これまでの活動

AAR Japan[難民を助ける会]は、これまで60を超える国と地域で支援活動を行ってまいりました。完了した支援活動の一部をご紹介します。

南スーダン

2013年12月に南スーダンで騒乱が起こり、日本の外務省の渡航情報で、首都ジュバを除く南スーダン全土が、最も危険が高いとされるレベル4「退避勧告」に指定されて以降、日本人職員の駐在はもちろん、出張もできない状態が続きました。2014年からは、東京事務所から現地スタッフと密に連絡を取りながら活動を続けてきましたが、渡航レベルが近い将来引き下げられる可能性は非常に低く、日本人駐在員不在の中で、この先の事業の質を保ちつつ、安全に支援活動を続けることは困難と判断し、2015年12月をもって、南スーダン事務所を閉鎖致しました。これまでの皆さまのご支援に心より御礼申し上げます。

水の供給・衛生(2006-2015)

水汲みをする少女

水汲みも、子どもたちの大事な仕事です

AARは、南スーダンの東エクアトリア州で井戸や給水塔を建設するとともに、現地の人々自身で維持管理ができるよう、井戸管理委員会の設置や修理技術者の育成を行いました。
また、現地の文化に配慮しつつ、トイレの利用促進や手洗いの励行などの衛生教育を行っています。住民の理解を得た上で、トイレの建設にも住民自身に携わってもらうほか、トイレの維持管理も住民たちを中心に行いました。2015年12月をもって、活動を終了しました。ご支援に心より御礼申し上げます。

この活動は、多くの方からのご寄付に加え、ジャパン・プラットフォーム、毎日新聞社会事業団、フェリシモ地球の村基金、外務省日本NGO連携無償資金協力と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の助成も受けて行いました。

マラリア予防(2006-2013)

マラリア予防教育を受けた後、蚊帳を受け取り、頭に載せて運ぶ女性たち

南スーダンの東エクアトリア州にあるクリニックを訪れる患者の中で、最も多い疾患がマラリアです。
この対策として、AARではマラリア予防のための蚊帳の配付などを行い、抵抗力の弱い妊婦や子どもをマラリアから守る支援を行いました。この活動は2013年3月をもちまして終了しました。ご支援に心より御礼申し上げます。

この活動は、多くの方からのご寄付に加え、国際ロータリークラブからのご寄付を受けて行いました。

母と子への基礎保健(2005-2014)

妊産婦への巡回検診や産婆さんへの研修などを行いました

南スーダンの東エクアトリア州で、以下の支援を実施しました。

  • 安全な出産を助けることのできる助産師の育成
  • クリニックで栄養改善活動
  • 安全な出産に関する教育や妊産婦巡回検診
  • 地域保健員の育成

この活動は、2014年12月をもって終了しました。これまでのご支援に心より御礼申し上げます。

この活動は、多くの方からのご寄付に加え、フェリシモ地球の村基金と国際ボランティア貯金、およびジャパン・プラットフォームより助成を受けて行いました。

トルコ

トルコ地震緊急支援

2011年10月23日(現地時間)、トルコ東部でマグニチュード7.2の地震が発生し、死者約640名、負傷者4,000名以上という大きな被害が出ました。AARは10月26日に3名からなる緊急支援チームを派遣し、被害の大きかったワン県で緊急支援物資を配付しました。
2011年11月9日、再びトルコ東部で地震があり、職員の宮崎淳さんがホテルの倒壊に巻き込まれて亡くなりました。2011年12月14日に活動を再開し、1,000名の子どもたちに冬用の靴と衣類などを配付、また地震で壊れてしまったパン焼き窯を24ヵ所で再建しました。
この活動は2012年2月に終了しました。ご支援に感謝申し上げます。
活動の詳細

ザンビア

HIV/エイズ対策事業:VCTセンターとARV治療センターの建設(2009年-2012年)

