特別インタビュー Interview

ガラス製品づくりと社会貢献の自然な融合   柴田保弘さん(HARIO会長)

2024年9月17日

「玻璃王」の額の背に微笑む柴田保弘・HARIO会長

柴田保弘・HARIO会長=東京都中央区のHARIO本社会長室で

耐熱ガラスの世界的なメーカーとして知られるHARIO株式会社(本社・東京都中央区)は、工業用製品からコーヒードリッパーや水出し茶用ボトルなどの家庭用ガラス用品、アクセサリーまで幅広く手掛けています。また、環境保護や社会貢献にも熱心に取り組み、AARのチャリティ商品開発にご協力いただいています。長年同社を率いてきた柴田保弘会長に、その歩みと製品にかける思いを伺いました。

(聞き手:AAR Japan 太田阿利佐/2024年8月28日にインタビュー)

国内で唯一の耐熱ガラスメーカー

――HARIOさんは創業100年を超える歴史をお持ちです。

柴田さん 1921年に「柴田ハリオ硝子」として父、弘(ひろむ)が創業し、当初はビーカーやフラスコなど理化学用のガラス器具を作っていました。ガラスには、最も一般的な「ソーダガラス」、衝撃に強い「強化ガラス」などがありますが、父が選んだのは「耐熱ガラス」でした。1995年に私が社長に就任した時、日本国内には耐熱ガラスメーカーが8社ありました。今、日本に工場を持っているのは当社だけなんですよ。

ガラス工場はかつて、ガラスを溶かすために石油や重油を燃やし、大量の煙を排出していました。これではいけないと、当社は1972年にガラスに電気を通して溶かす日本初の「直接通電式ガラス溶融炉」を開発し、煙突のないガラス工場を実現したのです。この炉を導入した古河工場(茨城県古河市)は地元の方々に支えられ、今も稼働しています。日本で生き残った決め手はこの無公害化、環境への配慮だと考えています。だから社員には、工場から一筋の煙も出すな、タバコ一本の煙でもいかん、と言っているんですよ(笑)。

――HARIOという社名は、どこから来ているのですか。

柴田さん 「玻璃(はり)」は水晶や透明なガラスを指す言葉です。もともとは「玻璃の王様」という意味を込めて、ハリオと社名に入れていました。2012年にアルファベットの「HARIO」にしました。

私は大学を出て米国の貿易会社に7年ほど勤めました。当時社長だった兄に呼び戻されて、当社に入社したのはちょうど直接通電式ガラス溶融炉ができた頃です。すぐに海外展開を命じられ、ハンガリー、インドネシア、台湾、韓国、中国で工場建設に取り組みました。2010年以降は中国、韓国、インドネシアのほか、シンガポール、米国、欧州に販売会社を設立しました。グローバルな視点で日本を見ると、足りないものや行くべき方向がよく見える。これからの時代、世界に通用しなければ企業に将来はありません。だからアルファベットのHARIOにしました。

カミオカンデに貢献

大きな電球のような装置が多数プールに沈んでいるように見えるカミオカンデの内部=東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究所施設提供

カミオカンデの内部=東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究所施設提供

――優れた技術力で、素粒子観測装置「カミオカンデ」(岐阜県飛騨市)の建設に大変貢献されたそうですね。あの大きな電球のような装置には、御社のガラスが使われています。

柴田さん はい。カミオカンデは1987年、稼働開始後わずか1カ月で、ニュートリノを世界で初めて観測し、故・小柴昌俊先生のノーベル賞受賞につながりました。カミオカンデの開発が始まったのは1979年。当時、ニュートリノを検出するのに使われる光電子増倍管は直径が5インチ(12.7センチ)のものしかありませんでした。

しかし、カミオカンデ用は20インチ(50.8センチ)が必要。厚さ4ミリで均質にガラスを吹き、全く同じ大きさのものを1,000個以上そろえるのは、まさに至難の業でした。スーパーカミオカンデでは同じものが1万2,000個ほど必用でしたが、当社では対応できませんでした。スーパーカミオカンデは、梶田隆章・東京大卓越教授のノーベル賞物理学賞受賞(2015年)に貢献しました。

世界にひとつだけのガラスのバイオリン

――すごいことですね。会長はその手吹きガラスの技術の継承に力を注いできたとか。

柴田さん 社長になった頃、親父の代からの職人さんが次々引退し、もう手吹きの時代ではないなと思いました。でも工場に足を運び、改めてその仕事を見て、この技術を捨ててはならんと思い直しました。でも職人のなり手がいないんですよ。とにかく熱いし、体力も経験もいる大変な仕事ですから。

そこでバイオリニストの川井郁子さんの協力を得て、技術の継承、向上を目指し、ガラスのバイオリン作りに挑戦しました。美しい音を出すには、ガラスを均一の厚さに調整する必要があり、何十回と試作を繰り返しました。「無理だ」という職人に、川井さんから直接声をかけてもらいました。すると、職人ががぜんやる気を出してね(笑)。世界でたったひとつのガラスのバイオリンが完成した。

その後、チェロや和楽器の琴、ギターも製作しました。若い人も音楽なら聴くし、そこからガラスに関心を持ってもらえればと。今はレジェンドと呼ばれる2人の職人が、女性も含め若手を育てています。本当に新しい、先進的な製品は機械では作り出せない。手吹きガラスの技術を残しておいてよかったと思っています。技術を捨ててはいけません。

