特別インタビュー Interview

遺贈文化を日本社会に広げる  齋藤 弘道さん(全国レガシーギフト協会理事)

2021年9月6日

齋藤さんが遺贈寄付のハンドブックを手に微笑んでいる

最期まで自分らしく生きるために準備する「終活」ブームの昨今、「遺贈寄付」という言葉を耳にするようになった。自分が遺した財産を社会に役立ててほしい、次の世代に想いを託したいと、公益性の高い活動に取り組むNPO法人などに譲与する遺贈は、「関心はあるが実際どうすればいいか分からない」というシニア層が少なくない。一般社団法人・全国レガシーギフト協会の齋藤弘道理事に、日本の遺贈寄付の現状、欧米との比較、遺贈のためのアドバイスなどを聞いた。

(聞き手:AAR Japan 中坪央暁/2021年8月2日にインタビュー)


「遺贈寄付」とは何か

――まず、遺贈寄付とは何かをご説明ください。

齋藤氏 遺贈寄付とは、 1)遺言による寄付(遺贈)、 2)相続財産の寄付、 3)信託による寄付の3つを総称した呼び方です。

個人が亡くなられると、その方の財産は通常、配偶者や子どもなどの法定相続人に移ります。これに対して、1は遺言によって財産の全部または一部を民間の非営利団体などに無償で譲渡(贈与)することです。2は遺族に手紙やエンディングノート、言葉を通じて寄付の意思を伝えておき、相続人が遺志に従って寄付することです。3は信託銀行などと信託契約を結んで財産を移転し、受託者(金融機関など)を通じて委託者(顧客)が指定した受益者(寄付先)に寄付する仕組みですが、日本ではまだ一般的ではありません。

いずれも長年にわたって築いた財産をすべて親族に相続するのではなく、ご自分が亡くなった後、何らかの形で社会に還元したい、恩返ししたい、役立ててほしいという想いが何より大切になります。遺産を寄付するというと、数千万円や億単位の高額寄付を思い浮かべるかも知れませんが、金額の多寡は問題ではありません。

社会全体の視点に立つと、寄付する側の社会貢献意識の高まりと、多様な社会課題に取り組む非営利団体側の資金調達を結び付けるシステムと言えます。少し難しい言い方になりますが、高齢者に財産が偏る半面、社会保障の財源が不足している現在の社会構造を補正する仕組みという見方もできます。

遺言作成の相談件数が急増

――日本で遺贈寄付の認知度は高まっていますか。

齋藤氏 私が遺贈に本格的に取り組み始めた6~7年前と比べて、認知度は着実に高まっています。ひと昔前まで遺贈という言葉自体が一般には知られていませんでしたが、ある団体の2018年の調査によると、認知度は全体の6割以上、70代以上では8割超まで上昇しています。最近は終活のパーツのひとつとして遺贈への関心が高まっている印象がありますね。

また、少子高齢化で遺産を相続する子どもが減るとともに、いわゆる独身の「おひとり様」が増えている時代背景ともリンクして、有意義な財産の残し方として遺贈が注目される面があるようです。

もちろん、社会意識が高まっていることも大きな理由です。過去の例を見ると、阪神・淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)のような国難と呼ぶべき非常事態が起きるたびに、災害支援の寄付が寄せられる傾向がありましたが、昨年来の新型コロナウイルス感染拡大でも、医療従事者の支援などを目的とするクラウドファンドに寄付が集まっています。

私は遺贈寄付に関する非営利団体向けなどのコンサルティング業務に従事していますが、遺贈を盛り込んだ遺言作成の相談件数が昨年来、爆発的と言っていいほど増えているんですね。やはり日本や世界が大きな困難に直面する中で、ご自分の人生や亡くなった後のことを考える方々が、特にシニア層に広がっているのだと思います。

マイクを片手に講演するサイトさん

東京都内の遺贈寄付セミナーで講演する齋藤さん=2019年10月(齋藤さん提供)

多くの非営利団体が新聞・雑誌やWEBに遺贈広告を出すようになって、認知度が飛躍的に高まったという要素もあり、団体によってはここ数年で遺贈寄付が数倍になったとの報告もあります。

金融の観点で言うと、国内の個人金融資産1,946兆円(2021年3月現在)のうち、年間50兆円の遺産の大半が60歳以上の方に相続される「老老相続」となっています。そのわずか1%でも遺贈寄付に回されれば、約5,000億円がNPO法人や公益法人、大学など、さまざまな社会課題の解決に取り組む団体・組織の資金として活用されるのです。

つまり、より活きたおカネの使い方、まさに「私利」ではなく「利他」のための資金になる訳ですね。確かに認知度は高まっていますが、金融資産全体を見ると遺贈はまだまだ小規模に留まっています。私は日本の遺贈寄付はこれから大きく広がっていくと思います。

米国・英国と日本の違いは?

