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スタッフ日記[国際協力の現場から]

ウガンダ:コロナによる一時帰国から再赴任まで

2021年1月18日

2020年2月以降、全世界で新型コロナウイルス感染症が拡大し、AARは活動する7ヵ国で、派遣していた駐在員の一時帰国を決定しました。これにより17名の駐在員が日本に戻り、遠隔で事業を進めることとなりました。10月ころからは感染状況が落ち着いた国も増え、AARは各事業地の感染状況や医療体制、移動規制などを注視しながら、駐在員の再赴任の準備を進めました。2020年12月現在、ウガンダやバングラデシュなどの駐在員が現地に戻り、活動を再開しています。一時帰国から再赴任までの「活動の裏側」を、ウガンダ・ユンベ事務所の宮崎充正がご報告します。


学校に掲示したポスターの前で(インヴェピ難民居住地、12月9日)

帰国して感じた葛藤

AARは2016年からウガンダで教育支援を行っています。隣国の南スーダンの紛争から逃れて難民居住地に暮らす難民および受け入れ地域の子どもたちに加えて、2020年4月からは、コンゴ民主共和国からの難民と受け入れ地域の子どもたちへの教育支援も開始しました。しかし、ウガンダ国内でも新型コロナウイルスの影響が拡大、都市部のロックダウンと移動制限が政府から発令されました。

私たち4名のウガンダ駐在員は慌ただしく日本に帰国しました。国境閉鎖宣言の発令から実際の閉鎖までの期間が極端に短く、帰国に伴う様々な調整を大急ぎで進める必要がありました。身辺の整理も気持ちの整理もままならないまま、気付けば臨時便の飛行機に乗っていました。

日本から遠隔での業務は、思っていたよりもスムーズに進めることができました。もちろん時差による不便などはありましたが、もどかしさはあまり感じませんでした。それは現地スタッフの努力によるところが大きいのだと思います。ただ、「自分は日本に帰ってきてよかったのか」という葛藤は常に感じていました。こういう非常事態の時にこそ脆弱な人々に寄り添うのが AAR なのではないのか、と。しかし、ウガンダでの感染状況が今後どうなるか分からない状況では、何が正解だったのかは誰にも分かりませんでした。

一時帰国前の障がいスポーツイベントで

二つの変化

ウガンダでは爆発的な感染拡大が起こらず、現地の移動規制も徐々に解除されてきたことから、11月にウガンダに戻ることになりました。飛行機から降りて、「帰ってきたな」と感じました。雨季のウガンダ特有の、雨を吸い込んだ地面から水分が蒸発する時の匂いで、気持ちが一気にウガンダモードに切り替わりました。ステイホームの雰囲気が続く日本よりも、ウガンダでの環境の方が私には合っているのだと思います。海外駐在員の醍醐味であるダイレクトな感触を、もう一度現場で感じられるようになりました。

再赴任後に実施した活動の一つに、ラジオ放送を通じた教育支援があります。元々は難民居住地内で演劇クラブと障がい学習クラブを立ち上げ、子どもたちが学習の成果を地域の人々の前で発表する予定でした。しかし大人数が集まるイベントが禁止となり、急きょラジオで発表することになりました。生徒たちは緊張しながらも積極的に参加し、多様性を受け入れることの大切さや、障がいの有無によって分け隔てられることのない社会の重要性を学んだ、という意見を聞くことができました。

ウガンダに戻ってきて気付いた嬉しい変化が二つあります。一つは現地のスタッフが大きく成長していたことです。多くのスタッフが主体性を持って事業を進めてくれるようになっていました。もう一つは、子どもたちが積極的に活動に参加するようになっていたことです。ただし、これは、休校が長く続いていることへの反動と言えるのかもしれません。休校中の子どもたちは労働力として見なされ、農作業や井戸の水汲みの手伝いをすることになります。AAR の活動に生き生きと参加する子どもたちを見ていると、コロナによって教育の機会が奪われてはならない、と強く感じます。子どもたちの教育環境が一日も早く元の状況に戻れるよう、ここウガンダで活動を進めてまいります。

宮崎充正MIYAZAKI Atsumasaウガンダ・ユンベ事務所

2019年10月よりウガンダ事務所に駐在。大学を卒業後、青年海外協力隊員の理科教員としてマラウイ共和国に赴任。任期終了後、英国の大学院で教育開発学修士を取得したのちにAARへ。徳島県出身

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