VCTセンターでの検査の様子

HIVに感染しても、適切な治療を受ければエイズの発症を抑えることができます。
AARでは、多くの人が検査やカウンセリングを受けられる施設(VCTセンター)をルサカ市郊外のチランガ地区とチパパ地区に建設しました。また、ルサカ州にあるマウントマクル・クリニックとナンゴングウェ・クリニックに、抗レトロウイルス(ARV)薬による治療を必要とする患者がプライバシーの守られた環境で診察を受けられるよう、ARV治療センターを建設しました。この活動は2012年10月をもって終了しました。ご支援に心より御礼申し上げます。

この活動は、多くの方からのご寄付に加え、外務省日本NGO連携無償資金協力の助成を受けて行いました。

エイズ対策クラブ支援(2005年-2016年)

エイズデーのイベントで感染予防を訴える生徒たち

HIVの感染を予防するには、正しい知識が一番大切です。啓発活動を行う高校の「エイズ対策クラブ」の活動を支援しました。生徒たちは、さまざまな啓発活動や家庭訪問を通じて、HIVの基礎知識やコンドームの使用方法などを地域の人々に伝えました。この活動は2016年2月をもって終了しました。ご支援に心より御礼申し上げます。

HIV感染者支援(2005年-2016年)

家庭での看護の方法を身につけるワークショップを実施しました

HIVに感染した人々(陽性者)が抱える問題を共有しあう自助グループの活動を支援しました。また、AARのスタッフや地元のボランティアが、HIV感染者や患者の家を訪問し、正しい薬の飲み方や食事、生活スタイルなどについて指導。さまざまな悩みごとの相談にものりました。この活動は2016年2月をもって終了しました。ご支援に心より御礼申し上げます。

ケニア

ケニア水害緊急支援(2013年)

増水したタナ川沿いの村から避難してきた女性へ支援物資を手渡しました

ケニアでは2013年3月から続く大雨で洪水が発生し、死者54名を含め被災者8万人を超える被害が出ました。AARはケニア赤十字ガリッサ支部と協力し、北東州ガリッサ県のガリッサ市内およびAARの活動地周辺のファフィ郡などで、被災者への緊急支援物資の配付を実施しました。この活動は2013年5月をもって終了しました。ご支援に心より御礼申し上げます。

東アフリカ干ばつ緊急支援(2011年)

特に支援の届いていない世帯に、食料や生活必需品を配付しました(2011年8月14日)川畑嘉文撮影

2011年、東アフリカ地域(ケニア、ソマリア、エチオピア、ジブチなど)では過去60年で最悪と言われる干ばつが発生し、最大で1,300万人を超える人々が支援を必要とする事態となりました。 AARの緊急支援チームは2011年8月にケニアに入り、ナイロビ事務所を拠点に支援活動を開始。干ばつ被害の大きかったケニア北東州のガリッサ県と東部州のムインギ県で、食料や生活必需品などの支援物資の配付を行いました。また、世界最大といわれるダダーブ難民キャンプ内の小学校に教室用のテントを設置し、黒板の提供やノートの配付などを行いました。この活動は、2011年11月をもって終了しました。ご支援に心より御礼申し上げます。

この活動は、多くの方からのご寄付に加え、ジャパン・プラットフォームより助成を受けて行いました。

フィリピン

フィリピン台風30号緊急支援(2013-2014)

スタッフ2名を現地に派遣。台風30号の被災者に食料を届けました(セブ州ヒロトゥンガン島)

2013年11月8日、記録的な強さの台風30号(現地名「ヨランダ」)がフィリピン中部を襲い、死者・行方不明者を合わせて7,000名以上、被災者は約1200万人という大きな被害が出ました。AARは被災直後から2014年10月末まで、最も被害が大きかったといわれるレイテ島タクロバン市とパロ町、セブ島北部で物資の配付や家屋修繕のための支援などを実施。また、障がい者世帯の調査や歩行器具の支援などを行いました。
2014年12月をもって、活動を終了しました。ご支援に感謝申し上げます。

