特別インタビュー Interview

個人の生活再建 それこそが被災地の復興です 永野海さん(弁護士)

2025年6月25日

日本各地の災害現場に足を運び、被災者の相談に対応している弁護士の永野海さんは、能登半島地震(2024年1月)の被災地支援でAAR Japan[難民を助ける会]と連携していただいています。日本弁護士連合会の災害復興支援委員会副委員長でもある永野さんに、被災者に伴奏する「災害ケースマネージメント」の普及、防災教育の取り組み、被災地での生活再建に向けて求められているものなどについて聞きました。

(聞き手:AAR東京事務局 太田阿利佐/5月12日にインタビュー)

永野弁護士の写真

インタビューに応じる弁護士の永野海さん

生活は必ず立て直せる

――能登半島地震・大雨の被災地で、AARと一緒に「生活再建相談会」を実施しています。

永野さん 能登半島には、「生活再建相談会」のため地震後間もない2月上旬に初めて入りました。全国各地の被災地を見てきましたが、能登半島北部の被災状況は特にひどかった。そこに9月の大雨で、復興が大幅に遅れました。地震で山が崩れた跡に大雨が降れば、樹々や石や岩が一緒になって、破壊力を増して流れてきます。護岸も破壊して水害が激化する。災害後の生活再建の柱は住まいの再建ですが、それにはまずどこに住むか、どこに家を再建するかが問題になります。再び水害が起きる場所には住めないし、例えば上流の土砂災害リスクが残っていれば、砂防ダムなどが完成するまで下流域の安全は保証されません。

大規模山林火災被害の岩手県大船渡市もそうですが、地方は賃貸住宅が少ないため、家の建て直しを考える人が多くなります。すると2000万~3000万円はかかります。しかし今は多くの支援制度があり、大変だけれど必ず生活は再建できます。問題は制度を利用するためのサポートがないこと、支援制度の情報開示が遅いことです。

生活再建相談会の様子

「生活再建相談会」で講師を務める永野弁護士=2024年2月、石川県輪島市で

難しすぎる支援制度

――現行制度に問題があるということですか。

永野さん 生活再建のための制度は色々とあるのですが、そもそも十分に使われていません。なぜか。制度が難しすぎるからです。生活再建には、一つにはその災害が「特定非常災害」に指定されるかどうかが大きく影響します。公費解体の対象が広がるからですが、こうした事情はほとんどの人が知りません。「災害救助法」「被災者生活再建支援法」「災害等廃棄物処理事業費補助金」など関連法がたくさんあり、用語は難しいし、この制度を利用したらこちらの制度は使えないというように細々としたルールがある。

日本は、被災者が自分で申請しないと支援が受けられない「申請主義」を採用しています。支援・補助金制度があっても、一般の人にはその情報がどこにあるのか分からず、たどり着けても仕組みも申請手続きも複雑です。本来は、その人の被災状況や生活状況を把握し、制度の紹介や申請のサポートをする「災害ケースマネージメント」が必要です。それを担う、介護保険制度でいうケアマネージャーのような存在が必要なのに、それがありません。緊急時の断水や食事の支援は拡充されてきた一方で、生活再建、特に住宅の再建には何年もの月日、何百万円、何千万円の費用がかかるのに、本人まかせでほぼ放置されてきました。

人間を放置している今の仕組み

――駅前はきれいに復興されたのに町に人影がない、という被災地の光景を見かけたことがあります。

永野さん 日本の災害復興はインフラ復興です。イタリアでは被災地にすぐキッチンカーが行って、温かいパスタとワインを振舞う。それは災害時でも人間が幸せを追求していく権利、人権が認められているからです。もともと日本は人権意識が必ずしも高いとは言えないところがあります。支援制度を作っても、人間を放置したままだと人は救えません。私は弁護士ですから、地域よりは常に個人の復興を見ています。一人ひとりが復興した結果が地域の復興です。徹底的に人を大切にすることが大事だと思います。

その点で問題なのは、災害後、利用できる支援制度を一覧できる仕組みがないことです。「この制度の適用が決まった」「この給付金を新設した」など行政の情報はすべてが小出し。被災者は振り回され、あきらめてしまったり、心が折れてしまったりします。ただ予算の関係などで仕方がない面もある。だから「おそらくこの制度が適用される」「この条件では利用ができない可能性が高い」など見通しを語る役目を、弁護士を含む民間が補完すべきだと考えています。

永野さん考案の「被災者生活再建カード」=永野弁護士のホームページ(https://naganokai.com/)より

「生活再建カード」を活用

――能登半島でAARは40回以上の「生活再建相談会」を開催し、永野さんはそのほとんどで講師を務めています。相談会では、永野さん考案の「被災者生活再建カード」が使われています。

永野さん 相談会では支援制度や生活再建の順序などを説明したうえで、個別相談を受けています。「被災者生活再建カード」は、様々な支援制度をカードにしたものです。個別相談ではそのカードを使い、全壊、半壊など相談者の状況に応じて利用可能な支援金の額なども書き込んで、1枚のシートに貼っていきます。大災害を経験したあと、いくら制度を説明してもなかなか記憶に残らないでしょう? シートにまとめておけば、支援金や補助金のおおよその金額が分かりますし、あとから役所などで「この制度が分からない」「この申請はどうするの」などと聞くこともできます。家族会議もしやすくなります。

