多くのウクライナ難民が暮らし、AAR Japan[難民を助ける会]が支援を続けるモルドバ共和国。春の訪れを祝う伝統行事「マルツィショール」と、それを初めて経験するウクライナ難民の子どもの様子を駐在員の景平義文がお届けします。
3月はマルツィショールの季節
紅白の水引によく似たこの細工物は、ここモルドバ共和国を含むルーマニア語圏で春の訪れを象徴する行事「マルツィショール(Mărțișor)」に用いられるもので、同じ名前で呼ばれます。
マルツィショールは「小さいかわいい3月(Martie)ちゃん」のような表現だそうで、さしずめ「小春まつり」でしょうか。むかしは「3月最初の満月から木々に最初の花がつくまで」が、マルツィショールを飾る季節だったそうです。
モルドバの人びとが「古代ローマに由来する伝統だ」と胸を張るのも故ないことではなく、ギリシャ、ブルガリアや北マケドニアなどでも、3月になるとそれぞれ細工物を飾る習慣があるそうです。陰鬱に凍える長い冬を乗り越えた先にやってくる、萌え出づる春です。地域も言語も異なれども、春を待ちわびる気持ちは同じなのでしょう。
モルドバでは、とにかく赤と白の何かを組み合わせるとマルツィショールになる・・・と言ってよさそうです。絹糸、毛糸やフェルト、色紙などさまざまな材料をもとに、うさぎ、鐘、魚、鳥、葡萄、花輪、伝統衣装の人形等々、さまざまなモチーフでつくられ、3月1日一斉に上着に、帽子に、植木に、扉に壁に飾られます。
このため、キシナウ市内を走るトロリーバスの車内では、2月に入ると毎朝アナウンスが流れるようになりました。「マルツィショールの売り出しをお知らせします。中央官庁広場では2月11日朝9時から・・・」まだ吐く息の白い2月に、人びとが寒風にさらされながら露店の準備をする姿は、春を言祝ぐ華やぎはまだなく、春の到来をひたすら祈るようでした。
マルツィショール作り講座を開催
わたしたちAAR が2022年から現地団体とともに運営する「チャイルド・フレンドリー・スペース」においても、1月と2月に学年別にマルツィショール作り講座が開かれました。チャイルド・フレンドリー・スペースには、ウクライナ難民の子どもたちと地元のモルドバの子どもたちが通い、スポーツや工芸などさまざまな活動を通じて交流しています。今回は、10-12歳の子どもたちによるマルツィショール作りの様子をご紹介します。
この日作るのは、フェルトのちょうちょを紅白で重ね、ビーズをアクセントにしたマルツィショールです。まずちょうちょのかたちを切り取り、赤を土台に、すこし小さな白を重ねてそっと糊づけし、ビーズを付けたら完成です。センターのオクサーナ先生の説明を受けて、子どもたちはそれぞれ、布とハサミを持ちました。
息を詰めて慎重にハサミを使う子あり、とりあえずジャキジャキと切って後から整える子あり。遅れて入ってきた子に「こうするんだよ」と手伝ったり、道具を譲り合ったり、完成したマルツィショールを見せ合ったりしています。
初めてのマルツィショール
「どこに飾るの?」と一人の男の子に尋ねると、すこし首をひねって「お父さんの車・・・かな」。別の女の子は「まだわかんない。でも、うちの冷蔵庫(の扉)にしようかな!」
どうやら、どこのおうちもマルツィショールを作ったか貰ったかして、すでにいくつもあるようです。「みんな、毎年つくるの?」と重ねて尋ねると、口々に「そう、毎年!学校でもうちでもつくるよ」と言う中で、「ぼくは今年初めてだから・・・」と口の中でつぶやいた男の子がいました。
昨年お母さんに連れられてモルドバに逃げてきたので、そしてマルツィショールはスラブ圏のウクライナにはない習慣なので、今年生まれて初めて、春を待つこの飾り物を作った子どもがいるのです。昨年2月まで、隣国にこのような習慣があるとは知らなかったのに。幼い手の中の紅白のちょうちょが、彼と彼の家族にせめてもの春を運んできてくれないだろうか、と願わずにはいられません。
2年目に突入したロシアによるウクライナ侵攻は、子どもたちの生活と未来を一変させてしまいました。わたしたちAARは、故郷と自宅から遠く離れて暮らす子どもたちが、少しでも安心して暮らせるように支えてまいります。みなさまの一層のご支援をお願い申し上げます。
景平 義文KAGEHIRA Yoshifumiモルドバ・キシナウ事務所
AARトルコ/モルドバ駐在代表。大学院で博士号(教育開発)取得後、ケニアでのNGO活動を経てAAR入職。東京事務局でシリア、南スーダン事業を担当し、2017年からトルコ駐在としてシリア難民支援を、2022年よりモルドバ駐在としてウクライナ難民支援に従事