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「仙台防災枠組み」で世界は救えるか(下):事前対策、投資へのシフトが鍵

2025年5月13日

防災・減災を推進するため、国連加盟国の満場一致で合意された「仙台防災枠組み2015-2030」。成立の背景や必要性について紹介した(上)に続き、同枠組みが求める具体的な取り組み、世界の現状と課題について解説します。(水鳥真美・難民を助ける会常任理事、前国連事務総長特別代表・防災担当)

女性が登壇して話している

2023年5月、ニューヨークの国連本部で行われた「仙台防災枠組み」のレビュー会合でスピーチする水鳥真美・国連事務総長特別代表(当時)。(写真提供:UNDRR)

4つの優先行動

防災・減災対策を後回しにできる国は、もはや世界のどこにも存在しない――。その厳しい認識の上に立ち、災害が起きてからではなく、災害が起きる前の対策に注力し、被害を最小限に抑えるためには、具体的にどうすればいいのでしょうか。その答えは、仙台防災枠組みに明記されている4つの優先行動に集約されています。

ハザードから目をそらさない

その第一は、災害リスクの理解です。どのようなハザード(危険)が自分の国、町、地域にあるのかをまず把握します。日本は実に多くのハザードに取り巻かれています。首都直下型地震、南海トラフ巨大地震、気候変動に伴う豪雨、最近では山火事などなど。数え始めるとキリがなく、目を背けたくなりますが、勇気を出しましょう。ハザードの実態把握が第一歩です。

重要なのは「リスクの要因はハザードだけではない」こと。災害に対する弱点(脆弱性)を放置することは、非常に大きなリスクです。災害弱者と言われる女性、子ども、障がいのある人々、高齢者、日本語が分からない外国人労働者……こうした人々を念頭においた防災対策は、避難所や情報の発信の問題にとどまりません。常日頃からどうやって災害弱者の強靭性(Resilience、レジリエンス。衝撃に耐え、回復する力)を高めるかがそもそも重要です。それなしには「誰一人取り残さない」防災対策は実現できません。

ベトナム台風被災地の様子

2024年9月、台風11号によりベトナム北部で甚大な被害が発生し、AARは障がい福祉施設の復旧などの緊急支援を実施。孤立した集落に小型ボートで支援物資を運ぶボランティア=ベトナム北部で2024年9月

ガバナンスと投資が必要

第二の優先行動は、災害リスクに対応するガバナンス強化です。これは要するに役割分担を決め、その上で各々の役割を組み合わせて全体的な防災対策を実行できる仕組みを作ることです。現在進められている防災庁の設置により、中央、地方の政府が役割を明確にし、予算を確保する。一方公助・共助・自助の精神に基づき、共同体、個人で何をすれば、自分だけでなく災害弱者の強靭性を高められるか突き詰める。産官学の連携で、効果的な防災対策を社会の隅々まで実行可能にする――これらにより、仙台防災枠組みにある原則「リスク削減はすべての人の課題であり、社会全体で取り組まなくてはならない」が達成されます。

第三の優先行動は、災害リスク軽減のための投資です。投資の対象は広く、住宅を含む基礎的インフラなどのハードウエアはもとより、気候変動に伴う災害リスクに関するデータの取集・解析、さらには災害発生時のデマ、フェーク・ニュースの遮断といったソフトウエアも欠かせません。しかし実態は、心許ない状況です。世界中で強靭性への投資不足と、その結果として災害発生後の膨大な復旧・復興費用が発生しています。耐震性が不十分な住宅や、老朽化したインフラによる公共サービスの途絶……。先般公表された南海トラフ大地震の推定被害は、人命、経済のいずれでも膨大なものでした。地震の発生は止められない。だからこそ、発生前にどれだけ強靭性に投資するかが鍵なのです。

障がい福祉事業所でのインタビューの様子

障がい福祉サービス事業所「ゆうの丘」の利用者に話を聞く水鳥真美理事(左)=石川県七尾市で2025年3月18日

被災をチャンスに変える

第四、そして最後の優先行動は「より良き復興、Build Back Better」です。当たり前に聞こえますが、簡単ではありません。災害に見舞われた後、人々が目指すのは以前の生活を取り戻すことです。住み慣れた土地に戻り、住居と生計を立て直し、慣れ親しんだ共同体での暮らしを取り戻したい……誰でも持つ自然な気持ちです。しかし、災害リスクが高いところで、災害前と同じように復興することは、果たして賢明な選択なのでしょうか。

