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会長・理事・創設者からの
メッセージ
Message

会長長有紀枝がアフリカの子ども達と写っている

会長

長 有紀枝

おさ ゆきえ

1990年にインドシナ難民奨学金生の学習支援ボランティアとしてAARに参加。91年~2013年までは職員として旧ユーゴスラヴィアなど紛争下での緊急人道支援や地雷対策等に携わる。2008年から2021年6月末までAAR理事長。立教大学副総長、国連訓練調査研究所の理事等を務める。

AARは1979年の創設以来、65を超える国や地域、そして日本国内で、難民や被災者、障がい者など苛酷な環境に置かれた方々の、命をつなぎ未来を切り開くための総合的な取り組みを行って参りました。1979年に「困ったときはお互い様」というシンプルな、しかしやむにやまれぬ思いからスタートしたAARは、賛同する皆さまのご支援をいただきながら、政治・宗教・思想に中立な、不偏不党の組織として、今日まで受益者の方々に寄り添い、ともに歩んでまいりました。どんな時代であっても、AARならではの活動を心がけてまいります。どうぞ皆さまのお力をお貸しください。

副会長 加藤タキの顔写真

副会長

加藤 タキ

かとう たき

留学後、米国報道誌勤務を経て、オードリー・ヘップバーンをはじめ海外トップスターたちのCM出演交渉や音楽祭にて、国際間のコーディネーターとして先駆的役割を果たす。以後、講演、TV、各種委員、著述等、幅広く活動。

AARは、設立当初から相馬雪香初代会長の協力者だった母 加藤シヅエ(女性初の国会議員で、産児調節や女性の地位向上に尽くした社会活動家)の遺志を継ぎ、2004年から携わり2015年より副会長を務めています。ザンビアでのエイズ対策、ミャンマーとラオスの障がい者自立支援、東日本大震災の被災地支援の現場にて、スタッフが困難に直面しながら頑張る姿、そしてその支援が真に喜ばれている様子を目の当たりにしました。会報『AAR News』では、支援が必要な人々の実情やご寄付がどのように活用されているかを知ることができます。ささやかな善意を国内外へ広げるため、どうぞご一緒に応援してください。

理事長 堀江良彰の顔写真

理事長

堀江 良彰

ほりえ よしてる

大学院修了後、民間の物流企業に勤務。2000年よりAARへ。チェチェン難民支援、アフガニスタン支援事業等に従事する。2003年11月より事務局長代行、2005年4月から2021年6月末まで常任理事・事務局長。

AARはこれまでに65を超える国と地域で活動してきました。海外各地で紛争が頻発し、国内外の自然災害も大規模化するなか、緊急支援対応も迅速に行いつつ、既存の事業も着実に実施できるよう、組織強化、スタッフの能力強化に取り組んでいます。スタッフ一人ひとりが研鑽を積み、国際NGOとしてより良い支援を実施できるようさらに成長してまいりたいと思います。

副理事長 伊勢﨑賢治の顔写真

副理事長

伊勢﨑 賢治

いせざき けんじ

東京外国語大学大学院教授。NGO職員としてアフリカで開発援助に携わり、国連PKO上級幹部として東ティモール暫定政府の知事、シエラレオネで武装解除、アフガニスタンでは日本政府特別代表として武装解除を指揮する。

日本のNGOは欧米に比べると資金や規模が小さいところが多く、その発展も遅れています。しかし、民間の団体が育たなければ国策から離れたところでの支援は難しくなります。日本発のNGOであるAARの副理事長として、運営や危機管理能力を高め、援助のプロを目指せと叱咤激励をしながらAARを成長させていきたいと思います。

事務局長常任理事 古川千晶の顔写真

事務局長・常任理事

古川 千晶

ふるかわ ちあき

大学卒業後、民間企業を経て、イギリスの大学院で国際開発学を学んだ後、2010年よりAARへ。駐在員としてハイチで活動。2012年より東京事務局でアフガニスタン、フィリピン、ネパール、ミャンマーなどの緊急人道支援に従事。2020年から2021年6月まで事務局次長。

