2011年10月に発生したトルコ東部地震の際、緊急支援活動中に亡くなったAAR Japan[難民を助ける会]職員、宮崎淳さん(当時41歳・大分県出身)の名前を冠した「ミヤザキ森林公園」が被災地のワン県で完成し、10月23日に地元関係者が集まって記念式典が開かれました。
この地震では600人以上が犠牲になり、AARは被災者の緊急支援のために宮崎さんらを派遣しましたが、直後に起きた余震で宿泊していたホテルが倒壊し、宮崎さんが亡くなりました。当時AARの支援を受けた地元の皆さんが「日本から私たちを助けに来てくれた宮崎さんの功績を語り継ぎたい」と、同県エドレミットに宮崎さんの胸像や鳥居型のゲートなどを配置した公園を整備してくださいました。
震災10年の23日に開かれた式典には、地元住民をはじめトルコ・日本両国の関係者が多数出席し、トルコ災害緊急事態対策庁のセゼル長官は「宮崎さんは慈悲の心の持ち主だった。私たちのために犠牲を払った人を決して忘れない」、ビルメズ県知事は「今年は東日本大震災と当地の地震から10年の節目の年。亡くなった方々を追悼し、将来の地震に備える機会にしたい」とそれぞれあいさつ。鈴木量博駐トルコ大使は「この公園が宮崎さんの共助の精神、トルコと日本の絆を象徴する場になってほしい」と述べました。
また、宮崎さんの母親・恵子さんのメッセージを景平義文AARトルコ駐在代表が代読し、「10年もの歳月が経ってもトルコの人々が息子のことを覚えてくれていることに心が温まる思いです」と感謝の気持ちを伝えました。
AARは2011年3月の東日本大震災、10月のトルコ東部地震をひとつの契機として、大規模災害の被災者支援に力を入れています。私たちは今も宮崎職員を忘れずにいてくださっているトルコの方々に深く感謝するとともに、国内外の被災者支援に引き続き取り組んでまいります。AARの被災者支援へのご理解・ご協力をよろしくお願い申し上げます。
※本式典は10月24日、NHKで報道され、ウェブサイトにも掲載されました。
宮崎さんの胸像や式典の様子をご覧いただけます。
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