地球規模の課題を解決するには、国際社会がゴールを共有することが欠かせません。防災・減災を推進するための国際的なゴール「仙台防災枠組み2015-2030」は、日本が交渉を主導し、国連加盟国の満場一致で2015年に合意されました。「仙台防災枠組み」とはどういうものなのか? ゴールの2030年に向けて、世界はどう変わり、どう変わっていかなければならないのか? 2回にわたって解説します。(水鳥真美・難民を助ける会常任理事、前国連事務総長特別代表・防災担当)

能登半島地震によって大規模火災が発生し、更地となった輪島の朝市跡を視察する水鳥真美理事=石川県輪島市で2025年3月19日
「災害被害は保険で補償」で済んだ時代
「仙台防災枠組み」の成立から10年。今でこそ地球規模課題としての防災・減災の重要性は、広く国際社会で共有されるようになりました。しかし数十年前は全く事情が違いました。
その頃、防災、減災は、一部の国の課題にとどまっていました。地理的な位置により、地質関連災害である地震や津波、火山噴火から逃れることのできない日本、インドネシア、チリ、メキシコといった国にとって、防災、減災に取り組むことは、国家の存亡に関わる課題でした。また、南アジア、アフリカの多くの途上国では、サイクロンや干ばつの結果、開発努力が報われない状況が続いていましたが、開発と災害の負の相関関係にはあまり注目されませんでした。一方欧米諸国では、人々は災害に対する懸念をいだくことなく生活を続けることができました。気候変動の影響が猛威を振るう前は、万一の場合の備えとして保険をかけることにより損害を後から補償できるようにすれば事足りる、事前の予防、備えは必要ない。そういう考え方が主流でした。
日本が主導した世界防災会議
このような情勢の中でも、日本はなんとか防災・減災を国際社会全体の課題にしようと外交努力を重ねてきました。それは、1956年の伊勢湾台風被災以降、国内の防災体制を整え続け、国際協力においても防災を重視してきた経験を踏まえての決意でした。その結果、干ばつや砂漠化により大きな被害を被ってきたアフリカ諸国と協力し、1990代を「国際防災の10年」とする国連決議の採択にこぎつけました。その後に開催された計三回の国連世界防災会議は、すべて日本が主催してます。1994年の横浜会議、2005年の神戸会議、そして2015年の仙台会議です。

「仙台防災枠組み2015-2030」が採択された第3回国連防災世界会議=宮城県仙台市で2015年3月
スマトラ沖地震・津波が転機に
防災、減災に対する人々の見方、考え方は時とともに移り変わっていきます。辛い目に遭わないと行動を起こさない……これが人間の本性なのでしょうか。転機となっているのは、残念ながら幾つもの悲劇でした。欧米諸国にとっての一つの転機は、2004年末に訪れました。同年12月26日、クリスマス休暇を東南アジアのリゾート地で過ごしていた多くの外国人観光客が、スマトラ沖地震・津波の犠牲となりました。グローバル化が進んでいる今日、自国が災害に見舞われなくても、仕事で、あるいは観光で訪れた先で被災する可能性があるという現実を突きつけられた出来事でした。翌年、神戸市であった第2回国連世界防災会議には、欧米諸国も含めてこれまでになく高い関心が寄せられました。
温暖化に伴う災害の多発、大規模化
次の大きな転機は、現在も進行中の気候温暖化に伴ういわゆる「自然災害」の激甚化、頻発化です。台風、洪水、海面上昇、干ばつ、山火事、熱波は、もはや特定の国・地域を襲う災害ではありません。スウェーデンやシベリアでも山火事が発生し、米国、欧州、豪州でも干ばつや砂漠化が進んでいます。世界のどこよりも防災対策が進んでいると評価される日本も、毎年のように気候変動関連災害に見舞われています。能登半島のように、大地震からの復旧もままならないうちに、水災害に打ちのめされるという複合災害の悲劇も起きています。防災・減災対策を後回しにできる国は、先進国、途上国を問わず、また地理的位置に関係なく、もはや世界のどこにも存在しません。

能登半島地震から復旧の途上にある能登地方で大雨被害が発生し、複合災害となった=輪島市で2024年9月
事後よりも事前、が大事
各国の政府、国民は、この難題にどのようにして立ち向かうべきなのでしょうか。その答えが「仙台防災枠組み」で、防災・減災の核となるべき優先行動と、強靭性(Resilience、レジリエンス。衝撃に耐え、回復する力)に投資することで達成すべき目標を示しています。仙台防災枠組みが求めている最も重要な課題は、「災害が発生して命、生計が奪われてしまった後の対応に終始するのではなく、災害が起こる前の平常時にこそ、災害リスクを減らして可能な限り推定被害を抑えること」。事後よりも事前。災害そのものへの対応ではなく、災害リスクへの対応。予防、備え、強靭性の強化。これが仙台防災枠組みの要諦です。
誤解がないよう強調しますが、災害発生後の対応、復旧・復興が必要なのは言うまでもありません。問題は、まだまだ多くの国、地域において平時に災害リスクを把握し、そのリスクを減らして命、生活を守ることに十分な政策、財政、エネルギーが投じられていないことです。事前の予防よりも事後の対応、という状況が続いています。しかし、この行動パターンを変えない限り、災害発生→災害対応→復旧・復興→再び災害発生、という悪循環から抜け出すことはできません。
では、具体的に何をすべきなのでしょうか。

水鳥 真美MIZUTORI Mami常任理事
外交官としてメキシコ、イギリス、アメリカに赴任。2010年同省退職。イギリスのセインズベリ日本藝術研究所・統括役所長を経て2018年3月より2023年末まで国連事務総長特別代表(防災担当)兼国連防災機関(UNDRR)トップを務めた。2024年6月よりNPO法人難民を助ける会(AAR Japan)常任理事