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ロヒンギャ難民問題―世界で最も迫害された少数民族

2021年8月2日

バングラデシュに累計100万人

ミャンマー西部ラカイン州のイスラム少数民族ロヒンギャが2017年8月下旬以降、武力弾圧を逃れて、隣接するバングラデシュ南東部コックスバザール県に数十万人規模で流入した出来事は、国際社会に大きな衝撃を与えました。「世界で最も迫害された少数民族」と呼ばれるロヒンギャ難民は、過去の流入と合わせて同県内に累計100万人滞留しており、ミャンマーへの帰還の見通しが立たない中、今も過酷な避難生活を続けています。

100名以上の難民の男性たちがひしめき合っている。

AAR Japanの物資配付に集まったロヒンギャ難民の男性たち

大量流入のきっかけは、ロヒンギャの武装勢力「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)が8月25日、警察施設を一斉襲撃したことですが、国軍はARSA摘発を名目とした掃討作戦を発動し、イスラム教徒の集落を焼き払い、乳幼児や女性、高齢者を含む住民を無差別に殺害しました。弾圧の犠牲者は「控えめに見積もって1万人」(国連調査団)、「最初の1カ月間で少なくとも6700人」(国境なき医師団)、「2万4800人を殺害」(豪スウィンバーン工科大学)などと推計されます。女性に対する集団レイプも多発したとされ、国際社会でミャンマーへの非難が渦巻いたほか、ノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー国家顧問がこの事態に積極的に対応しなかったことも激しい批判を浴びました。

仏教国ミャンマーのイスラム集団

ロヒンギャとは、主にラカイン州北部で暮らしてきたベンガル系イスラム教徒が名乗る「民族名」です。同州内の推計人口100万人以上(2017年時点)に加え、中東・アジアのイスラム諸国や欧米諸国に移民・難民として拡散しており、世界中で少なくとも200万人規模の集団と考えられます。日本でも群馬県館林市を中心に約300人が暮らしています。

ミャンマー政府と国民はロヒンギャをベンガル地方(現バングラデシュ)からの「不法移民集団」と見なして国籍を認めず、「ベンガリ」(ベンガル人)という蔑称で長年差別してきました。差別の要因としては、①宗教=仏教徒が九割を占める同国で絶対的少数派のイスラム教徒であること、②民族=ベンガル系で肌の色が浅黒く他の民族と見た目も違うこと、③言語=ベンガル語の方言を話してビルマ語の読み書きは上手ではないこと――が挙げられます。

しかし、背景には複雑な歴史的経緯があります。この地域にはイスラム教徒が数世紀前から居住していましたが、イスラム人口が急増したのは英国植民地時代の19~20世紀前半で、同じ英領インドからベンガル系移民が流入しました。第2次世界大戦後、ビルマ独立(1948年)直後の混乱期やバングラデシュ独立戦争(1971年)の際にも、国境を越えた移動が繰り返され、仏教徒住民と対立しながらイスラム集団が重層的に形成されたと言われます。

独立後間もない1950~60年代のビルマ社会では、ロヒンギャの存在は受容され、ロヒンギャ出身の閣僚や国会議員もいました。迫害に転じたのは1962年に登場したネウィン独裁政権の時代です。その後半世紀続く国軍支配の基盤を作った独裁者ネウィンは、中央集権的な「ビルマ式社会主義」を掲げて、外国資本やインド系・中国系住民の締め出し、少数民族の抑圧など強権政治を進めました。最も異質な存在であるロヒンギャは特に弾圧の対象となり、1978年に約22万人が初めてバングラデシュに流出しました。

1982年施行の改正国籍法は、135の土着民族を正規の「国民」と認定し、ロヒンギャはそこから外されて無国籍状態になります。1988年にネウィン政権が倒れた後、クーデターで成立した軍事政権の下でも抑圧が続き、1991~92年に約27万人が再びバングラデシュに流入しました。2011年のミャンマー民政移管後、過激な仏教徒集団によるイスラム排斥の動きが活発化し、2012年にラカイン州で両教徒の衝突が発生して、ロヒンギャを中心に約14万人が国内のキャンプに強制収容されました。この時期に生まれたロヒンギャの武装勢力が2016年10月に同州で警察襲撃事件を起こし、その報復として治安当局による人権侵害が加速して、2017年8月の事態へとエスカレートしていきました。

巨大難民キャンプの人道支援

コックスバザール県内には難民キャンプが10カ所余りに散在し、87万7710人(2021年2月現在)が収容されています。このうちクトゥパロン・バルカリ拡張キャンプは約60万人が密集する世界最大のキャンプです。この地域には過去に流入した難民や子孫が20万~30万人残留し、2017年に約74万人が加わって100万人規模に膨れ上がりましたが、公式には把握されずに周辺の町や村で暮らす流入者も少なくありません。

トタン屋根の家がひしめきあって並んでる

約60万人が密集するクトゥパロン難民キャンプ

 

難民キャンプでは、国連機関や国際援助機関、地元と海外のNGOがバングラデシュ政府機関と協力して、食糧供給、保健・医療、教育など広範な人道支援活動を展開しています。AAR Japanは2017年11月に現地で活動を開始し、緊急支援物資配付のほか、水・衛生改善とプロテクション(権利保護)の2つの分野で支援事業を実施してきました。

水・衛生改善事業は、人間の生活に不可欠な給水とトイレ整備を中心とした取り組みとして、キャンプと周辺ホストコミュニティにトイレ450基、水浴び室226基、井戸92基を建設したほか、衛生啓発活動を実施。プロテクション事業では、子どものための活動施設チャイルド・フレンドリー・スぺース(CFS)、女性のためのウーマン・フレンドリー・スペース(WFS)2カ所ずつ計4施設を開設し、家庭内暴力や人身売買などのリスクを伝えるとともに、識字教室や手芸活動など少しでも安心して創造的に過ごせる機会を提供しています。

教室に多くの子供たちが集まり、男の子が黒板に何か書いている。

AAR Japanが運営するCFSの識字教室

国際社会では2017年の事態の真相究明が進められ、国際司法裁判所(国連の司法機関)は2020年1月、ミャンマーに対して「ジェノサイド(集団殺害)につながる迫害行為の防止」を命じる暫定措置を決定しました。他方で難民の本国帰還は全く実現せず、2021年2月以降のミャンマー国内の混乱は帰還をさらに困難にしています。当初は難民に同情的だったバングラデシュの国民感情も悪化しているのが現状です。問題の長期化が避けられない中、とりわけ若者や子どもたちが適正な教育や職業訓練を受けられず「失われた世代」になることがないように、国際社会が協調して支援を続けていく必要があります。

 

<参考文献>
ISCG「Joint Response Plan for Rohingya Humanitarian Crisis」(2018~2021年)/「ISCG Situation Report」(2017~2021年)
根本敬『物語ビルマの歴史』中央公論新社
中坪央暁『ロヒンギャ難民一〇〇万人の衝撃』めこん
中西嘉宏『ロヒンギャ危機―「民族浄化」の真相』中央公論新社
日下部尚徳・石川和雅編著『ロヒンギャ問題とは何か』明石書店

 

中坪 央暁NAKATSUBO Hiroaki東京事務局

大手新聞社の海外特派員・編集デスクの後、国際協力機構(JICA)の派遣でアフリカ・アジアの紛争復興・平和構築を取材。AARコックスバザール駐在を経て東京事務局勤務。

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