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スタッフ日記[国際協力の現場から]

ウクライナ:「もっと食べて」の思いやり

2022年7月26日

ロシアの軍事侵攻が続くウクライナ。7月初めに中部のビンニツァ(Vinnytsia)と西部のチェルニウツィ(Chernivtsi)を訪問した時に感じたことを、東京事務局の紺野誠二がご報告します。


旧ソ連の車がたくさん

青空の下ひまわりが一面に咲いている

一面のヒマワリ畑(隣国モルドバにて。ウクライナ国内でも同様の景色が見られます)

ウクライナは日本の面積の約1.6倍と非常に大きな国です。今回の出張では主に車で移動したのですが、郊外ではあちこちで咲き誇るヒマワリを見かけました。軍事侵攻などまるでないかのように思える、平和な風景でした。

今回訪問した中西部の街々は、軍服姿の人もいるものの、比較的落ち着いた雰囲気です。ちょっと驚いたのは、ラーダ(LADA)という車をよく見かけたこと。ラーダはマニアの方にはたまらない旧ソ連の車です。何年乗っているのだろう、と思うような状態の車が街中や郊外をトボトボ走っていました。旧ソ連の解体からもう30年以上が過ぎ、「ソ連」という国名さえなかなか思い出せなくなっていますが、ウクライナは間違いなく旧ソ連の国だったのだと実感しました。

紺色をした車が路上に留まっている

街角に停車していたラーダ。これは比較的新しいものです。

「うちに来なさい」

今回、AAR Japan[難民を助ける会]が支援を始めた「オープン・ハーツ(OPEN HEARTS)」は、知的障がい者の親の会が長年運営してきました。「オープン・ハーツ(OPEN HEARTS)」は、市内に事務所が、郊外に元小学校を改築した施設があります。軍事侵攻が始まり、ウクライナ政府に日中の活動を止められるまで、施設の畑で知的障がい者らが、リンゴやキュウリ、じゃがいもやトマトを栽培していました。この施設で出される食事は、小麦以外は施設で栽培した野菜でまかなわれていたと言います。現在はスタッフが畑の世話をしています。その野菜をつかった食事を、私もごちそうになりました。

テーブルの上にパンやキュウリのピクルスなどがならぶ

オープン・ハーツの畑で収穫されたトマトを使ったスープ。奥はキュウリのピクルス

実は、オープン・ハーツの代表者、デムコさんは、今ウクライナにいません。数人の知的障がい者を連れて、ポーランドに避難しているのです。デムコさんのお子さんも車いすを利用する知的障がい者です。

デムコさんは電話越しに「もう少ししたら障がい者たちを連れてウクライナに戻るつもりだ」と話していました。今回、市内のホテルを予約しようとしたら、デムコさんは「ホテルは避難してきた方がたくさんいらして満杯だから、ぜひうちに来なさい」としきりに勧めます。なんとデムコさん不在のまま、ご自宅に泊めていただき、デムコさんの夫と娘さんがもてなしてくださいました。

ソファに座った3人が記念撮影をしている

(左から)デムコさんの娘さん、紺野、デムコさんの夫

ウクライナの人々は、とても親切です。ちょっとだけ困るのは、どこに行っても「たくさん食べなさい。もっともっと食べなさい」と言われること。お腹がいっぱいで苦しい……のもありますが、戦時下にあってもなお精一杯のもてなしをしようとする優しさに、胸が熱くなりました。


*日本外務省の海外安全情報(7月末現在)では、ウクライナは「レベル4:退避勧告」に該当しますが、AAR Japanは独自に情報収集を行い、同国中西部地域については、安全を確保して短期間入域することは可能と判断しました。AARは今後も万全の安全対策を講じながら、ウクライナ人道危機に対応してまいります。

紺野 誠二KONNO Seiji東京事務局

AARから英国の地雷除去NGO「ヘイロー・トラスト」に出向し、コソボで8カ月間、地雷・不発弾除去作業に従事。現在は東京事務局で地雷問題やアフガニスタン事業などを担当。

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