オタワ条約(対人地雷禁止条約)をめぐり、フィンランドの世論が揺れています。ロシアによるウクライナ侵攻を受けて「防衛力の強化のため対人地雷も利用すべきだ」との声が高まっているためです。万が一フィンランドがオタワ条約を離脱することになれば、対人地雷禁止は世界中で大きく後退しかねません。その現状を解説します。

ウクライナ侵攻を受けNATOに加盟
「なぜフィンランドの動向がそんなに重要なの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。フィンランド共和国はヨーロッパのスカンジナビア半島の東側に位置し、国土面積は33.8万㎢(日本の国土面積の約89%)、人口は約556万人で東京23区の6割程度です。北はノルウェー、西はスウェーデン、東はロシアと国境を接し、ロシアとの国境は1,340㎞におよびます。これは、直線にして青森市から長崎市(1,318km)を超える距離です。
フィンランドは19世紀初頭からロシアの支配を受け、ロシア革命を機に1917年に独立。第二次世界大戦時には旧ソ連と数年間にわたって二回の戦争を行い、領土の一部を失いました。終戦後も旧ソ連と融和的な政策を取らざるを得ず、「フィンランド化」と呼ばれる独特の中立状態にありました。東西冷戦が終結した1995年にフィンランドはEUに加盟しましたが、安全保障においてはロシア寄りの中立の立場を貫いてきました。
その姿勢が根底から覆されたのが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻です。フィンランドは自国の安全保障を最優先とし、中立の立場を捨てて、2023年4月に北大西洋条約機構(NATO)に加盟しました。これはフィンランドの安全保障にとって極めて大きな意味を持っています。同時に、長い国境を守るため、対人地雷禁止を見直す議論が出てきたのです。
オタワ条約参加までの長い議論
そもそもフィンランドでは、オタワ条約への参加をめぐり1997年から長い間議論が続けられてきました。参加に反対してきたのは、自国の安全保障を重視する中道・右派でした。冷戦が終結し、旧ソ連が消滅したとはいえ、ロシアと国境を接している事実は変わりなく、歴史の記憶を拭い去ることもできません。ロシアはオタワ条約の締約国ではないため、フィンランドだけが一方的に対人地雷を廃棄することは好ましくない、対人地雷はロシア軍の侵攻があった場合にもそれを遅らせることができる、との主張でした。
一方、参加を主張したのは、ヨーロッパ諸国や国際社会との協調、人道主義を推進する社会民主党などに代表される左派でした。代表的な発言として、1998年当時フィンランドの国会議員であった、政治学者のユッカ・タピオ・タルッカによる「世界のすべての国がフィンランドのように(自国の安全保障のことだけを考えて)振る舞っていれば、オタワ条約のような文書を起草することなど、誰も思いつかなかっただろう」があります。また、1997年当時の欧州理事会ではEU加盟国がオタワ条約を推進しており、フィンランドはその中で孤立していたのも事実です。
議論の溝はなかなか埋まりませんでしたが、2001年以降超党派で研究、議論が続けられ、2004年にはオタワ条約への参加へ舵が切られました。背景には対人地雷に代わる兵器の開発に国防軍に2億ユーロ、陸軍に1億ユーロが割り当てられること、2009年からの代替兵器の導入が決まったことがあります[1]。最終的に2012年7月1日、フィンランドは締約国になりました。
なお対人地雷1.5万個を保有 国際的な貢献も
オタワ条約では第7条で、貯蔵対人地雷の総数や形式、地雷の探知・除去・廃棄の技術開発及び訓練の目的で保有する対人地雷数などの詳細な情報を国連に報告することが義務付けられています。フィンランドが提出した報告によれば、2012年から2015年までに同国は100万5,109個もの対人地雷を破棄しました[2]。一方、2023年12月31日の時点で、探知技術開発などの目的で1万5,591個を保有しています[3]。同目的での保有は条約で認められていますが、これほど多く保有することに地雷禁止国際キャンペーン(International Campaign to Ban Landmines)は疑問を呈しています[4]。というのも、同じ目的で対人地雷を保有する63カ国のうち、38カ国は保有数1,000個未満、22カ国は1,000-6,000個で、フィンランドの保有数が非常に多いからです。条約の抜け穴を利用していると見なされても仕方ない面があります。
ちなみに、フィンランド軍が保有している対人地雷はAPM 43-86、APM 68-95、APM 65-98の3種類で、前二者はトリップ・ワイヤーと呼ばれるわな線で作動します。現在同国には対人地雷は埋設されていませんが、第二次世界大戦で使用された武器・弾薬などが爆発性戦争残存物(ERW)として数万以上残っているとされています。
フィンランドは国際的な地雷対策に少なからぬ貢献をしています。2019-2023年の間に毎年320万ドル以上、5年間で1,690万ドルの資金を拠出しています[5]。2023年にはアフガニスタン、ウクライナ、イラク、シリア、ソマリアなどでの地雷対策に貢献しました。