この活動は、多くの方からのご寄付に加え、ジャパン・プラットフォームより助成を受けて行いました。

フィリピン台風16号緊急支援(2009-2010)

被害の大きかった障がい者支援施設で生活物資を配布(リサール州カインタにて)

2009年9月26日(土)にフィリピンを直撃した台風16号は、記録的豪雨と洪水被害をもたらし、10月8日(木)現在の総死者数380名、被災者は430万人にのぼるという惨事をもたらしました。そこでAARでは、10月2日にスタッフ2名を現地に派遣。10月9日(金)には、被害の大きかったリサール州カインタの障がい者支援施設「タハナン・ワラン・ハグダナン(TWHI)」の利用者や職員(7割が障がい者)の375世帯に、砂糖など食料を含む生活物資を配布しました。また、マットレスがないと寝ることのできない障がい者のために、50枚のマットレスを届けました。
2010年8月をもって、活動を終了しました。ご支援に感謝申し上げます。

ハイチ

小学校での衛生設備整備、衛生教育の推進(2013-2015)

壁が崩れ落ちた建物の様子

衛生クラブを立ち上げてから、子どもたちがトイレ掃除を積極的に行うようになりました(2013年11月)

ハイチでは震災後コレラが流行しました。コレラは、きちんとトイレを使って排泄する、排泄後や食事前の手洗いを徹底するなど、適切な衛生行動を取れば感染を防げる病気です。AARでは、特に抵抗力が弱い子どもたちを感染から守るため、首都ポルトープランス市の小学校において、トイレや手洗い設備などの衛生設備の整備と、衛生教育の推進を行いました。

8つの小学校にトイレを建設し、手洗い用の雨水貯水タンクを設置したほか、教師が子どもたちに対して分かりやすく効果的な衛生教育を行えるよう、衛生教育の教授法についての講習会を実施しました。また、子どもたちが主体となった衛生活動を促進するため衛生クラブの組織を支援した結果、子どもたち同士が衛生知識を伝え合ったり、校内の清掃をする姿が見られました。この活動は2015年3月をもって終了しました。これまでのご支援に心より御礼申し上げます。

養護施設、障がい者施設の再建(2010-2013)

仮設ではありますが、しっかりとした建物を建設しました

新しいエルサレム救いの泉福音教会孤児院:左が再建前、右が完成した施設の落成式の様子

2010年6月より、首都ポルトープランス市内にて、震災の影響で損壊した児童養護施設、社会福祉施設、学校および障がい者施設を再建し、必要な資機材を提供しました。また、これらの施設の代表者や教職員の人材育成を行いました。この活動は2013年1月をもって終了しました。皆さまのご支援に御礼申し上げます。

子どもたちへの医療支援・コレラ予防(2011)

仮設ではありますが、しっかりとした建物を建設しました

衛生状態の悪さや栄養不良などで体調を崩しがちな児童養護施設などの子どもたちに、巡回診療とコレラ予防を行っています

ハイチでは、大地震発生前から不十分だった医療サービスの拡充が必要です。特に、親を大地震で亡くした子どもたちなどが暮らす児童養護施設や障がい者施設では、医療サービス不足が深刻です。そこでAARは現地の団体と協力し、首都ポルトープランスにある約37ヵ所の児童養護施設を巡って子どもたちを診療する、巡回診療の活動を行いました。

また、ハイチで猛威をふるったコレラから身を守るため、巡回診療先の施設に、浄水剤やコレラを発症した場合に脱水症状を和らげる経口補水塩などを配付しました。施設の職員と子どもたちにコレラの予防方法についてのパンフレットやポスターを使ってコレラ予防講座を行いました。これらの活動は、2011年6月をもって終了しました。ご支援いただき、感謝申し上げます。

