パキスタンの首都イスラマバードには、国内各地から本好きが訪れる名物書店「サイード・ブック・バンク」(Saeed Book Bank、以下サイード書店)があります。歴史、蔵書数、店舗面積、知名度、いずれもパキスタン一と言われる同書店を、駐在員の大泉泰がご案内します。
ガラス張りの外観が美しいサイード書店は、イスラマバードの商業地F7マーケット内にあります。3階建て約1000坪の大きな店内には、国内外のノンフィクション、フィクションをはじめ、米国や英国の雑誌や専門書、児童書、図鑑や辞典など、約20万冊がぎっしり。同店によると、蔵書のうち90%が英語、8%がパキスタンの国語のウルドゥー語、2%がペルシャ語やアラビア語で書かれた本とのこと。
「『ブックバンク(本の銀行)』だから、あらゆるジャンルの本をそろえています。品ぞろえは、南アジア一番ですよ」と、社長のアフマド・サイードさん(50)。店内に並ぶ本は、ロンドン、ニューヨーク、フランクフルト、ニューデリーの各都市で毎年開かれる本の見本市にサイードさん自らが足を運び、選んでくるそうです。パキスタンでは、原書をコピーして製本した「海賊版」も多く出回っていますが、サイード書店の本はすべて米国や英国の版元から直接仕入れる「本物」。
店内には、三島由紀夫や川端康成などもあります。「日本出身作家では村上春樹やカズオ・イシグロが人気ですね。私も『海辺のカフカ』を読みました。とても面白くて、3日で読み終えてしまいました」
サイード書店は、サイードさんの父親のサイード・ジャンさんが開業しました。ジャンさんは10歳にも満たない子どものころ、パキスタン・シンド地方にあった大地主の私設図書館で書棚係として働かされ、その時に読書の楽しさに目覚めたそうです(本好きのジャンさんのエピソードは、ニューヨークタイムズの記事でも紹介されています)。
その後、ジャンさんは個人の書籍商の下で修業し、1952年にパキスタン北西部のペシャワールでサイード書店を開業しました。1980年代まで、同地は米ソ冷戦下のアフガニスタン紛争の重要拠点として、米国の外交官や援助関係者、軍人などが多く住んでいたため、ジャンさんはこうした客層をターゲットにした選書で事業を拡大したそうです。
1990年代に入ると、イスラム過激派によるテロ活動が活発になり、様々な宗教や思想の本を扱っていたサイード書店も危険にさらされたため、1999年に比較的治安が安定しているイスラマバードに店舗を移転しました。現在の客層は老若男女さまざまですが、イスラマバードには各国の大使館や国際機関が集まっているので、お客さんの約半分を外国人が占めているそうです。
「私のお店には、三世代にわたって来てくれる常連さんが多くいます。お客さんとの個人的なつながりを大切にし、良い本をお勧めするのがモットーです」とサイードさん。そこで、パキスタンに関するおすすめの本を紹介してください、とお願いしたところ、次の二冊を紹介してくれました。
【サイード社長おすすめ本】
1.Insight Guides(2020)Insight Guides PAKISTAN
英国の旅行会社が出版しているガイドブックのパキスタン編。2020年に最新版が出版されました。たくさんの写真とともに、パキスタン各地の見所や歴史が紹介されています。パキスタンの「地球の歩き方」や「Lonely Planet」は長らく出版されていないので、「最近出版された、パキスタンに関する貴重なガイド本」(サイード社長)です。私も持っていますが、ホテルやレストラン情報が少ないのが少し残念。
2.Farzana Shaikh(2009)Making Sense of PAKISTAN
初版は2009年に英国で出版され、2018年に増補版が出ています。サイード社長によると、著者はパキスタン出身の著名な女性国際関係学者で、民族や宗教など、大変複雑な背景を持つパキスタンについて、豊富な資料と知識に基づいて、わかりやすく説明しているそうです。1947年の建国以来のパキスタンの歴史について学びたい人に、入門書として最適とのこと。
さらに、サイード書店の2021年ベストセラーも尋ねてみました。
※邦訳版情報はAmazon.co.jpを参照
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サイード書店ベストセラー2021:ノンフィクション(政治)部門
順位 | 書籍名 | 著者 | 備考 |
1 | The Silk Roads: A New History of the World | Peter Frankopan | 邦訳『シルクロード全史』(河出書房新社) |
2 | Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty | Daron Acemoglu、 James A. Robinson | 邦訳『国家はなぜ衰退するのか』(ハヤカワノンフィクション文庫) |
3 | The Nine Lives of Pakistan: Dispatches from a Divided Nation | Declan Walsh | ガーディアン紙やニューヨークタイムズ紙の記者としてパキスタンを取材し、2013年に「好ましからぬ活動をした」として同国を国外退去処分となったジャーナリストによるルポルタージュ。取材時のエピソードを交えた、面白くてためになるパキスタンの現代史(サイード社長) |
サイード書店ベストセラー2021:ノンフィクション(その他)部門
順位 | 書籍名 | 著者 | 備考 |
1 | After the Prophet | Lesley Hazleton | 優れたイスラムの入門書。スンニー派とシーア派の分岐を中心に、豊富な文献調査を元にわかりやすく記述している。物語形式で書かれているので、イスラムになじみのない人にとっても読みやすい(サイード社長) |
2 | 21 Lessons for the 21st Century | Yuval Noah Harari | 邦訳『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』 (河出文庫) |
3 | Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change | Jared Diamond | “Guns, Germs, and Steel”(邦訳『銃・病原菌・鉄』)の著者・ジャレッド・ダイアモンド氏の作品 |
サイード書店ベストセラー2021:フィクション部門
順位 | 書籍名 | 著者 | 備考 |
1 | The Island of Missing Trees | Elif Shafak | 邦訳『レイラの最後の10分38秒』でブッカー賞最終候補となったエリフ・シャファック氏の新作。パキスタンでは同氏の小説が人気(サイード社長) |
2 | Thirteen Reasons Why | Jay Asher | 邦訳『13の理由 新装版』(星海社FICTIONS)。2000年代に書かれた少し古い小説。なぜだか理由は不明だが今でもサイード書店でよく売れるロングセラー(サイード社長) |
3 | Are You Enjoying? | Mira Sethi | パキスタン新進気鋭の若手女性作家による、現代パキスタンを舞台にした短編。まだ読んだことがないので、どんなストーリーかは不明(サイード社長) |
一見、気難しそうですが、話しかけると気さくに応じてくれたサイード社長。本に対する熱烈な愛情が感じられました。皆さんもイスラマバードに来た際にはぜひ同書店のサイード社長に声をかけて、お気に入りの一冊を見つけてください。
大泉 泰OIZUMI Yasushiパキスタン事務所
民間企業で勤務後、2017年にAARに入職し、パキスタン・イスラマバード事務所に駐在。趣味は料理とテニス、語学勉強。三重県出身