何がより良き復興かは、事例ごとに異なるでしょう。より良き復興の方向性は、政治が上から一方的に決めることではなく、被災者自身の声を踏まえて決められなくてはなりません。その際重要なことは「復興こそが強靭性確保のチャンス」と認識することです。

4つの優先行動を取ることで、達成すべき7つの目標も枠組みに書き込まれています。(1))災害による人命の喪失を減らす、(2)災害により影響を受ける人を減らす、(3)災害による経済的損失を減らす、(4)災害による基幹インフラの損壊と基礎的サービスの途絶を減らす。これらについては、世界全体で達成すべき数値も設定されています。加えて(5)防災戦略を有する国、自治体の数を増やす、(6)防災・減災分野の国際協力を増大させる、(7)災害リスク情報及び早期警戒警報制度への人々のアクセスを増大させる、が定められています。

国際会議で女性が話している

2023年5月ニューヨークの国連本部で行われた「仙台防災枠組み」のレビュー会合(写真提供:UNDRR)

高まる危機感 実行は道半ば

果たして国連加盟国は4つの優先行動を取り、7つの目標を達成しつつあるでしょうか。この枠組みの有効期間(2015-2030年)の半分、2023年5月、達成状況のレビュー会合がニューヨークの国連本部で開かれました。レビューは私がトップを勤めていた国連防災機関が事務局となって1年以上かけて実施され、検証結果や今後の課題は「政治宣言」として採択されました。仙台防災枠組みは法的拘束力のない「努力目標」ですが、多くの国や自治体レベルでも自発的に検証が行われました。また防災関連の国際的市民団体など非政府部門の関係者も参加しました。防災に対する本気度が高まっていることがはっきりと分かりました。

しかしながら、レビューから浮かび上がったのは「達成されたことよりも課題、挑戦の方がまだまだ多い」ということでした。防災・減災を政策の一丁目一番地に持ってこなくてはならないという各国政府の認識は、かつてとは比べることができないほど高まっています。特に、気候変動関連災害により毎年のように災害に見舞われ、持続的開発はままならず、海面上昇によりいずれ沈没してしまう運命にある国々は、悲壮な切迫感を持って防災の重要性を認識しています。しかし、こうした国々が十分な防災対策を取るために必要な国際協力は不足しています。また、災害リスクに対する理解は進んでいますが、強靭性の強化に十分投資しているとは言えません。産官学の連携も十分ではなく、特に民間部門では防災・減災は公的部門の責任、という見方が根強いことも明らかになりました。「より良き復興」もスローガンとして普及している割には、実態を伴っていません。災害リスクの軽減が、災害の激甚化、頻発化よりも周回遅れになっていることは、紛れもない事実です。

2030年以降を見据えて

仙台防災枠組みは5年後に終点を迎えます。2030年に向けて少しでも防災・減災を推進し、同年以降どうやって引き続き防災アジェンダを継続するのかを考え始めないといけない時期に来ています。地球のどこかで始まった災害が、瞬く間に世界中のあらゆる活動を停止させる――世界中がこの恐るべき事実を、コロナ禍を通じて体験しました。生物学的ハザードによるパンデミック発生のおそれは、実は仙台防災枠組みにすでに書き込まれていました。それでも十分な予防対策が取られることはありませんでした。

災害リスクを軽減する必要性は、これまでになく高まっています。国際社会において、日本が引き続き防災・減災のアジェンダを担っていくことが切望されています。

水鳥 真美MIZUTORI Mami常任理事

外交官としてメキシコ、イギリス、アメリカに赴任。2010年同省退職。イギリスのセインズベリ日本藝術研究所・統括役所長を経て2018年3月より2023年末まで国連事務総長特別代表(防災担当)兼国連防災機関(UNDRR)トップを務めた。2024年6月よりNPO法人難民を助ける会(AAR Japan)常任理事

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