ハイチ大地震緊急支援(2010)

支援物資を配付

食料や生活必需品を詰めたバケツとプラスチックシートを手渡した。右は東京事務局の堀越芳乃

2010年1月12日(現地時間)、カリブ海地域に位置するハイチ共和国を、マグニチュード7.0の大地震が襲いました。首都のポルトープランスは壊滅的な被害を受け、人口1,000万の同国で死者は31万人、被災者は300万人にも達しました。

AARは1月25日に4名からなる緊急支援チームを現地に派遣。その後4月末まで、水や食料、生活物資などをポルトープランスやその周辺の被災地で配付しました。支援物資を受け取った人は、特に支援の届きにくい子どもや女性などの被災者を中心に、計5,300世帯にのぼりました。この活動は2010年4月をもちまして活動を終了しました。ご支援をありがとうございました。

ラオス

クラスター爆弾を含む不発弾被害者への支援(2010-2014)

応急処置研修の様子

応急処置研修を熱心に受ける村落保健ボランティアたち。左は駐在員の安藤典子

1960~70年代のベトナム戦争で200万トン以上の爆弾が投下されたラオスでは、大量のクラスター爆弾を含む不発弾が今も土中に眠っています。AARは2010年、不発弾事故被害者が最も多いラオス北部のシェンクワン県に事務所を開設し、県内6郡において、村レベルでの不発弾対策活動を行いました。

3年間の活動を通じて、47のヘルスセンターに勤務する看護師124名、379村の村落保健ボランティア690名、および100村の村人約5,000名に対して、不発弾事故発生時の応急処置方法の研修や講習会を行い、応急処置能力を強化しました。さらに、現地団体のUXO LAOと連携しながら、効果的な不発弾回避教育の教材を作成し、現地団体の不発弾回避教育チームが延べ約39,400名の村人を対象に不発弾回避教育を行いました。

この活動は2014年6月をもって終了しました。現在は現地郡病院やヘルスセンター、協力団体が自主的に研修や不発弾回避教育を続けています。これまでのご支援に心より感謝申し上げます。

ラオスの障がい児施設を支援(2008-2015)

バンセンスックセンターでリハビリテーションに励むトニーちゃん

AARは、2008年より首都ビエンチャンにある障がい児のための福祉施設、「バンセンスックセンター」を支援しました。この活動は2015年3月をもって終了しました。ご協力に心より御礼申し上げます。
活動の詳細

車いす製造・普及事業(2000-2011)

カンパン君

AARから車いすを受け取り喜ぶカンパンくん

AARでは、2000年より国立リハビリテーションセンター内の車いす工房の支援を行いました。一人ひとりの身体や生活様式に合った車いすを供給することにより、障がい者がより積極的に社会に関わっていけるように支援してきました。

この活動は2011年5月から、現地の国立リハビリテーションセンターが引き継ぐこととなり、AARは支援を終了しました。これまでの長年にわたるご支援に心より感謝申し上げます。

カンボジア

カンボジア水害緊急支援(2011-2012)

2011年秋、平年を上回る降水量と複数の台風に見舞われた東南アジアでは、各地で水害が発生しました。カンボジアでの被害は、死者247人、避難世帯46,000戸、被災者数は160万人(総人口の1割以上)と言われています。AARは職員を現地に派遣し、2012年1月12日までに、被害の大きかったトンレサップ湖北部を中心に、約3,000世帯に食料や生活用品などの支援物資を届けました。また、840世帯の被災者に野菜の種や農具を配付し、生活再建を支援しました。
この活動は2012年4月に終了しました。ご支援に感謝申し上げます。
活動の詳細

障がい者のための職業訓練(1993-2011)