能登半島の復興にも協力

――経営者として苦しい時もあったのではないでしょうか。

柴田さん 大変だったのは、2011年の東日本大震災です。広い範囲で停電し、古河工場のガラス炉に電気が来なくなってしまいました。電気が止まれば、ガラスは固まり、炉もお終いです。自家発電装置では、2台あった炉のうち1台にしか電気を供給できず、どちらかをあきらめる必要がありました。私は車で移動中で、古河工場に電話が通じず、九州の事業所を中継して指示を出しました。迷った末、ひとつの炉をあきらめた。辛かったですね。

停止した炉にはガラスの大きな塊が残され、途方に暮れました。でもこれをただ捨てるわけにはいかないと、砕いてガラスのアクセサリーを作ることにしました。繊細なアクセサリー作りは、職人の技を残すのに役立ちます。今や「HARIOランプワークファクトリー」として、オンラインショップはもちろん、全国10カ所に直営店を持つまでに成長しました。

福島県南相馬市の小高区にも「ランプワークファクトリー」を設けました。小高区は東京電力福島第一原子力発電所から半径20キロ圏内にあり、5年以上も全域に避難命令が出ていました。命令解除後、若い人、特に女性たちが生き生きと働ける職場を作りたいという地元の方の要望に応じて、バーナーなど専門用具を提供し、技術者を派遣して、指導にあたりました。今ではアクセサリー工房として独立され、独自の商品を生み出されています。

そうしたら今度は、今年1月に発生した能登半島地震の被災者の方々から「ぜひ能登でもランプワークファクトリーを」とのご要望をいただきました。復興の手がかりを探して小高区を訪問し、当社の活動を知られたようです。被災地で求められているのは雇用創出なんです。よし、もう一回やろうと。8月に金沢で職人になりたいという方を面接、採用し、秋には   研修を始めます。珠洲でも「ランプワークファクトリー」を開設する予定です。現地に雇用を生むことで、被災地の支援をしていきたいと考えています。

金沢市内で行われたガラス職人志望者のための体験会の様子。イスに座った若い女性が、バーナーを手にガラス細工を作っています=HARIO提供

金沢市内で行われたガラス職人志望者のための体験会の様子=HARIO提供

――企業としてごく自然に社会貢献をされているのが印象的です

柴田さん 私が社長の時、フィランソロピー委員会とSDGs委員会を作りました。ガラスのリサイクルなどはもちろんですが、「1 day/365(365分のワンデイ)」というプログラムでは、1年のうち1日は、地域の清掃でもなんでもいいのでボランティア活動に参加しようと社員に呼びかけています。そうすることで視野も広がり、新しい出会いもある。社員のほぼ100%が参加してくれています。社員が給与の1,000円未満の端数を寄付したら、会社もその同額を寄付する仕組みも作っています。その資金は、フィランソロピー委員会がこれはと思う寄付先に贈ります。1997年から地域の社会福祉協議会を通して車いす寄贈など、2002年からは日本盲導犬協会への支援を続けていますが、AARさんにもそこからご協力させていただきました。

戦火下のウクライナでコーヒーイベント

3枚組の写真です。左と中央は、ウクライナの首都、キーウで行われたコーヒーのイベントで、コーヒーを入れる男性の写真です。右は、HARIOの新製品のコーヒードリッパー「SUIREN」です。ハスの花のような形をしています。

ウクライナの首都キーウで2023年5月に開催された「HARIO CUP」=左・中、新製品のコーヒードリップ「SUIREN」=右

――AARには2016年の熊本地震以来、ご寄付やチャリティチョコレート購入などを通じて応援していただいています。また、HARIOの大人気商品「フィルターインボトル」をチャリティ商品として販売させていただいています。ラベルの花の絵は、当会が支援するウクライナ難民の子どもたちが描きました。

ウクライナは大変ですよね。昨年5月、ウクライナの首都キーウで、バリスタのコンテスト「HARIO CUP 2023」を開催し、参加者はもちろん、観客の方々に本格的なコーヒーを味わっていただきました。「HARIO CUP」は2022年に創業100周年を記念して初めて開催したイベントです。欧州支社が、戦時下にあるウクライナの方々に、コーヒーを通してひと時でも日常を取り戻してもらおう、ウクライナのバリスタたちを支援しようと企画したのです。

当社の製品には、V60という世界中で使われているコーヒードリッパーや、私がハンガリーで仕事をしている時分に手掛け、ロングセラーになっている「ティーポット・ドナウ」などがあります。コーヒーやお茶は、人の心を通わせるんですね。今年は新商品として組立式のコーヒードリッパー「SUIREN」を発売しました。形も色使いも美しいでしょう。コーヒーを飲むひと時をより楽しんでいただけると思っています。

インタビューに応じる柴田会長。右側にあるのは同社の協力で開発したAARのチャリティ商品「フィルターインボトル」

インタビューに応じる柴田会長。右側にあるのは同社の協力で開発したAARのチャリティ商品「フィルターインボトル」

――社会貢献へのモチベーションはどこから。

困っているところには支援をする。ただそれだけの話です。AARさんだって同じじゃないですか。しかもAARさんはアジアやアフリカ、ウクライナなど海外の困っている地域に職員が直接行って活動されている。すごいなと思います。ぜひ今後も協力させていただきたいと思っています。

フィルターインボトルはAARのチャリティショップでご購入いただけます

ひとこと
HARIOさんとAARのコラボ商品「フィルターインボトル」を我が家でも愛用しています。でも同社はてっきり海外の企業だと思い込んでいました。あまりにスタイリッシュだからです。ビジネスという競争の世界に身を置き、従業員の生活を守るために格闘する経営者でありながら、一杯のコーヒーが人の心を通わせることを忘れない……それは決して容易なことでないように思います。HARIOのものづくりの原点を教えていただいた気がしました。

太田阿利佐OHTA Arisa東京事務局広報担当

全国紙記者を経て、2022年6月からAAR東京事務局で広報業務を担当。

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