AARは、紛争や自然災害などを要因とした人道的危機にさらされた人々に緊急支援活動を行っています。そして、復興や開発を通じて地域に寄り添った支援を継続し、より困難な状況にある人々が取り残されない社会の実現を目指しています。世界のさまざまな問題が絡み合っているなか、真に必要とされる支援とは何かを見極めながら、AARだからこそできる支援を届けていきたいと思います。

地雷廃絶キャンペーン大使理事 谷川真理の顔写真

地雷廃絶キャンペーン大使・理事

谷川 真理

たにがわ まり

1991年に東京国際女子マラソン優勝。その後も1992年ゴールドコーストマラソン、1994年札幌国際ハーフマラソンとパリマラソンで優勝。その他、多くのマラソン大会に出場。タレントとしても活躍する他、都民文化栄誉賞、朝日スポーツ大賞、外務大臣表彰などを受賞。流通経済大学客員教授。

1998年、地雷除去作業中に右手・右足を失ったクリス・ムーンさんの伴走を務めたのがきっかけとなり、AARの活動や、地雷の問題に強い関心を抱くようになりました。少しでも多くの方たちに地雷の問題を知ってほしい、との思いで、2000年からは、地雷廃絶のチャリティマラソン大会を開催し、AARの地雷対策活動を支援しています。2002年にはAARの活動地であるパキスタン、2007年7月にはスーダンを訪問し、地雷の被害に遭われた方の厳しい現実を目の当たりにしました。これからもAARとともに、地雷のない世界のために活動していきたいと思います。

名誉会長 柳瀬房子の顔写真

名誉会長

柳瀬 房子

やなせ ふさこ

会の設立準備かららAARで活動を始め、2000年から2008年までAAR理事長。2009年より会長。1996年に長年の国際協力活動により外務大臣表彰を受ける。著書の対人地雷廃絶キャンペーン絵本『地雷ではなく花をください』が1997年日本絵本読者賞を受賞。2005年より法務省難民審査参与員。

相馬初代会長と父(故 柳瀬 真)とのご縁で、設立準備委員会から会に関わりました。当時の、インドシナ難民問題は、日本人には関係のない近くて「遠い国の出来事」でした。相馬前会長は、難民問題をきっかけに日本人が変わることが必要だと「世界の中の日本」の責務を訴えていました。政治、宗教、思想に偏らない人道支援を目的とした、市民団体を目指しています。40年以上、声を上げられない人の声を聴き、お寄せいただいた募金はいち早く、必要とされている方々へ届けることを考えてきました。これからも原点を忘れずに活動を続けてまいります。どうぞ応援をよろしくお願いいたします。

創設者メッセージ

創設者 相馬雪香の顔写真

相馬 雪香

そうま ゆきか

1912-2008年

1979年、67歳の時に「難民に冷たい日本」という海外からの批判に対し、「日本人の善意を世界に示そう」と、AAR Japan[難民を助ける会](当時:インドシナ難民を助ける会)を設立。2008年に96歳で没するまで、会長として難民支援に尽力しました。日本初の同時通訳者。「憲政の父」と言われる尾崎行雄(咢堂)の三女。

―1997年総会でのスピーチより
「世界はますます小さくなっていくばかりです。技術が進めば進むほど、いろんな情報が流れたときに、何が正しいか、何が間違っているかを判断する能力は、一人ひとりが身につけなければならないものだと思います。そして、自分が得たものを、日本や世界のために使ってほしいと思います。「世界のことを考える」というと、『自国の問題は放っておくのか』という人がいますが、自国のことを放っておくわけではないのです。世界に対して、心を開いていくことがどんなに大切なことか。日本人が世界に関心を持ち、そして、日本という国が世界のために尽くせる国になるよう、皆さまのお力添えを願っています。」