職業訓練校でテレビ修理の技術を学び、故郷で自活できるようになったチューン・チャントンさん

AARでは、1993年より職業訓練を通して地雷被害者やポリオ後遺症などによる障がい者の自立を支援しようと、職業訓練校を運営してきました。毎年約40名の生徒が1年間バイク修理、テレビ・ラジオ・ビデオ修理や縫製などの技術訓練を受けてきました。技術だけでなく識字、ビジネスマナー、社会生活に必要な知識なども教え、毎年訓練生たちが社会へ巣立っていきました。2006年には現地NGOとして独立し、AARはその後も日本から支援を継続してきましたが、カンボジアでは障がい者が学べる職業訓練校や大学が充実してきており、AARが始めた訓練校はその使命を終えたと判断したため、2011年3月末をもって支援を終了しました。これまでの長年にわたるご支援に心より感謝申し上げます。

パキスタン

パキスタン洪水の被災者支援(2010-2011)

避難したテントまで水浸しに

避難した被災者のテントまで水が襲う

2010年7月下旬に発生したパキスタン洪水では、1,900人以上の犠牲者と1,700万人以上の被災者が出て、同国で過去最大規模の被害となりました。AARでは、洪水発生後の2010年8月6日に職員が現地入りし、続いて3名の職員からなる緊急支援チームを派遣。被災者に対し、現地の団体と協力しながら緊急支援物資の配布と基礎医療サービスの提供を行いました。また、同年12月から現在にかけて、越冬物資の配布と、洪水で被災した小学校への支援活動を行っていました。この活動は2011年6月をもって終了しました。ご支援をありがとうございました。

パキスタン大地震の被災者支援(2005-2010)

給水設備支援を行っています

パキスタン北部ブーレ村にて給水設備を再整備する事務局次長の大西清人

2005年10月8日にパキスタン北部で発生した大地震では、4万人近くの死者と約250万人の被災者が出て、2004年のスマトラ沖大地震に次ぐ世界最大級の地震被害となりました。
AARでは、地震発生の2日後には職員が現地に入り、被災者に対し、現地の支援団体や関係機関と協力しながら緊急支援物資の配布を実施したほか、被災地域での給水設備の復旧支援も行いました。また、緊急支援終了後も、現地団体と協議を継続し、被災した村落での給水設備再整備や、女性の被災者に対する識字教育を実施しました。この活動は2010年5月をもちまして終了しました。ご支援をありがとうございました。

国内避難民への緊急支援(2009年9月-10月)

国内避難民への支援を行っています

戦禍を逃れ、国内避難民となったパキスタンの子どもたちと東京事務局の松本理恵(右端)

2009年4月末以降、パキスタン北部で行われた同国政府軍による反政府組織掃討作戦の影響により治安が悪化し、人々は戦闘地域を逃れ、南部へ流出しました。大規模な戦闘は同年7月中旬に一段落し、人々は故郷へ帰還し始めた一方で、局地的な戦闘のため、国内避難民キャンプや借家、親族のもとに身を寄せる人々も多く存在しました。
AARでは、戦闘により被害を受けた診療所の機能が回復するまで、臨時の簡易診療所を設置し、国内避難民や帰還民に対し、無料で医療サービスを提供しました。この活動は2009年9月から10月の2ヶ月間にわたり行われました。ご支援ありがとうございました。

アンゴラ

地雷回避教育(2004-2011)

地雷回避教育の様子

アンゴラには、推定800万個もの地雷が埋設されていると言われ、地雷が人々の生活に深刻な影響を与えています。コンゴ民主共和国と接するルンダスル州は、地雷や不発弾の汚染が深刻であるにもかかわらず、AARが活動を始めるまで地雷対策活動がほとんど行われていませんでした。
AARは2004年9月からプロジェクトを開始。地雷や不発弾から身を守るための教育(地雷回避教育)を行うと同時に、住民から地雷・不発弾の埋設情報を集め、この情報を提携する地雷除去団体に提供することにより、地雷除去を促進してきました。このプロジェクトは徐々に活動地域を広げながら、2007年8月まで3年間実施してきました。
2007年9月から、これまで連携して支援にあたっていた現地のNGO(CAPDC)にこの活動を引き継ぎ、現地NGOへの支援を続けてまいりました。
その後、現地NGOの能力が強化され、AARの支援終了後も独自で活動の資金調達や運営ができるようになったため、2011年3月をもって支援活動を終了しました。これまでのご支援に感謝申し上げます。

