特別インタビュー Interview

理想を持って理想主義を捨てる パックン(お笑い芸人/大学講師)

2023年12月19日

お笑いコンビ「パックンマックン」のパックン(パトリック・ハーランさん/53歳)は、報道番組のコメンテーターを務めるほか、大学で国際関係理論やコミュニケーション学を教えたり、日本の貧困状況を取材したりと幅広く活躍しています。多彩な活動に共通しているのは、厳しい現実に前向きでユーモラスに向き合う姿勢。今の世界をどう見て、どうやってポジティブな自分を保っているのか聞いてみました。
(聞き手:AAR東京事務局 太田阿利佐/11月27日にインタビュー)

「われわれは偽善者。でもできることをする」

――ロシアによるウクライナ軍事侵攻、中東のパレスチナ人道危機など、最近は悲惨なニュースが多く、時々目を背けたくなります。どう感じていますか。

パックン 確かにつらいし難しいですね。僕は高校生の時、ある意味、理想主義を捨てることにしたんです。青春時代って、人はこうあるべき、自分はこうでなきゃだめだと理想主義になりがちでしょう。英文学を教えてくれていたクロンキー先生にかみついたことがあるんです。「僕らは弱者を救済すべきだと話しながら、車に毎日乗って、映画を観て、時にはおいしいものを食べている。そのおカネを全部貧しい人たちのために回せばいいのに、それをやっていない僕たちは偽善者じゃないのか」って。

先生は「その通り、われわれは偽善者だ」と。「でもできることをやりながら、自分の生活、家族、精神を守るための妥協も必要だ。偽善者と呼ばれるのは仕方がない、その通りだから。でもそのことを受け入れて継続的に頑張れるようにしなければならない。偽善者を全員否定したら、仲間が一人もいなくなるし、自分で自分を受け入れられなくなるよ」。その言葉を聞いて、少し気が楽になりました。

世界は白黒つかないもの

――「理想的でないものを受け入れる」ということでしょうか。

パックン 僕は両親が離婚して、幼い頃は貧しい暮らしでした。『逆境力』(SB新書)にも書きましたが、10歳の頃から大学に入るまで8年間、新聞配達を毎朝していました。家や食べ物はあるけれど、テレビはあったり、なかったり。友だちとキャンプやスポーツ観戦に行くわずかなおカネや、服を買うおカネはほとんどない……いわゆる「相対的貧困」です。母は仕事で留守がちで、人の声が恋しくて電話の時報を聞いていました。その頃の僕は「お金持ちの大人が僕を助けてくれないのはひどい」と怒っていました。今は、子どもの頃に怒っていた「お金持ちの大人」の立場になった自分を、子どもの頃の自分が非難する声が頭の中で繰り返されているんです。

ギターをひいているパックンの子ども時代の写真

でも、そんな自分を受け入れて、できることをやるしかない。自分にも、社会にも完璧を求めない。完璧を目指すのはいいけれど、そうでないからといって否定や拒絶はしない。理想を持ちながらも理想主義は捨てる。結局、理想主義だと何ひとつ満足できないんです。欠陥のある状況でも受け入れないと、心の平穏は得られません。

国際情勢から貧困、環境問題まで、「こうすれば治る」という特効薬が見付からないものがほとんどです。だからと言って、治療薬の開発はやめない。そういう白黒つかない、世界の色々を受け入れるマインドを若い頃は持てなかった。今は少し持てるようになったし、頑張れるようになったと思います。クロンキー先生の答えを理解するのに20~30年かかりました(笑)。自分の家庭を持って分かるようになった部分もある。よく年をとると理想主義から現実主義にシフトすると言われますが、僕は現実主義も嫌です。現実も見る、理想も見る、でもどちらも主義にはしない。

常識より非常識が広がる時代

――最近はマスメディアでもSNS上でも、白黒つけるというか、是か非かの両極端な議論が目立ちます。

パックン インターネットの時代になって特にその傾向が強くなりましたよね。「いいね」のボタンは全部のニュースには押さないでしょう? 「まあそうだね」では押さない。本当にいいと思う時と、発信者が怒っていることに強く共感した時に「いいね」を押す。後者は事実上の「ひどいね」です。だから「最高ね」と「最低ね」しか閲覧数が伸びない。常識より非常識に光が当たる。

型破りの考え方、発想、行動……非常識は時に必要です。一方で幅広く共通する価値観とか常識の再確認もすごく大事なはず。でも、それが薄れてきた時代だなと思います。テレビのように短い発言時間しかないメディアでは、断言したほうが「いいね」が集まる。バランスの取れた見解や、簡単には言い切れない主張は、7割の人がうなずいたとしても「面白くない」と言われてしまう。

メディアはよく「両論併記します」とも言うけれど、「両論の両って何?」と思いませんか。本当は右左だけじゃなくて、前後、上下、斜め上や斜め左下の意見もあるはず。360度、xyzの軸があっていいのに、両論にはひとつの軸しかない。本当にこれが両論なのか? テレビに出ている僕が言うのもなんですけど、見ている側も自分の中で常に検証していただきたいなと思います。