――欧米社会では日本よりも遺贈寄付が進んでいると言われます。日本との違いは何でしょうか。

齋藤氏 欧米と日本では寄付の歴史も規模もまるで違います。少し前の2016年のデータですが、個人による寄付および遺贈寄付を比較すると、米国=寄付総額30兆6,664億円/うち遺贈寄付3兆3,032億円、英国=1兆5,035億円/3,472億円、日本=7,756億円/1,127億円と大きな差があります。米国はずば抜けて巨額ですが、これは「チャリタブル・リメインダー・トラスト」(残余公益信託)という所得税の節税を図る信託商品を利用した寄付が多いのが特徴です。

ちょっと複雑な仕組みなのですが、日本と比べて所得税が重く、相続税の非課税対象が広い米国特有の税制が寄付を後押ししていると言えます。

これに対して、英国は遺言による遺贈寄付が中心です。日本では遺言(自筆証書遺言・公正証書遺言)を書いたことがある人は75歳以上で11%程度ですが、英国でも遺言による寄付は以前はさほど多くなかったようです。そこで非営利団体と弁護士グループが遺言の作成率と遺贈寄付のアップを目的にしたキャンペーンを推進したのですね。弁護士が顧客から遺言作成の相談を受けた時、まず「遺産の一部を社会貢献に使うことに興味はありますか」、次いで「非営利団体に寄付される方が多いんですよ」と話すと、何も働き掛けない時と比べて遺贈が3倍になったそうです。

これは何も寄付に誘導している訳ではなく、「自分の死後に財産を社会のために使いたい。人生の締めくくりに社会貢献したい」という潜在的な気持ちを掘り起こし、顕在化させた結果と言えます。実現する具体的な方法をご存知ないだけで、そうした希望を実は多くの方が持っておられるのです。

遺志を実現する方策を模索

――齋藤さん自身はどういう経緯で遺贈に関わられるようになったのでしょうか。

齋藤氏 いわゆるバブル景気の1988年に都市銀行に入行し、信託銀行に移って遺言信託業務を担当するようになって、遺贈寄付を希望する方の意思が必ずしも実現されていない実態を知りました。

遺言に特定の団体への寄付を明記しているのに、法定相続人の親族が異議を申し立てて執行が難航するといったトラブルが少なくなかったのです。こうした状況を打破する方策はないかと模索し始めた2014年、弁護士や税理士など「士業」の人たち、金融やNPO関係者が集まって勉強会を立ち上げました。これが現在の一般社団法人「全国レガシーギフト協会」に発展します。

私自身は当時、また別の信託銀行で遺言信託業務の立ち上げに携わっていたのですが、2018年に独立して遺贈寄附推進機構株式会社を設立し、代表取締役として遺贈関係のコンサルティング業務と普及活動に専念しています。

会場には多くの参加者がいる

東京都内で開かれた遺贈寄付フォーラム。遺贈への関心の高まりを受けて参加者が増えている=2020年12月(齋藤さん提供)

この間に見えてきた課題として、まずは寄付を受け取る受益団体側が体制をしっかり整える必要があります。一般の寄付と違って、遺産相続に関する法律や税制の知識、有価証券寄付・不動産寄付への対応、組織の体制整備、弁護士など専門家との連携、あるいは広報をどうするかといった多くの準備が求められます。

忘れてはいけないのは、遺贈寄付をいただいた寄付者にどのように感謝を伝えるかということで、これが非常に大切です。

もうひとつは遺贈の仲介者、つまり信託銀行や弁護士などの意識の問題があります。実情を言うと、信託銀行にとって遺贈寄付は預かっている金融資産が流出してしまうので、あまりありがたくないのが本音です。

他方で寄付したいという顧客の希望に応えることが金融機関の果たすべき役割なので、私は銀行側にもメリットが生じるような信託商品・サービスのアドバイスも行っています。また、弁護士や税理士、行政書士などの皆さんとの連携を広げています。

――お話に出た全国レガシーギフト協会の取り組みについて教えてください。

齋藤氏 2016年に発足した全国レガシーギフト協会は、無料で遺贈寄付のご相談を受ける加盟団体14団体、主に遺贈を受ける側のNPOなど36団体(2021年8月現在)が参加して、遺贈の普及に向けた情報交換や交流の場になっています。

AAR Japanもレガシーパートナー(会員団体)になってもらっていますね。当協会では会員団体を中心とした研修、受遺団体の相互交流の場である遺贈寄付サロンなどを開催するほか、遺贈の相談窓口を開設しています。