帰還民支援活動(2006-2011)

裁縫技術の習得に励む帰還民の女性たち

内戦中隣国に逃れていた人々が2004年の停戦後、母国アンゴラに続々と帰還してきました。帰還民の多くは言語の問題や深刻な職不足などにより現在でも社会的・経済的に困難な状況で生活しています。
AARは、帰還民が多く暮らすモシコ州ルエナにて、2006年から帰還民のための活動を行う帰還民自身のグループを調査し、2007年5月より帰還民が技術習得を行うためのトレーニングセンターを運営する帰還民グループ(PAEVT)への支援を開始しました。2011年3月までに、6ヵ月間の裁縫コースを3回にわたって開催。約100名の参加者が裁縫技術を身につけ、経済的自立への道を切り拓きました。
2011年3月をもって支援活動を終了しました。これまでのご支援に感謝申し上げます。

2011年

3月 アンゴラでの支援活動を終了

2008年

6月 地雷対策のための自主グループの活動を支援

9月 現地NGOに事業を引き継ぎアンゴラ事務所を閉鎖

2007年

3月 地域主体型の地雷回避教育を目指し、セミナーを開催

7月 帰還民のための技術トレーニングセンターを運営

(事業実施期間:平成18年8月21日~平成19年8月20日)

2006年

6月 マラリア予防事業を終了

(事業実施期間:平成17年8月19日~平成18年8月18日)

2004年 ~ 2005年

4月 地雷被害者支援を開始

6月 マラリア予防事業を開始

(事業実施期間:平成16年8月19日~平成17年8月18日)

2003年

ルアンダ事務所を開設。

ミャンマー

2015年水害緊急支援(2015年8月-9月)

突風と洪水で倒壊した家屋)

突風と洪水で倒壊した家屋。全国で15,000以上の家屋が洪水や地滑り、突風で損壊しました(2015年8月1日、ラカイン州、写真提供:MILI)

2015年7月から降り続いた大雨によりミャンマーの広範囲で洪水が発生し、160万人以上の方が被災しました。この被害を受け、AARでは現地ヤンゴン駐在代表の中川が現地の障がい者支援団体MILI(Myanmar Independent Living Initiative)と協力し、ミャンマー国内の6つの週と地域にわたって障がい者を中心とする被災世帯、合計1,445世帯および避難所5ヵ所へ食糧と生活必需品のパッケージを配付しました。また169名の障がい者へ、障がいの種類や程度にあわせて、松葉杖や白杖などの補助具を供与しました。
この活動は2015年9月をもって終了しました。ご支援ありがとうございました。

サイクロン「ギリ」緊急支援(2010-2011)

被災者に米などの食料や生活必需品を配付(被害の大きかったヤカイン州ミエボン地区)

被災者に米などの食料や生活必需品を配付(被害の大きかったヤカイン州ミエボン地区)

2010年10月にミャンマー西部を襲ったサイクロン「ギリ」の被災者に対し、緊急支援を行いました。ミャンマー事務所駐在員の久保田和美に、東京から派遣した2名の職員を加えた支援チームを結成。食料や生活必需品などの緊急支援物資を配付したほか、生活の糧となっていた農業、漁業を再開できるよう、土手の修復支援などの活動を行いました。2010年10月から2011年3月までの間に、約6,000世帯に支援物資を配付しました。ご支援ありがとうございました。

サイクロン「ナルギス」緊急支援(2008-2010)

