特別インタビュー Interview

世界は大災害の時代 事後より予防に重点を  水島真美さん(前国連事務総長特別代表/AAR常任理事)

2024年12月13日

前国連事務総長特別代表で、AAR常任理事の水鳥真美さんが、机の前でインタビューに答えています

前国連事務総長特別代表で、AAR常任理事に就任した水鳥真美さん=東京都品川区のAAR Japan東京事務所で

2023年末まで、国連事務総長特別代表(防災担当)兼国連防災機関(UNDRR)トップを務めた水鳥真美さん(64歳)が6月、AAR Japan[難民を助ける会]常任理事に就任しました。自然災害が頻発、激甚化するなか、水鳥さんは5年以上にわたって、世界の国々の防災・減災のために尽力してきました。これまでの経験や、AARなど民間支援団体に期待することを聞きました。

    (聞き手:AAR東京事務局 太田阿利佐/11月26日にインタビュー)

AARとの不思議な縁

――外交官としてメキシコ、イギリス、アメリカに赴任し、外務省大臣官房人事課首席事務官、会計課長などの要職も歴任されました。AARとの最初のご縁は、2010年に外務省を退職された直後に理事に就任されたことですね。

水鳥さん 実はその前からご縁があるんですよ。亡くなった私の母が、長年AARのマンスリーサポーターをしていました。でも私は全く知らず、母とAARの話をしたこともありませんでした。

 外務省を辞してイギリスに渡る時、当時の長有紀枝理事長(現AAR会長)から「海外からの視点でAARの活動をチェックしてほしい」と声をかけられました。「官ができないなら民がやる」と言って相馬雪香さんがAARを設立した経緯や、長さんが大変意義のある発言をされる方だと知っていたうえに、母のこともあり、これもご縁とお引き受けしたのです。

――イギリスでは、欧州における日本研究の拠点として名高いセインズベリ日本藝術研究所の統括役所長を務めたのち、2018年3月に国連事務総長特別代表に就任されました。

水鳥さん 外務省を辞したのは、イギリスの大学で研究する夫との結婚も一つの理由でしたが、「ここ(外務省)には私の仕事の代わりができる人はたくさんいる。でも自分の人生は自分のものなのだから、視野を広げて新しい世界に飛び込んでみたい」と考えたからでした。セインズベリの仕事は、海外の人々の視点で日本をとらえ直す貴重な機会でした。その後、防災は日本が世界的にリードしてきた分野であることや、国連のグテーレス事務総長が国連幹部の男女比率を1対1にする目標を掲げていたこともあって、私に声がかかったのです。もう一度国際社会のために働きたいと思い、挑戦を決めました。国連職員は兼職が禁じられているためAAR理事は退任し、防災・減災に関する政策支援、啓発活動、国際的な指針作りなどに取り組みました。

国連のシンボルマークの前で、国連のグレーテス事務総長(左)と水鳥・国連事務総長特別代表(当時)が笑顔で握手をしています=2018年、国連防災機関(UNDRR)提供

国連のグレーテス事務総長(左)と握手する水鳥・国連事務総長特別代表(当時)=2018年、国連防災機関(UNDRR)提供

災害リスクの四つの要素

――気候変動の影響か、日本でも世界でも洪水や台風などの自然災害が頻発し、しかも激甚化しています。

水鳥さん かつて災害対応といえば、どう緊急支援をし、どう復興するかが中心でした。それは今でも重要です。しかし、近年のように災害が複合的に多発する世の中では、災害後の取り組みだけではもはや間に合わない。いかにして災害リスクを事前に減らすことに注力するか、そこに人と予算を投入するか。それが今の世界的な課題です。

「仙台防災枠組み」は、東日本大震災後の2015年に国連加盟国によって採択された15カ年計画です。災害が起こる前に災害リスクを減らすこと、そして新たなリスクを生まないようにすることがその要諦です。

災害リスクは、四つの要素で構成されています。一つ目はハザード(Hazard)。いわゆる台風とか津波とか地震などの事象です。二つ目は脆弱性(Vulnerability)で、地域や個人のもろさ。三つ目は暴露(Exposure)と言いますが、これは災害が発生する場所、つまりハザードにさらされる地域にどれだけ人々や施設などがあるかです。四つ目は災害リスクを管理、軽減するために地域や社会、組織が利用できる能力(Capacity)で、これが高ければ災害のリスクは軽減される。それぞれについて災害前に対策を取る、例えば一つ目なら気候変動対策、二つ目なら社会の中で脆弱な人々、女性や子ども、障がい者や高齢者、難民・避難民などを認識し、その脆弱性をどう減殺するかに日ごろから取り組むことが求められています。

私は、個人とコミュニティのための精神的な支援も課題だと考えています。例えば東日本大震災のあと、国学者のロバート・キャンベルさんが被災地で本の朗読会をしていたと聞きます。そういう活動を通じて、失われてしまった共同体の再構築をすることは非常に重要です。寝るところがあり、食べるものがあり、暖を取るところがあるのが第一ですが、それに加えて、いかにして失われてしまった生活、共同体の結びつきを戻すことに貢献できるかが大事だと思っています。

ビルド・バック・ベター

津波で大きな被害を受けた宮城県石巻市立大川小学校の跡地で、水鳥さん(右)が、津波が到達した時間で止まった時計の写真を見ています=2018年、国連防災機関(UNDRR)提供