市民社会からも脱退を求める声
ロシア軍のウクライナ侵攻に続き、2023年にはロシア経由でフィンランドを目指す難民が激増しました。この動きにはロシア政府が関与している、とフィンランド政府は主張しています[6]。フィンランドはロシアとの国境の検問所を次々と閉鎖しました[7]。2024年11月30日、フィンランドのスタッブ大統領はテレビ番組で「出発点は、安全保障上の最大の脅威はロシアであり、この脅威にはいずれにせよ対処しなければならないということだ。世界はオタワ条約に加盟した当時とは大きく異なっている」とし、対人地雷を再導入する可能性について言及しました[8]。同年12月発表の国防報告書も「フィンランドの状況における対人地雷の必要性とその抑止効果を検討する」としています[9]。政府や軍からだけでなく市民社会からも「オタワ条約から脱退すべきだ」との声が上がっています。国会審議に必要な5万筆の署名が集まっている一方[10]、議会で話し合われるべきではない、との声も識者から寄せられています[11]。
この流れに大きな影響を及ぼしているのが、近隣国のリトアニアの動向です。2024年秋、リトアニア政府は自国の安全保障の観点からクラスター爆弾に関する条約からの離脱を表明しました。2024年11月の米バイデン政権によるウクライナへの対人地雷輸出の方針も、フィンランドのオタワ条約離脱を推し進める一つの要因です[12]。
現実的かつ冷静な判断を
ウクライナ侵攻を目にしたロシアの周辺諸国が、安全保障の観点から自分たちの行動を束縛するものを減らしたい、と考えるのは理解できます。しかしオタワ条約から離脱することが望ましいとは思えません。というのも、仮に対人地雷をフィンランド国内で使用するような状況になれば、最も傷つき、苦しめられる可能性が高いのはフィンランド国民だからです。
そもそもオタワ条約を生み出してきた先人たちは、紛争後の現場での悲惨な状況を見聞きし、体験しています。対人地雷の使用により、多くの民間人が死傷し、いまだに苦しんでいます。また膨大な資金を投入しているにもかかわらず、地雷除去は終わっていません。その轍を踏むことは良いことだとは思えません。フィンランド政府もフィンランド国民もこのことは十分に把握しているはずです。
また、フィンランドでは対人地雷に変わる代替兵器の開発も進められています。具体的には、オタワ条約に抵触しない、遠隔操作で空中に飛び上がって爆発し、鉄の球が飛び散る兵器で、2018年から試験が行われています[13]。
安全保障と人道主義のはざまで揺れるフィンランドの動向は、今後のオタワ条約の行方を占うものです。AARはフィンランドの地雷廃絶団体などと連絡を取り合いつつ、動向を注視してまいります。
[1] http://archives.the-monitor.org/index.php/publications/display?url=lm/2005/finland.html
[2] https://geneva-s3.unoda.org/artvii-database-dump/Finland/2016.pdf
[3] https://disarmament.unoda.org/anti-personnel-landmines-convention/article-7-reports/article-7-database/
[4] https://www.apminebanconvention.org/fileadmin/_APMBC-DOCUMENTS/Meetings/2024/5RC-8b-Stockpile-Destruction-zz-org-ICBL.pdf
[5] Landmine Monitor 2024 page 105
[6] Reuters:フィンランド、ロシアが国境に難民申請者を意図的に送っていると非難
[7] CNN:フィンランド、対ロシア国境の最後の検問所閉鎖 30日に
[8] https://yle.fi/a/74-20128352
[9] Government Defence Report Publications of the Ministry of Defence 2024:7 Page 63
[10] https://yle.fi/a/74-20132329
[11] https://www.hs.fi/politiikka/art-2000010892055.html
[12] https://www.helsinkitimes.fi/finland/finland-news/domestic/25828-finland-urged-to-opt-out-of-anti-personnel-landmine-ban-in-citizens-initiative.html
[13] https://www.reuters.com/article/world/finland-develops-bounding-mine-as-military-deterrence-idUSKCN1GK1N3/

紺野 誠二KONNO Seiji東京事務局
AARから英国の地雷除去NGO「ヘイロー・トラスト」に出向し、コソボで8カ月間、地雷・不発弾除去作業に従事。現在は東京事務局で地雷問題やアフガニスタン事業を担当。