全壊した家の前に立つ家族

サイクロンによって全壊した民家

2008年5月2日に大型サイクロン「ナルギス」に襲われたミャンマーで、被災直後より現地にスタッフを派遣し、食料や飲料水、ビニールシートなどの緊急支援物資を約19,000世帯に配付しました。2008年9月からは、復興支援として被災地の130の村を訪問し、保健医療、栄養改善、そして障がい者支援事業を実施しました。さらに2009年6月から、農業、畜産業、漁業などで生計を立てていた人々に種もみ、家畜、漁網などを提供して、生計の立て直しを支援しました。
この活動は2010年8月をもって終了しました。ご支援ありがとうございました。

スリランカ

内戦後の障がい者、地雷被害者支援(2009-2011)

地雷被害者へ車いすを提供(左は東京事務局の野際)

AARでは、2009年8月より現地NGOであるモチベーション・チャリタブルトラスト・スリランカ(Motivation Charitable Trust Sri Lanka)とスリランカ障がい者リハビリテーション財団(SLFRD, Sri Lanka Foundation for the Reabilitation of the Disabled)の協力のもと、北部ワウニア県の国内避難民キャンプや、南東部モナラガラ地域を中心に、障がい者や地雷被害者へ、車いすや松葉杖などの補助具を届けました。また、2010年8月からは、北部キリノッチ州において、現地NGOのCommunity Trust Fundと協働し、内戦未亡人や地雷被害者の生計活動支援を行いました。カゴ・かばん作りを支援したり、ミシン、家畜などを提供して、内戦からの復興を後押ししました。
これらの活動は、2011年3月をもって終了いたしました。ご支援に感謝申し上げます。

スリランカ洪水緊急支援(2011)

支援物資を受け取った車いすの男性と、難民を助ける会の林早苗

車いす利用者の洪水被災者に支援物資を渡すAARの林早苗(2011年2月20日)

2010年末からの豪雨が原因で、スリランカ東部州の3県を中心に、各地で洪水が発生しました。建物が崩壊する、田畑が水没するなど甚大な被害が発生し、被災者は250万人に上りました。AARでは、2011年1月23日に現地に職員を派遣し、2月末までの期間に、障がい者、寡婦、高齢者などを含む約1,600世帯に食料や日用品を配付しました。

また、その後2011年8月から2011年12月にかけて、被災地の障がい者に車いすや三輪車いすを配付しました。

タジキスタン

障がい者自立支援

洋裁教室で作ったお気に入りの洋服を見せてくれたシャゾダ・スルトンボイゾダさん。生まれつき脊髄に損傷があり、歩行は松葉杖を使っています(2011年10月21日)

タジキスタンは1991年の独立後、7年にわたる内戦で大きく疲弊しました。内戦が終結した現在も障がい者への年金などの公的支援は乏しく、障がい者とその家庭は経済的に苦しんできました。

首都ドゥシャンベには、国内の障がい者支援の拠点となる「タジキスタン障がい者連盟」の本部があります。AARでは2011年から2012年にかけて、この当事者団体の施設を利用し、障がい者やその家族を対象とした職業訓練(洋裁コースと調理コース)を継続的に開催しました。また、AARは、ドゥシャンベの最高級ホテルと協働し、実際にホテルの厨房を使って実習をしました。そしてその中から1名は、ホテルに職員として採用されました。

この他、定期的に販売会を開催したり、国際機関が主催するイベントに参加して職業訓練生が作った品を販売しました。

2012年からは、同連盟の施設とタジキスタン視覚障がい者連盟の施設を活用して、新たに美容コース・マッサージコースを開きました。マッサージコースは、特に視覚障がい者に需要があります。このような活動を通し、障がい者が生計をたてられるようになり、障がい者と地域住民の交流が深まることを目指しています。