英国をはじめ海外では9月13日を「国際遺贈寄付の日」と定めてキャンペーンを行っており、日本でもレガシーギフト協会が中心になって「遺贈寄付ウイーク2021」を9月11〜17日に実施します。協会や各団体がこの時期に合わせてWebやYouTubeの動画などを通じて情報発信しますので、ぜひご覧になってください(こちらから)。

実り豊かな人生の最後に

――意識調査によると「遺贈を希望する」と答える割合は一定数いるのに、それが実際の寄付に結び付いていない現状があるようです。自分の遺志を適正に実現するために、より良い遺贈の仕方をアドバイスしていただけますか。

齋藤氏 一番大切なのは寄付先の選び方です。漠然と社会貢献というのではなく、どの分野のどの団体を応援したいのか、ご自分の人生を振り返って、どんなことに共感するかをじっくり考えていただくのが良いと思います。まったく縁がなかった分野に寄付される方はあまりいらっしゃいません。亡くなられた後に想いを託すという意味では、「人生の軌跡の延長線上」をイメージされることをお勧めします。

寄付先の団体の信頼性も重要です。遺贈にはタイムラグがあって、遺言作成から執行までには通常10年20年の時間があり、もちろんその間に何度でも書き直すことはできますが、まずは将来的に活動を継続できるしっかりした団体を選ぶ必要があります。AAR Japanのように所轄庁(都道府県・政令市)の認証を受けた「認定NPO法人」はひとつの基準になりますね。

次に活動地域が日本国内なのか海外なのか、あるいはご自分の出身地や居住地の団体がいいのか。団体の規模は大きいほうがいいのか、小さくて身近なほうがいいのか、さらに知名度や沿革・歴史などを調べて、ご自身が納得できる、満足できる寄付先を丁寧に検討するのが良いでしょう。

また、現在の信託銀行などの制度では普及していませんが、私は遺言に遺贈先を明記したら、それを相手の団体に通知するようにしてはどうかと考えています。

もともとその団体の支援者という場合もあるでしょうが、遺贈の意思を知らせることで、団体側は生前に感謝を伝えられます。寄付する方も活動報告やイベントの招待を受け取って、ご自分が応援する団体と一緒に、実りある豊かな人生の最後を充実した気持ちで歩むことができるはずです。

最初から遺贈に限定せず、まず少額を寄付してみるとか、マンスリーサポーターや会員になるとか、少しずつ関係を深めていくのも良いかも知れません。遺贈はその性格上、ご本人が亡くなられた後に執行されますが、お元気なうちから社会貢献に関わっている満足感・充実感を得られるという点で、寄付者と受益団体の双方に大きな意味が生まれると思います。

非営利団体への寄付は、資金を通じて共感を託す、あるいはご自分が望む未来を選び取る行為です。その中でも遺贈寄付は、⾃分が亡くなった後も未来の社会を創っていくという、究極の自己実現と言えるでしょう。

AAR Japanの遺贈寄付パンフレット。遺贈の手続き、法律の説明、寄付の実例などを分かりやすく紹介=無料でお送りいたします。お気軽にお問い合わせください

私は「(のこ)りものには福があります」、つまり「人生の最後に使い切れなかった“遺りもの”から少しだけ社会に恩送りする。​少しの善意が未来に大きな福をもたらします」というメッセージをお伝えしています。

ご自分が生きた証を残したい、未来に想いを伝えたい、遺産の一部で社会に貢献したいとお考えの方は、ぜひ遺贈寄付を検討されてはいかがでしょうか。遺贈文化が日本社会に広がって、新たな可能性を開いていくことを期待しています。

*AARの遺贈寄付について、詳細はこちらをご覧ください。

ひとこと 先頃亡くなられた高齢の女性から遺贈寄付をいただいた。贈り主は長年独り暮らしをされ、生前ご縁のあった当会の名前を自筆の遺言に記してくださった。セピア色に変色した着物姿の写真を拝見しただけで、お会いしたことも言葉を交わしたこともないのに、誠実に生きて来られた数十年の人生をそっくり託されたような不思議な感覚。東京郊外に広がる霊園を訪ね、墓前で手を合わせた。(N)

中坪 央暁NAKATSUBO Hiroaki東京事務局

全国紙特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣で南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島など紛争復興・平和構築の現場を長期取材。新聞社時代にはアフガニスタン紛争、東ティモール独立、インドネシア・アチェ紛争などをカバーした。2017年11月AAR入職、2019年9月までバングラデシュ・コックスバザール駐在としてロヒンギャ難民支援に従事。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』(めこん)、共訳『世界の先住民族~危機にたつ人びと』(明石書店)ほか。栃木県出身 (記事掲載時のプロフィールです)

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