相談中の永野弁護士

カードを使って被災者の相談に応じる永野さん

信頼関係があってこその相談会

――大規模山林火災があった大船渡の避難所での相談会でもこのカードが活用されていました。シートを胸に抱えるようにして持ち帰る被災者の方を見ました。

永野さん 相談会に来てくださる方は、どちらかと言えば情報強者です。そもそも相談会があることを知らない人は来られないし、交通手段がない方や、障がい者や高齢者のように外出しにくい方々もいる。被災地の福祉関係者と連携して、リーチしていきたいと考えています。

私たちにとってありがたいのは、AARやJOCA(青年海外協力協会)さん、技術系のボランティアである「風組関東」さんなど、地元住民と信頼関係を築いているNPOの方々が一軒一軒被災者を訪ね、相談会場に連れてきてくれることです。私が弁護士だからと言って被災者の皆さんにチラシを配っても、誰も来てくれないでしょう。避難所や仮設住宅で声をかけても、関心を寄せてくれる人は一部です。日ごろから信頼を得ている人たちが「絶対に役に立つから行ってみたらどうですか」と声をかけて、初めて腰を上げてくれるのです。

昨年9月の大雨災害の際は、相談会開催のためAARスタッフの大原真一郎さんと一緒でした。相談会は中止となりましたが、彼は炊き出し用食材や水などを買い込み、身の危険を感じるような雨の中、輪島に車で向かいました。住民の方々はそういう姿をちゃんと見ています。自分たちのために動いてくれる人がいる……それがどれだけ被災者の励みになり、大事なことか。今、AARさんと実施している「生活再建相談会」の活動は、被災者の方々が自分らしい、人間らしい暮らしを取り戻すために絶対に必要な活動です。でもこうした活動を支援している団体はまだまだ少ない。AARさんと支援者の皆さまには、時間もお金も人手も必要なこの活動を、ぜひ今後も支えていただきたいと思います。

津波避難ゲーム

永野さんがつくった「津波避難ゲーム」の一部=永野弁護士のホームページ(https://naganokai.com/)より

「ゲーム」で津波避難訓練

――永野さんは「津波避難ゲーム」を作り、サイトで無料公開しています。

ごく単純なゲームです。津波はいつ来るのか、どの高さまで来るのか、実際に津波が到達するまで分かりません。分からない時にどう逃げるかを、子どもたちに考えてほしくて作りました。例えば、自分が学校にいるとして、家までは歩いて15分、裏山までは歩いて10分などと設定しておく。ゲームの町の中ではどう逃げてもいい。最後にサイコロを振り、その結果で津波到達時間と、津波が到達する高さが決まります。生き残った人が勝ちです。

うれしいのは、このゲームをやった子どもたちが、学校や家の周辺を歩いて、自分たちで自分の町を舞台としたオリジナルの津波避難ゲームを作ってくれることがあることです。スーパーまでは歩いて何分などと調べることが、いざという時の避難に活き、生きる力につながっていく。

東日本大震災発生後、私はたまたま福島県南相馬市の避難所に法律相談のために派遣されました。弁護士になって4年目。ほとんど役に立ちませんでしたが、被災者の方々は「よく来てくれた」「ありがとう」と言ってくださいました。情けなくて猛勉強して、頻繁に東北沿岸部に通いました。津波で子どもを失った宮城県石巻市の旧大川小学校の保護者の方に、当時のお話を聞いた時、涙が止まらなくなりました。私にも息子がいるせいか、他人事と思えなかった。津波で二度と子どもの命が奪われることがないよう、東日本大震災の教訓を共有しなければと思い、ゲームを作りました。

笑顔を見せる永野弁護士

インタビューに応じる永野海さん

重要な「災害ケースマネージメント」

――今後やりたいことは。

永野さん 能登の皆さんの被災後の姿には本当に教えられることばかりです。これだけ酷い地震や大雨に見舞われたらあきらめてしまっても仕方がないと思うのですが、地震の直後も大雨の後の相談会でも、皆さん身を乗り出して、質問が止まらない。全くあきらめてなんかいません。地元の方々がこれだけ頑張っているのだから、生活再建相談会を続けなければと考えています。

被災者の生活再建をソフト面で支える仕組みは、今はまだ整っていません。防災や被災者支援は、事後と並んで事前対策が極めて重要です。平時に準備していないことに、災害時に対応するのは難しい。平時に災害ケースマネージメントについての啓発や研修などの活動ができるようにしていきたいです。ぜひ応援してください。

ひとこと インタビューの日はスーツ姿だったが、相談会ではいつもジャージ姿。見た時の敷居を下げて、相談者が話をしやすくするためという。近著「避災と共災のすすめ―人間復興の災害学」は専門的な内容だが、ものすごく分かりやすく、語り掛けるように書いてある。「被災者生活再建カード」や「津波避難ゲーム」をどうして無料公開したのか聞いた時、ちょっとぶっきらぼうに「人間はみんないずれ死にます。命や暮らしを守るために、次世代に一つでも残すことができれば」と言っていたのが印象的だった。

太田 阿利佐OHTA Arisa東京事務局広報担当

全国紙記者を経て、2022年6月からAAR東京事務局で広報業務を担当。

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