ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナ国内では、ふだんから生活に困難を抱える障がい者と家族がとりわけ厳しい状況に置かれています。AAR Japan[難民を助ける会]は同国の知的障がい者の親の会2団体、車いす利用者の1団体に対し、越冬対策の発電機やソーラーパネルの提供、現金給付などを通じた支援に取り組んでいます。厳冬期の1月、キーウ州内にある知的障がい者の親の会ジェレラ(Djerela)の活動施設を訪ねたAAR東京事務局の中坪央暁が報告します。
首都を離れた静かな町で
首都キーウの南100キロ余りに位置するキーウ州ボフスラフ。11世紀にキエフ大公国によって建設された歴史を持つ小さな町に、ジェレラの活動拠点である一軒家が佇んでいます。出迎えてくれたのは、ライサ・クラウチェンコ理事長と施設マネージャーのオリハ・マルーダさん。「静かな田舎でしょう。私たちの本部はキーウにありますが、ここは障がいのある子たちが安全な環境で安心して過ごすための大切な場所なんですよ」とライサさん。
自身が知的障がい者の息子を持つライサさんが、周囲に呼び掛けてジェレラを立ち上げたのは1994年のこと。同じ境遇にある親子が次々と加わり、現在はキーウを中心に約180組が所属しています。自閉症を含む知的障がいの「子どもたち」は今や30~40代。ライサさんは「成人すると障がい児向けの公的支援が受けられなくなるうえに、私たち親も高齢化して、いつまで子どもの面倒を見られるか分かりません。親たちが継続的に支え合う組織を今のうちに整えなければと考えています」と説明します。こうした事情は日本と全く同じだと思いました。
ライサさんたちと話していると、女性が待ち切れない様子で「ねえ、聞いて!聞いて!」と独特な打楽器を持ち出してきて、たちまち太鼓やタンバリンなど仲間が加わって演奏が始まりました。決まった旋律やリズムがある訳ではなく、「喜び」「雨音」「林の中」といったテーマで各人が思い思いに音を奏でるといいます。何とも自由で不思議な演奏は意外に心地よく耳に響きます。
この施設で実施されているのは、「レスパイト・ケア」と呼ばれる10日間のプログラムです。レスパイト(Respite)とは「息抜き」「ひと休み」という意味で、家族(実際にはほぼ母親)が日々の介護や世話の心労から一時的に解放され、その間、障がい当事者は自然豊かな環境で合宿生活をします。
昨年12月に始まったプログラムは毎回8人程度、計7回実施され、セラピーの一環として楽器の演奏、絵画や工作、演劇、ダンスのほか、野外の散歩や地域住民との交流を楽しんでいます。皆で一緒に食事を作ったり、自分の身の回りの片付けをしたりするのも大事な取り組みです。AARはレスパイト・ケアの滞在費・食費、付き添いやカウンセリングにかかる費用全般を資金面でサポートしています。
停電対策に発電機を提供
ウクライナでは昨年10月半ば以降、インフラ施設を狙ったロシア軍の攻撃で大規模な停電が常態化し、ジェレラの施設でも電気が一日数時間しか来ない日が続きました。そこで、AARは越冬支援として発電機とソーラーパネルの購入費用を送り、昨年末から発電機が稼働して電力問題はひとまず解消されています。オリハさんは「発電機が届いて本当に安心しました。近日中に庭にソーラーパネルを設置し、発電機と組み合わせて電力を安定的に確保したいと考えています」と話します。
首都キーウでは空襲警報のサイレンが頻繁に鳴り、実際にミサイルが着弾することもあります。周囲で起きている事態を把握し、いつもと違う状況に対応するのが苦手な場合が多い知的障がい者は、とりわけパニックに陥ったり、停電の暗闇に怯えたりしやすいと言います。レスパイト・ケアは保護者・介護者のためだけでなく、障がい者自身が落ち着いて過ごせることが何より重要です。
いつもはキーウ市内で家族と暮らすリュドミラさん(37歳)は「サイレンが聞こえると本当に怖いよ。ここでは森を散歩したり、料理をしたり、歌を歌ったり。とっても大好きな場所。皆で仲良く楽しく頑張ってるよ!」。
正直なところ、私自身は日本でも知的障がい者の人々に接する機会が乏しく、ジェレラの皆さんの明るさと個性にいささか圧倒されました。もちろん、家族やスタッフには言うに言えない苦労が山ほどある訳ですが、ウクライナの誰もが生命の危険にさらされる戦時下、こうした心温まる空間が大切に守られていることに少しだけ希望を見出した気がします。
ウクライナでは軍事侵攻を受けて国防予算が優先されたことで、障がい者団体や福祉施設への政府の助成が滞り、個々の障がい者が困窮したり、施設運営に支障が生じたりしています。AARはジェレラのほか、同国中部ビニツィア州の知的障がい者の親の会オープン・ハーツ(Open Hearts)の施設増改築、西部チェルニウツィ州の車いす利用者の当事者団体リーダー(Leader)への緊急支援物資の提供、生活資金の援助などを行っています。
リーダーのヴァレンティーナ・ドブリディナ代表、夫のウラジスラフさんとは、隣国モルドバの首都キシナウで会うことができました。AARはリーダーとチェルニウツィ州政府に対して発電機11台などを提供し、日々情報をやり取りしています。ヴァレンティーナさんは「州内の障がい者施設で国内避難民を受け入れていますが、例えば東部地域から移された知的障がいの子どもたちは、慣れない環境でパニック状態になったり、処方されていた薬が分からなかったり……停電が続く中、収容人数がオーバーして施設側も疲弊し切っていました」と訴えます。
「発電機が届いた時は感激して涙がこぼれました。州政府と話し合い、障がい者福祉施設や高齢者施設などにそれぞれ配置して稼働中です。AARを通じて私たちを支援してくれる日本の皆さんに心から感謝しています」。ヴァレンティーナさんはそう話して、目頭を押さえました。
AAR Japanは2022年3月以降、ウクライナ難民・国内避難民や障がい者団体への支援に加え、来日ウクライナ避難民のサポートなどに取り組んでいます。危機発生から1年の節目にあたって、AARのウクライナ人道支援へのお力添えを重ねてお願い申し上げます。
*日本外務省の海外安全情報(2023年1月現在)では、ウクライナは「レベル4:退避勧告」に該当しますが、AAR Japanは独自の情報収集に基づき、安全を確保して短期間入国することは可能と判断しました。AARは今後も万全の安全対策を講じながら、ウクライナ人道支援に取り組んでまいります。
中坪 央暁NAKATSUBO Hiroaki東京事務局
全国紙の海外特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣でアジア・アフリカの紛争復興・平和構築の現場を継続取材。2017年AAR入職、バングラデシュ・コックスバザール駐在としてロヒンギャ難民支援に約2年間携わる。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』、共著『緊急人道支援の世紀』、共訳『世界の先住民族~危機にたつ人びと』ほか。