これらの事業は、日本国際協力財団、フェリシモ地球村の基金、連合・愛のカンパからのご支援を得て行いました。

この活動は2014年2月をもって終了しました。皆さまのご支援に改めて御礼申し上げます。

活動の詳細

車いす製造・普及事業

脳性まひが原因で両脚に障がいのあるソディクジョン・ハズラクロブくん(13歳、前列中央)に車いすをお届けしました。後列右端は東京事務局の吉田圭吾、前列右端はディルショッド職員のアブドホリック・ラフモノフさん(2012年8月1日)

タジキスタンには、車いすを必要とする方が約7万人(人口の1%)いるといわれています。しかし、国内で車いすはほとんど生産されておらず、多くの障がい者が車いすがないために家にこもりがちな生活を送っています。希望者には政府から輸入品が支給されますが、その数は十分でなく、受け取るまで何年も待たなければなりません。しかも支給される車いすはすべて標準型で、それぞれの障がいや生活環境に合ったものではありません。

そこでAARは、タジキスタンで車いすの普及率を上げ、障がいのある方々の社会参加を促進するため、2011年10月より南西部のバクシュ郡にある車いす工房「ディルショッド」を支援しました。
ディルショッドは国内で唯一の車いす工房として2000年に設立されましたが、技術や設備の不足のため、近年の製造台数は年間数台と低迷していました。AARはまず、老朽化していた工房の建物を修理し、必要な器具の提供や発電機の設置を行いました。その後、車いすの設計から製造までを一人で行うことができる南廣行専門家を日本から派遣し、技術的な指導を行っています。工房職員の技術力を高め、自力で利用者それぞれのニーズに合った車いすを生産し、メンテナンスまでできるようになってもらうことを目標にしています。

この活動は2012年11月をもって終了いたしました。皆さまのご支援に心より御礼申し上げます。

この活動は皆さまからのご寄付に加え、外務省日本NGO連携無償資金協力の助成を受けて実施しました。

活動の詳細

医療支援

日本人専門家の講義を聞くタジキスタンのスタッフたち

リハビリテーション講習を熱心に受ける現地の病院のスタッフたち

タジキスタンは旧ソ連時代に医療設備や制度が整えられましたが、ソ連崩壊以後は財源の不足から、旧式の機材は交換されないままで、施設の不具合も放置されていました。また障がい者が身体機能を回復するためのリハビリテーションも、物理療法(電気治療器などを用いて身体に刺激を与えるリハビリテーション)でしか行われていませんでした。そこでAARでは首都ドゥシャンベにある病院の建物を補修し、あわせて医療機材の供与と、日本人専門家によるリハビリテーション講習を実施しました。
この活動は2010年10月をもって終了いたしました。ご支援に感謝申し上げます。
活動の詳細

インドネシア

スマトラ島沖大地震緊急支援(2009-2010)

スマトラ島沖大地震によって倒壊した家(パダン市)

2009年9月30日(水)に発生したインドネシア・スマトラ島沖大地震(マグニチュード7.6)では、430万人が被災し、約10万戸の家屋が損傷するなど、甚大な被害の状況が報告されています。
AARでは、10月4日(日)にスタッフ2名を現地に派遣。震源地近くで最も被害の大きかった地域のひとつである西スマトラ州パダンにて、活動を開始しました。7日(水)には、パダン市にある、障がい児も通う学校10校と協力し、565世帯(約2,800人)に、食糧や生活物資を配布しました。家屋やインフラに壊滅的な損傷をうけた中で暮らす被災者にとっては、生きるために必要な生活物資です。
2010年2月をもって、活動を終了しました。ご支援に感謝申し上げます。

旧ユーゴスラビア

旧ユーゴスラビア紛争被災者支援(1991-2003)

1991年の民族紛争開始時期より、難民支援、障がい者支援、地雷対策、教育支援の各分野で、政治・宗教・民族に中立な立場からさまざまな支援活動を行いました。 2003年10月をもって、活動を終了しました。ご支援に感謝申し上げます。

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難民を助ける会
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