津波で大きな被害を受けた宮城県石巻市立大川小学校の跡地を視察する水鳥さん(右)=2018年、国連防災機関(UNDRR)提供

――気候変動による災害の多発は、支援現場にも課題を投げかけています。例えばパキスタンなどの大洪水で学校が流された際、住民の要望だからと同じ場所に再建していいのか、また洪水に襲われるかも……という問題です。

水鳥さん 住民からどんなに強い要望があったとしても、対策なしに同じ場所に学校を建てれば、それは次の災害を生みます。求められているのは災害復興の過程での強靭化です。「仙台防災枠組み」の優先行動の一つ「ビルド・バック・ベター」、よりよい復興です。

ところが、世界的にそれができていないことが、2023年に仙台枠組みの中間報告書を出した時に分かりました。大洪水の例で言えば、NGOの力だけではどうにもなりません。その国の政府や地方政府と連携し、安全な土地を提供してもらい、そこに学校を建てることが必要になります。いくら「危険だから、安全な場所に移住しましょう」と言われても、移住先に仕事がなければ、人々は移住できません。「ビルド・バック・ベター」の実現に必要なのは、パートナーシップ強化です。これまで以上に中央政府、地方政府、そして民間、市民社会、学術界が連携して、それぞれの課題について解決策が出せるかが問われています。

――日本でも2024年に南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が初めて発表されました。また能登半島地震の被災地では大雨の被害も出て、直接死より関連死が多くなっています。NGOの支援の在り方、能力が問われる機会が増えている気がします。

水鳥さん パートナーシップって実はとても難しい。組織ごとに違った立ち位置やルール、慣習がありますから、それぞれ勝手にやった方が楽なぐらいです。しかし、産官学と市民社会、さらに国連や海外のNGOなどが連携を深めることができれば、1足す1は2ではなく、3や4の成果が出ます。AARには国内外での活動実績があり、そうしたパートナーシップを展開していくのが可能な組織だと思っています。

全ての国、全ての自治体が、災害後の対応で手一杯という現在の状況から、人手も予算も政策も事前対策に振り分け、予防を強化する。これが防災の一番大きな課題であり、国際協力も市民社会も同じだと思います。

市民社会も認識の変化を

東日本大震災に関する展示の前で、水鳥さん(右)が、当時子どもだった女性に話を聞いています。

多くの子どもが津波の被害を逃れた「釜石の奇跡」について当時子どもだった女性(左)から話を聞く水鳥さん=釜石市で 2018年、国連防災機関(UNDRR)提供

――NGOや市民社会も変わる必要がある、ということですか。

水鳥さん 例えば「ミャンマーで災害が発生しました。みなさん緊急支援をお願いします」と言えば、多くの方がご協力くださるでしょう。でも、ミャンマーの脆弱な人々、たとえば障がい者の強靭化のための住宅支援や職業支援に寄付を出していただくのはなかなか難しいのではないでしょうか。これをどうやって変えていくか、これからの課題です。

そういう意味でAARはすごく頑張っていると思います。難民のなかでも、女性や子ども、障がい者の方への支援を重要な核にし、かつ啓発活動、例えばインクルーシブな社会を実現するための教育に力をいれている。こうした活動の重要性を前面に出し、どう成果を上げているかをもっと積極的に示さなければいけません。数値化するのは難しいと思いますが、啓発活動の結果、災害時に命が救われた、危険がおよぶのを避けられたという事例を広報していく必要があるのではないでしょうか

――広報も頑張ります。石破内閣は2026年に防災庁設置を目指しています。

単に内閣府の防災担当を格上げして予算や人を増やすだけではあまり意味はありません。防災対策は農水省なら農業政策、文科省なら教育政策というように全ての省庁にまたがっています。全省庁でリスク対策をどう政策、予算に反映させ、防災庁がそれらをどう連携させ、ガバナンスしていくかが重要です。防災・減災の包括的なガバナンスができる体制をつくり、そこに予算と人をつけている国はほとんどありません。日本に期待しています。

――これからの抱負はありますか。

国連での仕事を通して、普段から厳しい生活を送る難民・避難民の方々は、自然災害やパンデミックが起これば、いっそう被害を受けることを痛感しました。難民・避難民の厳しい状況を市民社会が変えていくために何ができるのか。AARの常任理事として、取り組んでみたいです。

また、三井住友海上火災保険の顧問にも就任しました。民間では保険業界が最もリスクの予想やリスク分散について研究しており、災害時の被害予想データも豊富に持っています。これまでの経験と新たな知見を合わせ、リスク回避や分散をどう実現させるか考えていきたいです。個人的には日本画を習うつもりですが、続けられるかどうか分かりません。こちらは一回目のお稽古でギブアップするかもしれません(笑)。

ひとこと

前国連事務総長特別代表という肩書から、どんなに難しい話が飛び出してくるのだろうとびくびくしていたが、とても気さくでチャーミング。ユーモアもたっぷりだ。外務省・国連時代、記者たちから「真美さま」と慕われていたと知人から聞き、大納得。地震や洪水など暗いニュースが多いなか、防災・減災を語る水鳥さんの真剣なまなざしに、一筋の光を見る思いがした。(O)

太田阿利佐OHTA Arisa東京事務局広報担当

全国紙記者を経て、2022年6月からAAR東京事務局で広報業務を担当。

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