2024年末にアサド大統領(当時)がロシアに亡命し、内戦が終結の兆しを見せるシリア。しかし、人道上の課題は山積みで、特に地雷や不発弾の問題は深刻です。地雷除去の関係者は「こんなことは見たことがない。何万人もの人々が毎日、地雷の多い地域を通過し、不必要な死亡事故が起きている」と驚きを隠せません。同国における最新情報と課題について解説します。
アラブの春とその後の内戦・大混乱
冒頭に紹介したのは、AAR Japan[難民を助ける会]のパートナー団体であり、シリア北西部で地雷除去活動を展開している国際NGO「ヘイロー・トラスト」の職員の言葉です。この職員は「戦闘部隊は前線から離脱し、爆発物が散乱したままの広大な地域が残っている」と現状を語ります。なぜシリアはこのような状況に至ったのでしょうか。
2010年12月、チュニジアで始まった一連の「アラブの春」と呼ばれる反政府デモが、最も激しい形で現れたのがシリアでした。シリアは中東に位置し、北はトルコ、西は地中海とレバノン、南西はイスラエル、南はヨルダン、東はイラクに接しています。人口は推計2,156万人[i]で、約75%がアラブ人、約10%がクルド人で、宗教的には9割近くがイスラム教徒です。パルミラ遺跡や古代都市アレッポなど6つの世界遺産がある歴史の古い国です。
1971年にアサド前大統領の父親がクーデターにより政権を奪取し、その後親子2代の強権的な政治体制が続きました。「アラブの春」で民主化を求める若者が反政府勢力となり、激しい内戦に陥りました。そこに独立を目指すクルド人勢力、過激派組織「IS」、政権へのロシアの軍事支援、周辺国の介入などが加わり、プロレスのバトルロイヤルのような混乱状況に陥りました。2019年以降はアサド政権が国土の70%程度を支配していました。
この間、多くのシリア人が自国を離れました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、登録された難民数は2024年末時点で478万4,567人[ii]、国内避難民は2023年末で約724万8,000人[iii]。さらに反政府勢力が大規模攻撃を開始した昨年11月末以降、新たに約85万人が国内避難民となったと推計されています[iv]。
3年間、地雷による死傷者数が世界最多
内戦突入後、シリアでの地雷や不発弾による被害は尋常ではない数字となっています。地雷禁止国際キャンペーン(International Campaign to Ban Landmines)による報告書(Landmine Monitor Report)では、2009年は1人、2010年はゼロだった死傷者数が2011年ごろから増え始め、2017年は1,906人と爆発的に増加しました。2020年には2,729人というすさまじい数となり、これは同年の世界の地雷や不発弾による死傷者数の約4割にあたります。翌2021年には1,227人、2022年には834人、2023年には933人[v]で、2020年から3年間、シリアは世界で最も死傷者が多い国でした。
被害が特に多いのが、反政府勢力の影響下にあり内戦の激しかったアレッポ県、イドリブ県、ハマ県、ホムス県、ラタキア県など北西部。首都ダマスカスとダラー県、クネイトラ県といった南部の政府支配地域でも多く、イラクと国境を接している東部地域のデリゾール県やハサカ県、トルコと国境を接するラッカ県でも相当の被害が出ています。被害者が出ていない地域は、住民がほとんどいない砂漠ぐらいです。
国連はシリア全土の54%の小地区が不発弾等で汚染されているとみています[vi]。また、紛争などの調査を行う米国の研究機関カーターセンターは、シリア全土で少なくとも32万4,600個以上の不発弾が存在すると報告しています[vii]。
帰還のための課題は?
2023年、シリアの地雷対策への国際支援の実績は約3,070万ドルで、世界で6番目に大きい金額です。複数の地雷除去NGOが活動していますが、極めて小規模です。例えば2023年のNGOと国連の地雷除去要員はシリア全土でわずか211人[viii]で、これは同時期のカンボジア(3,438人[ix])の6%にすぎません。
その要因のひとつは、内戦により職員の安全確保が難しかったことです。また費用も十分だったとは言えません。地雷除去は、開始時に金属探知機や重機、車両、無線機や医療器材などの周辺機器、コンパウンドと呼ばれる大規模な事務所(車両を数十台止められる広さも珍しくありません)の設営などで多額の費用がかかります。また、国全体を統括する地雷対策センターがなく、国連がカバーしているのはあくまで政府支配地域だけです。そもそもシリアは対人地雷全面禁止条約(通称:オタワ条約)の締約国ではなく、除去活動許可の取得にさえかなり時間がかかりました。
安全な帰還のためには、治安が確保された場所から優先順位をつけて地雷の調査や除去を行う必要があります。国連人道問題調整事務所(UNOCHA)によると、2024年11月26日以降に120カ所の地雷原がイドリブ県やアレッポ県、ハマ県、デリゾール県、ラタキア県で発見され、914個の爆発物が除去されました[x]。一方、2024年12月以降、少なくとも民間人64人が地雷や不発弾で死亡し、100人以上が負傷しています[xi]。早く故郷に帰りたいという人々の気持ちは強く、ヘイローの職員は「地雷は野原や村や町に散在しており、帰還したシリア人はどこに地雷が待ち構えているのか知りません。ヘイローは地雷除去作業員40人分の資金しかなく、人手不足は深刻です。私たちは緊急に資金を必要としています」[xii]と訴えます。
調査や除去活動は時間がかかるため、被害に遭わないための回避教育を先行して展開する必要があります。既に被害に遭ってしまった人々の支援も忘れてはなりません。車いすや義足、リハビリ、心のケア、障がいのある人の収入手段の創出や社会参加の促進も必須です。シリアの人々が安全、平和に暮らすためには、やらなければいけないことが山積みです。
[i] シリア・アラブ共和国(Syrian Arab Republic)基礎データ
[ii] Syria Regional Refugee Response/Total Persons of Concern
[iii] 2024 Global Report on Internal Displacement (GRID) | IDMC page 124
[iv] ReliefWeb/Internal displacement within Syria (As of 18 December 2024)
[v] LANDMINE MONITOR 2024 Page 42, 43
[vi] ReliefWeb/Syrian Arab Republic: 2024 Humanitarian Needs Overview (February 2024) [EN/AR] page 61
[vii] ReliefWeb/Uncovering the Depths of UXO Contamination: A Town-Level Analysis of Three Areas in Syria
[viii] MINE ACTION REVIEW/Syria_Clearing_the_Mines_2024 Page 9
[ix] MINE ACTION REVIEW/Cambodia_Clearing_the_Mines_2024 Page 9
[x] ReliefWeb/Syrian Arab Republic: Flash Update No. 11 on the Recent Developments in Syria (as of 13 January 2025) [EN/AR]
[xi] ReliefWeb/Syrian Arab Republic: Flash Update No. 10 on the Recent Developments in Syria (as of 7 January 2025) [EN/AR]
[xii] ReliefWeb/“So many people are walking into Syrian minefields – I’ve never seen anything quite like it”
紺野 誠二KONNO Seiji東京事務局
AARから英国の地雷除去NGO「ヘイロー・トラスト」に出向し、コソボで8カ月間、地雷・不発弾除去作業に従事。現在は東京事務局で地雷問題やアフガニスタン事業を担当。