロフィールです
トルコ事務所 景平 義文
大学院で教育開発を専攻、博士号を取得。ケニアで活動するNGOで開発支援に従事したあと、2012年11月にAARへ。東京事務局でシリア難民支援を担当し、2017年8月より現職。大阪府出身