ウクライナを忘れないで

――戦争についても、全て白黒つけて「悪い」と断定できない状況が起きつつあります。

パックン 僕、日本は非常に良い国だと思っています。その良いところのひとつが、平和大国であること。先の戦争といえば、どの戦争か分からない日本国民はいない。でも「先の戦争(The war)」とアメリカで言うと、アフガニスタンねと思う人も、イラク戦争ねと思う人も、ベトナム、朝鮮、第二次世界大戦だと思う人もいます。コソボやソマリアもありました。“The war”ではどの戦争か分からない。かといって、アメリカの戦争、武力行使すべてに正義がないかと言ったら、そうは言い切れない。1990年代のボスニア内戦への介入は、虐殺を止める人道支援のための武力行使だったと僕は考えています。残念なことに、もしかしたら必要な戦争も、世界にはあるかも知れない。ウクライナのような軍事侵攻を受けた国には、対抗する権利があるのではないでしょうか。

――衝撃的なガザ侵攻を目の前に、ウクライナ危機やその他の難民問題がかすみつつあります。

パックン 難しい問題です。電波のある周波数帯を誰かが使うと、その帯域(Bandwidth)はもう他の人は使えない。人間の能力も同じだと思うんです。注意とか集中とか、思考とかは限られた資源であって、何かにとられてしまうと他の何かに対する注意、集中、思考がおろそかになる。これは当たり前です。脳科学の研究によると、人間にはマルチタスクはできないらしいですね。

ただ、国民の関心がその問題からシフトしたからといって、政治家や政府がその問題を忘れてもいい訳ではない。先進国は豊かだから、例えばウクライナ問題の担当部署とパレスチナ問題の担当部署を同時に置くことができる。資金もあるから、両方の問題に支援できるでしょう。テレビは今、ウクライナよりパレスチナを取り上げることが多いけれど、日本政府にはウクライナを忘れてほしくない。他の難民問題だってそうです。僕はそう言いたいですね。

完璧じゃなくても一歩を踏み出す

――子どもための活動を支援されているそうですね

パックン 『逆境力』で紹介したNPO法人「キッズドア」(東京都)は、子どもたちの学習支援団体です。放課後に温かいお弁当を食べながら、集中して勉強できるようにする。それだけで人生が変わるということが、実際に取材してよく分かりました。他にもいくつかの団体に寄付をしています。自分も若い頃にいろんな人に救いの手を差し伸べられて救われたので、その恩返しというかペイ・フォワード(恩送り)というか、自分が受けた恩恵を次世代に回すことができたらいいなと思っています。世界の全員を助けることはできないけど、何人かを助けることができるなら頑張ろうと思います。

パックンの著書

支援団体にもそれぞれ課題はあるでしょう。冒頭の話につながるんですけど、こういう英語の言葉もあります。“Don’t let the perfect be the enemy of the good.” =「完璧が良いことの敵にならないようにしろ」。細かい問題点を取り上げて、法案を否決するとか提案を拒否するとか、よくあるでしょう。ある制度が完璧じゃないからといって、今よりいい対策や制度にも反対する。それが続くと第一歩を踏み出せない。完璧ではなくても、今よりはいい。ならば、まず一歩を踏み出そう、それから改良しようじゃないか。その一歩がないよりも、ずっといいと思います。

――私たちAAR Japanのような「支援する側」に伝えたいことはありますか。

パックン 自己PRを忘れないでほしい。つまり支援活動を支える資金、支援者、スポンサーを集めることに力を入れてほしいということです。日本の皆さんは自己PRが苦手なんですよ。謙虚で「いやいや大したことない」って言うけれど、人道支援は「大したことだ」って言っていいし、言うべきなんです。支援者に「あなたはすごい大切な事業のパートナーなんです」って。現場にいる人たちは活動の価値が分かっていると思うんですが、それを世間の皆さんにちゃんと伝えることを忘れないでほしい。粘り強く訴えてほしい。そうしないと世界は良くならない。

――でも、パックンもインタビューの間、何度か「自分はまだまだ」とおっしゃっていました。謙虚じゃないですか。

パックン あ、僕は謙虚を目指しているんですけど、実は「俺すごいぞ」と常に思っています。自己肯定も大事です。たまに失敗して、自己嫌悪にひたることもあるけど、また「俺すごいぞ」と思えるように頑張る。例えば「○○ができているからすごい」じゃなくて、「今日も頑張ったからすごい」でいい。子育ても同じですが、結果じゃなくて、プロセスをほめるのが大事なんですよ。「今日はめちゃいいコラムが書けた」のはもちろんいいけど、「今日もしっかり調べた」とか「今日もCM中に次のコメントを頭の中で10回繰り返した。偉かったね」でもいい。何かができたというのは結果であって、いろんな要素でできないことはある。
難民支援だって、その国の政府や他の国際機関の事情とか、思いがけないハプニングは多々あるでしょう。だから結果ではなく、ハプニングにしっかり対応をしたことを評価する。コントロールできることをコントロールしたことをほめる。そうして粘り強く活動を続けていってほしいと思います。

ひとこと 「ハーバード大卒お笑い芸人」として知られるパックンが、幼い頃大変苦労したこと、「貧乏は個人にとっても社会にとっても負担にしかならない。世の中から貧乏をなくしたい」と考え続けていることを、著書『逆境力』を通して初めて知りました。実際にお会いしたパックンは、テレビ画面を通して見る以上に、まじめでユーモラスで知的な人。その日以来、私も毎晩、自分をほめてから眠りについています。「世界の全員を助けることはできないけど、何人かを助けることができるなら頑張ろう」という一言に日々励まされています。(太田)

太田 阿利佐Ota Arisa東京事務局

毎日新聞記者を経て、2022年6月からAAR東京事務局で広報業務を担当。

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